表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月に狂う君と  作者: 川端睦月
プロローグ
1/61


 火の爆ぜる音がする。呼吸をすると、熱せられた空気が肺まで流れ込み、身体の中から焼かれているように熱い。


 男は朦朧とする意識の中、瞼をゆっくりと開けた。


 紅く小さな火の粉が舞う。

 それは蛍の光を彷彿とさせて、思わず見惚れてしまう。と、同時に絶望もした。

 燃え盛る炎が辺りを囲い、さらにその触手を男へ伸ばそうとしていた。


 男は死を意識した。


 ふと、目の前に転がる携帯電話に気づいた。男は最後の力を振り絞り、携帯電話を引き寄せた。片手で電話帳を操作し、目的の名前を探す。


『大道』


 その名前に行き当たり、迷わず発信ボタンを押した。

 ほどなく呼び出し音が鳴る。


 ──一回。

 ──二回。


 男にはとても長い時間に感じた。

 数回のそれのあと、電話はようやく繋がった。


「私だ」


 間髪入れずに男は名乗った。


「……教授。どうしました?」


 眠たげな若い男の声が、怪訝そうに問い返した。


 当然のことである。時刻は午前一時を過ぎていた。


「すまない、大道くん」

「いきなり、なんですか?」


 大道と呼ばれた相手は突然の謝罪に困惑したようだった。


「あれは、失敗だった」


 構わず男は告げた。


「あれ?」


 電話の相手は意味がわからず問い返した。


「……私の全てだよ」


 その言葉に、電話の向こう側で息を呑むのがわかった。


 すまなかった、と男は詫びた。目には涙が浮かんでいた。


「──ちょっと待ってください。失敗って、どういうことですか?」


 電話の相手が尋ねた。しかし、それに答えることなく、男は一方的に話を続ける。


「資料は耐火金庫に保管してあるから大丈夫だとは思うが……」


 ゴホゴホと咳き込む。


「……教授? 大丈夫ですか?」


 気遣わしげに相手が尋ねた。


「サンプルは、どうかな……。助からないかもしれないな」


 そう言って、またゴホゴホと咳き込んだ。


「教授っ。一体、何があったんですか?」


 少しの沈黙のあと、男が答えた。


「──ちょっと、ヘマをやらかしたようだ。……研究室が燃えている」

「燃えているって……。大丈夫なんですか? 早く避難してくださいっ」

「ああ、そうしたい、ところ、なんだが……。動けないんだ」


 息が苦しい。話をするのもやっとだ。


「動けない?」

「爆風で、吹き飛んだ、ロッカーが、……身体の、上に乗っかって」


 駄目みたいだ、と男は渇いた笑い声を上げた。


「それなら、僕が今すぐ行きますっ」


 電話の相手が息巻いた。

 しかし、いいよ、と男は言った。もう、いいよ、と。


「……それより、由佳のこと、よろしく、頼む……」


 そこまで言って、男は意識を失った。電話の向こうでは、教授、と必死に呼びかける声が虚しく響いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ