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その迷惑は、時を超える

作者: 山木 拓


 動画投稿サイトに、とある一本の動画がアップロードされた。それは、金髪や茶髪でガラの悪い服装をした男たちが、日本中の様々なトンネルで『俺参上』という文字が落書きされていく、という内容だった。これが、大きな社会問題を引き起こす事になる。

 実にくだらない内容ではあったものの、問題はそれを誰がアップロードしたのか、である。その男たちは過激なチャレンジやドッキリを行う動画を大量に作成し、それをネットにあげていた。これらの幾つもの動画は多くの視聴者に見られ、そのダイナミックさに高い評価を受ける反面、その迷惑性や危険性から、それを上回る批判が大量に出回っていた。とはいえ彼らの動画が多くの人々に見られており、特にヤンキーのような短絡的なお金の消費をしてしまう若者たちに人気があったのは事実なので、動画投稿サイトはこれについて一切の関与を見せなかった。


 では、先の動画がなぜ社会問題になったのか。それは二つの理由がある。一つは、一人の男が「みんなもね、こういうふうに生きた証を、世の中に残していきたくないですか!」と発言していた事。一定の人気者がこのような発言をするのは、あまりよろしくない。彼らのこの行為は完全なる迷惑行為なのだが、それを助長してしまうのだ。これを聞いた全国のヤンキーたちがこぞって真似をするようになったのである。そして全国のトンネルで、このような落書きがどんどんと増えてしまったのだ。

 そしてもう一つの理由は、この落書きに使用されたスプレーがとんでもなく高性能なスプレーを使用していたという事。この時開発された、理論上絶対に塗料が剥がれ落ちないという無駄に良いものを使っていたのだ。絶対に剥がれ落ちないというわけではないが、塗布の強力性をもたらす原理に基づくと、そうなるには二百万年かかるらしい。しかもこのスプレーは、このような性能を持ち合わせているにも関わらず、他のスプレーとほぼ同じ値段で販売されている。

 これら二つの要素が最悪のコンビネーションを見せ、全国各地のヤンキーたちがスプレーで二百万年は落ちない塗料を使って『俺参上』と書きまくったのである。


 確かにこれは、一過性のブーム的な側面ではあったのだが、後始末も厄介なものとなった。薬品ではその落書きは落とせない、となると剥がれ落ちるのを待つかと言われるとそれも出来ない。そうなると、上から更に塗り潰すしか無かった。その時に使用された塗料も、「どうせなら二百万年剥がれないと噂のあれを使おう」となり、なんとかこの事態も収束する。





 そして、この塗料は時を超える。









 数千年の時をかけて、今の人類が一通り全て滅びた。そして長い長い年月をかけて、今の人類とほぼ同じような生物が繁栄した。しかし一度人類が滅びたこともあって、当然文明や言語は全て失われている。だがそれでも、前の人類は地層や化石として残ったり、痕跡を残した建築物もある。つまり新しい人類はかつて滅んだ人類の存在を知ることができたのだ。かつてのトンネルも、残っていた。

 トンネルは、二百万年の時を経ていた。当然、新しい人類は「あの社会問題」を知らない。


 かつて日本にあったトンネルでは、一斉に上塗りの塗料が剥がれ落ちていった。そして浮かび上がる同じ文字。ある種怪奇現象とも言える新たな人類、特に考古学者や歴史学者、地学者はこぞって興味を持ち始めた。彼らはこれらの壁に描かれた『俺参上』を解読することは出来ない。

 全国各地に描かれた謎の、絵? 文字? メッセージ? マーク? 様々な憶測が飛び交った。かつての日本に住んでいる研究者たちはこれに興味を持ち、そして興味を持つ者同士で彼らの合同研究が始まったのである。


 研究者たちは疑問を感じていた。これは何かのメッセージを発するものだったのだろうか。かつての日本には、色がバラバラの三つ並んだ三色の灯りをともす物体が大量に並べられていたらしい。それは危険性、安全性を示すためのものだったと推測される。それと同じような、何かのメッセージなのだろうか。だとしても、このようなわかりにくい場所に記す必要がわからない。

 同じマークが散見されるのはよくある。一定の距離を開けて『7』と描かれた大きな板が大量に発見されているのと条件は似ている。『7』の板が見つかった場所は仕切りが立てられており、部族としてのスペースを確保していたと推測される。なのでもしかしたらこの『俺参上』マークは、それと同じように部族の縄張りとして主張するためのスペースとも考えられる。


 そして一人の歴史学者の男が、この研究をするべく人生の全てをなげうち、これまでの推測、推理、考察を纏めあげた。更には他の研究者たちに様々な知識を借り、全てを総動員してこの『俺参上』の意味を、おおよそ六十年かけて解明したのである。

 『俺参上』は、文字を組み合わせたある種のメッセージであると結論付けた。 

 一文字目の意味は、自分自身を指す言葉である。それも自信があり堂々とした人間が使う際の、自分自身を指す文字。

 二文字目の意味は、「自分自身がここに現れた」という行動を指し示している。確実にそこに現れたのだぞ、と伝えているのだ。

 そして三文字目の意味は、それをさらに強調している。一つ前の行動を、自信満々に主張する際に使われている。

 そのためこれらの『俺参上』という文字は、『私はこの地に現れ、この地に辿り着いた事を私自身誇りに思います。そのため、此処に証拠としてこの文字を残します』という意味になるのだ。

 その歴史学者は考え抜いた。

 この文字を書いた部族は、相当な団結力、結束力をもった誇り高き人類だったに違いない。更に文字を使ったコミュニケーションや、このような特殊な塗料を発明するとてつもなく高度な技術を持っていた。更に様々な場所にこれを書いていたことから、おそらく高速の移動手段を持ち合わせていた可能性がある。なんにせよ、これを書いた部族は、とんでもなく頭のいい、素晴らしい部族だったのだと、そう結論づけた。


 彼はこの研究におおよそ六十年かけた。彼は人生の全てを投げ打って、ヤンキーの落書きを研究したのだった。人一人の人生をかけて、ヤンキーの落書きを解明したのだった。


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