表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月に狂う君と  作者: 川端睦月
古都の神隠し
13/61

12


 *


 職員出入り口の備品の椅子に由佳は座っていた。


 シンプルな白のカットソーにグレーのワイドパンツというカジュアルな服装で、肩まで伸びた髪を後ろで緩く束ねている。


 糸原はついつい見惚れて、足を止めた。


「晴人さんっ」


 糸原に気付いた由佳が椅子から立ち上がる。彼女の沈んでいた表情が、一瞬で笑顔に変わった。

 糸原はそれを眩しく見つめ、由佳の元に駆け寄る。


「ごめんなさい、急に押しかけて」


 由佳は糸原を見上げて言った。糸原と由佳の身長差は二〇cmほどなので、立ち話をする時はどうしてもこの体勢になってしまう。


「いや、大丈夫。ちょうど手が空いたところだったから」


「そう?」と由佳は小首を傾げ、それから「朝ご飯はもう食べたの?」と尋ねた。


「いや、これから」


「それなら良かった。お弁当持ってきたの。急だったから、おにぎりしか作れなかったけど……」


 そう言って、手にしていたランチバッグを差し出した。


「ありがとう」


 糸原はそれを受け取り、「一緒にどう?」と由佳を誘う。


 由佳はコクリと頷いた。


「当直室で食べようか」


 糸原は由佳の背中に腕を回し、エレベーターホールへと向って歩いた。


「……さっき、理佐ちゃんから聞いたのだけど──」


 道すがら由佳が切り出す。理佐ちゃんとは、看護師の鳴海の事である。


「笹本さんが亡くなったっていうのは本当なの?」


 その言葉に、由佳の背中に回した糸原の腕が強張る。由佳もそれに気付いて立ち止まり、糸原を見上げた。


「……ああ」と答えるのがやっとだった。


 途端に由佳の表情が曇っていく。二人はしばし無言のまま、その場に立ち尽くした。


 ポーンと、エレベーターの到着を告げる音が鳴る。


「とりあえず、乗ろうか」と糸原は由佳の手を取り、エレベーターの中へ滑り込んだ。


 エレベーターの中でも、由佳は無言だった。


 糸原は由佳の指に自分の指を絡ませる。由佳は糸原を見上げ、その腕に頬を寄せた。


 やがて、到着を告げる音と共にドアが開く。


 同時に「あー、来た来た」と笑いの混じった声が聞こえてきた。

 不思議に思いながら、糸原は一歩、エレベーターから踏み出す。途端にニノ方と目が合った。


「ニノ方、なんでここに?」


 糸原は目を剥いた。


「いえ、糸原さんの奥さんにご挨拶しておかなくては、と思いまして」


 ニッコリ笑う。完全に悪戯っ子の顔である。


 ニノ方は不躾に糸原の後ろを覗き込み、由佳の顔を捉える。途端に、見る見る彼の顔が赤らんでいった。


「どうした、熱でもあるのか?」


 糸原はニノ方の額に手を当てる。


 やはり疲れが出たのかもしれない。あの時無理矢理でも返すべきだった──と後悔するが、熱は平熱である。


 糸原は首を傾げ、ニノ方を繁々と見つめた。しかし、彼は後ろの村由佳を凝視したまま、微動だにしない。


「おい、ニノ方っ」


 肩を揺すると、ニノ方はハッと我に返り、糸原に焦点を合わせた。


 それから「糸原さんの奥さんって、ミス西城の対馬さんだったんですか?」と大声で叫ぶ。


 その声は、朝の静かな病棟の隅々まで響き渡った。


 *


「すみません、大きな声を出してしまって」


 興奮冷めやらぬといったままのニノ方が頭を下げた。廊下での立ち話は迷惑になると思い、当直室に駆け込んだのだ。


 由佳はテーブルにお弁当を広げながら、「大丈夫です」と笑った。


「糸原さんも人が悪いです。そうならそうと言ってくれればいいのに」


 ニノ方が恨みがましそうに睨む。


 言ったところでどうにかなるわけでもないだろうに、と糸原は呆れた。


 確かに、由佳からミス西城の話は聞いたことがあった。鳴海に無理矢理引っ張りだされ、偶然選ばれたと言っていような気がする。

「大したことじゃないのよ。誰でもなれるのものなのよ」とも。そういう事に疎い糸原は、その言葉を鵜呑みにしていた。


 しかし、ニノ方の反応を見るに、そうではないのだろう。


「よろしかったら、ニノ方さんもどうぞ」


 由佳に勧められるまま、ニノ方は大喜びでおにぎりを頬張ばった。


 まったく、遠慮のない男だ、と糸原は溜息を吐いた。


 しかし、ニノ方のお陰で、表面的であっても由佳に笑顔が戻ってきた。それは喜ばしいことである。


「──それで、どうして電話を?」


 テーブルの上に人数分のコーヒーカップを置きながら、由佳に尋ねた。彼女の性格では、余程のことがない限り電話を掛けてきたりはしない。


「実は、朝早くから、駐車場に警察の方が集まっていて……」と由佳がオズオズと話し出す。


「もしかして、晴人さんに何かあったのかも、と心配になったんです。すみません」


 その話にニノ方が食いついく。


「どうして糸原さんのところに警察が?」と不思議そうに糸原を見た。


「ちょっとな……」


 糸原は話を濁した。ニノ方に言ってもややこしくなるだけだと思った。


「病院に電話しても晴人さんは不在で。ますます不安になって、理佐ちゃんに取り次いでもらったら、笹本さんが……」


 由佳はそこで話を止めた。キュッと唇をくいしばる。ニノ方も神妙な面持ちで由佳を見た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ