episode4 遠い昔の約束
俺は今、国王軍の敷地にいる。もちろん一般人の入れる場所では無い。
どう潜入したか?第5位階魔法「透明」を使ったというわけだ。魔法って便利だなーと思いつつ、訓練場の芝生にあぐらをかく。なぜこの場所に訪れたか?気まぐれだ。王国最強が俺を殺せないとなると、国外へ行くしか無いのだが、その前に今の若者の剣を見ておきたかったのだ。
若い剣士たちが将軍ピーター・ジェームズと手合わせをしている。若人たちは、何度倒されても起き上がり、将軍へ立ち向かう。その表情は未来への期待に満ちあふれている。
俺も、こうやって師匠に稽古をつけてもらっていたな。ふと昔のことを思い出す。
今考えると、師匠と過ごしたあの時間が一番幸せだったのかもしれない。
もう490年も前の話だ。大きな自信だけはあったそれはそれは生意気な田舎のガキと、伝説の将軍との出会いの話。
俺は500年前、ヘラーレの田舎の町アイノアで生まれる。父も母も冒険者の家庭で育った。
赤子は生まれてから、すぐに教会で天職を授かる。俺が神から授かった天職は勇者だった。
教会の神父はすぐに首都へ連れていき、王国軍に預けて勇者として鍛えてもらうべきだと進言した。
しかし、両親は俺の意思を尊重するべきだと言ってくれて、10歳になるまでは村で育てることにしてくれた。
俺はアイノアで、すくすく育ち、10歳となった。俺は、両親に自分の天職の話をされた。
勇者というのは国中に期待される一方で、貴族たちからの風当たりも強いため、辛いこともあるかもしれないから、このまま村でひっそり生きる道もあると両親は俺に言った。
両親は心配しているようだったが、俺は全く迷わなかった。
小さい頃から天職は教えてもらえなかったが、俺は明らかに強かった。
自分の才能を国中の人のために使えるならば、それは本望であった。
俺は翌日には故郷アイノアを飛び立ち、国王の元へ向かった。
国王は俺をこの国の勇者として認め、まずは修行のためにと国軍本部へ俺を送り出した。
俺としては早く魔族を滅ぼす旅に出たかった。しかし、国王としては、将軍が一人前と認めてから旅をさせたかったみたいだ。
俺が国軍本部の訓練場へ向かうと、一人のひげが濃いおっさんがあぐらをかいていた。
おっさんの目が俺を捉える。
「ほう。この坊っちゃんがこの国の勇者ねえ」
「あん?なんなんだ。そこのおっさん。俺は将軍ってやつを倒しに来たんだが案内してくれないか」
「げはははは。将軍を倒すねぇ。こんなクソ生意気なガキが本当に勇者なのかよ」
「お前バカにすんじゃねえ。俺と決闘だ!!!」
「ああ良いぜ。活きが良いガキは嫌いじゃねえ。だが、自分の実力を知らないようだ。来いよ」
俺はその当時、自分の才能に自惚れていた。10歳にして、村の大人は全員倒せるようになったし、誰よりも魔法が上手だった。俺はこの世界の頂点だと思っていた。まさに井の中の蛙だった。
確かに潜在能力は世界最強だったかもしれない。しかし、あくまで潜在能力の話だ。その時点で将軍と俺とでは圧倒的な実力差があった。
「うりゃぁぁぁぁああああ」
俺は魔力で炎を木刀に纏わせながら、おっさんの腹をめがけて斬り掛かった。おっさんは動かなかった。
俺の攻撃を魔力による体の強化のみで受けきった。俺の木刀は衝撃に耐えられず粉々になる。
俺が唖然としている一瞬で、おっさんの拳が俺の頭を捉える。俺の頭が地面へめり込む。
「いってぇぇええええええええええ。あぁぁぁあああ」
俺は人生で初めてレベルの激痛により体を高速でうねくねさせる。
「たっく。ガキの癖に魔力使ってんじゃねえよ。びっくりして、こっちもちょっと本気出しちゃったじゃねえか」
「いってーな、おっさん!!強すぎだろ。ちきしょぉお。おっさんには勝てる気がしねえ。おっさんと将軍ってどっちが強いんだ?」
「まず、おっさんと呼ぶのをやめろ。そして俺がお前の探している将軍エドワード・ジェームズだ」
「おっさんが将軍?」
「だから、おっさんと呼ぶなって言ってんだろ」
将軍は俺を殴り飛ばす。拳が早すぎて全く避けれない俺。
「いってぇえぇえええええ」
それから毎日、俺は師匠に稽古をつけてもらうようになった。
毎日のようにボコボコにされてきた俺だったが、1年立つ頃には互角の戦いが出来るまでに成長した。
そして11歳の春、俺は師匠の元を離れて魔族を滅ぼす旅へ出発することになった。
俺は旅立つ前、最後に王国軍本部の稽古場を訪ねた。
師匠がいつものように素振りをしていた。俺に気づき近づいてくる。
「ついに行くのだな...」
師匠は思いの外寂しそうだった。感傷に浸るタイプでは無いと思ってたけど。
「師匠、今までお世話になりました。今度会うときには、師匠を片手でボコれるようになっときます」
俺は挑発するようにガッツポーズをした。
「相変わらず、師匠へのリスペクトが足りない弟子だ。まぁ俺が教えられることはもう無いし、行って来るが良い」
師匠は優しく微笑んでいた。
「師匠...いつかこの恩は返しますから」
「恩なんて大したものじゃねえがな。毎日お前をボコしてただけだし。あえて頼むなら、まぁ俺に孫が出来たときには、俺の孫にお前が稽古つけてくれ。それだけでいい」
師匠は少し恥ずかしそうに言った。
「お安いごようです。師匠にボコられた恨みは孫に返します」
「少しは手加減してやってくれ・・・」
二人の間には和やかな時間が流れる。
「冗談ですよ。分かりました。必ず約束は果たしましょう。それでは行って参ります!」
「おう!!ユキヒロよ。俺にもたどり着けなかった頂点まで行ってこい!」
「はい!!」
男二人は熱い握手を交わした。
その後、ユキヒロがエドワード・ジェームズの孫に稽古をつけることは一度も無かった。
今のユキヒロを見て師匠はどう思うのだろうか。