episode2 元英雄捜索隊
「マイアスゲートの諸君。我らは元英雄捜索隊である!!村人全員、広場に出てきて我らの前に平伏せよ!!!」
元英雄捜索隊隊長ジェン・ランドが叫ぶ
俺は遠くのゴミ山の裏からその様子を見ていた。
村人たちは続々と広場へ向かい元英雄捜索隊に平伏していった。
「今日、我々がこの村に来たのは元英雄ユキヒロを探しに来たためだ。村長はいるか」
バンダナをした老人が立ち上がりジェン・ランドの前で跪く。
「はい。私がこの村の長ジョゼと申します」
「お前に聞く。この村に元英雄ユキヒロの目撃情報はあるか」
「いえ。そのような情報は一切ありません。元英雄もこの村には来ておりません」
「おかしいな〜。絶対にこの村にいるはずなんだけどなぁ。お前ら何か隠しているな」
捜索隊の連中は下衆な笑顔を浮かべる。
なるほど...元英雄はこの村にいると断定して、村人が何か隠しているということを口実に痛めつけるという訳か。
これも全て俺が国をめちゃくちゃにしたせいだろう。一度、秩序が壊れると戻すのはなかなか難しい。
俺を追い出したあとは、一致団結して良い国を作っていたと思っていたが、俺の討伐にいろんな勢力を巻き込みすぎて、権力闘争が起こっていたのだろう。こういった横柄な貴族をむやみに潰すわけにもいかなかったということか。
「酷いものだ...」
しかし、討伐隊の彼らは過去の自分だ。
自分の権力を振りかざすことでしか喜びを得ることが出来なかったあのときの俺だ。
果たして俺にこの場を裁く権利はあるのだろうか。
散々、人を痛めつけてきた俺が、彼らに怒る権利はあるのだろうか。
「いえ、本当に何も知りません。神に誓って何も知りません」
ジョゼは必死に弁明する。しかし、全く意味のないことだった。
討伐隊の連中は平民を痛めつけるため、広場に村人を集めたのだから。
「ほう。神に誓ってねぇ。お前は神さえ欺こうとしているのか。恐ろしいやつだ。恥を知れ!!!」
ジェン・ランドが右足でジョゼの顔面を蹴り飛ばす。
ジョゼの歯は何本か折れ、頬から血が滴り落ちる。
俺はゴミ山の裏から、ジョゼが蹴られるところを見ていた。今日会ったばかりの単なる老人。
しかし、俺のことを怪しいやつと思いながらも心配してくれた人だ。
彼は俺や探索隊の連中とは違う人種だ。幸せに生きるべき人だ。
こんな扱いを受けて良い訳がない。
倒れ込んでいるジョゼの腹にもう一度、ジェン・ランドの蹴りが届きそうになる。
理性より先に、本能が動いた。そんな感じだ。
俺は地面を踏み込み一瞬でジェン・ランドの前に立ちふさがる。
俺の通ったあとに鎧の男たちがよろけるぐらいの強風が流れる。
ジェン・ランドの鋭い蹴りが俺の太ももに直撃する。
あまりの動きの速さに着ていたフードも脱げて、俺の顔が顕になる。
場が一瞬で静寂に包まれる。聞こえてくるのは薪火の音だけだ。
ジェン・ランドは何が起きたのか把握できず驚きの表情を浮かべる。
そして、しばらくして男の顔を認識した。その瞬間、ジェン・ランドの顔は青ざめる。
それもそうだろう。いきなり目の前に現れた男の顔が、毎日のように見ていた手配書の男の顔と酷似しているのだから。
「これ以上爺さんを蹴るのはやめてもらおうか。お前たちが探しているのは...俺だろ?」
「ユ....ユキ...ヒロだと?」
捜索隊の面々も慌てふためいているようだ。
村の人々も唖然としている。なにより村長のジョゼが一番驚いていた。
自分が話しかけたフードの男が元英雄だったと気づいたからだ。
「元英雄は...本当に生きていたのか...」
誰が言ったかは分からない。というより、ここの広場にいる皆が同じ気持ちになっていた。その当人を除いてだが。
「で、お探しの俺が今ここにいるわけだが、捜索隊さんはどうするんだ。なぁ?」
俺はほんの少し魔力を開放しながら、捜索隊の連中をにらみつける。
「あ、、ああぁぁぁあああああ」
恐怖なのか勇気なのかジェン・ランドは己の剣でユキヒロに斬りかかる。
「ああああああああああああああぁぁぁぁ」
何度も何度も斬りかかる。剣を覚えたての子供のような基本がなっていない武器を振り回すだけの攻撃。
己が今まで磨いてきた剣技を忘れてしまうぐらい目の前の元英雄の存在は衝撃だった。
「おまえらぁぁなにをしているぅぅぅ。全員でかかれぇぇええ」
未だに混乱している隊員たちだが、隊長の言葉を聞いて、やっと自分たちの役割を思い出したように動き出す。
隊員たちが俺を囲んでその剣で俺を刺してくる。
俺は一切抵抗をしない。貴族の庭にある池が出来る程の血が流れる。
これだけの血が流れば、普通死んだと思うのだろう。しかし、それは普通ならばの話だ。
捜索隊の彼らは分かっていた。いや分かってしまった。目の前の生物が普通では無いことを。
これだけ斬られてもなお、元英雄の目が自分たちを捉えていることを。
そして、全く倒れる気配がないことを。
なぜ、こちらを攻撃してこないのだ....
ジェン・ランドは疑問に思う。自分たちがいくら攻撃しても全く効いている様子は無い。
圧倒的な実力差がそこにはあった。目の前にいる化け物は、その気になれば自分たちのことを一瞬で殺せるはずだ。
なのに動かない。それが逆に怖い。
捜索隊の面々も、もはや体力が尽きて剣を振り回すことをやめた。
目の前にいる血だらけの男。しかし、何事とも無かったかのように立ち尽くしている。
村人たちは叫ぶこともできず、ただ目の前の光景を見ていた。
ジェン・ランドは叫ぶ。
「なぜだ。なぜ我々に攻撃をしない!!!元英雄!!!」
しばらくの静寂のあと、血だらけの男が静かに口を開く。
「俺にはその権利が無いからだ。俺もお前達と同じ。いや、それ以上のクズだ。だからお前達の気が済むまで攻撃するが良い。俺は自分がした行いの罰を受ける」
そう...俺にはその権利が無いのだ。
もし、あのとき国王陛下を裏切っていなかったら、もし仲間たちと良き国を作るために協力しあっていたら...この国はもっと、この世界はもっと心の底から笑える人達で溢れていたかもしれない。
この悲惨な状況を作っているのも俺。目の前にいる心が歪んだ貴族たちを生み出してしまったのも俺。
ならば、俺にこいつらを断罪する権利は無い。
「お...お前ら、王城へ帰還するぞ...」
「ジェン隊長良いんですか?」
隊員の疑問も当然だ。相手は元英雄で自分たちは元英雄捜索隊。もはや名ばかりの組織ではあったが、その仕事は、元英雄を殺すか、王城へ連行すること。
殺すことは自分たちには出来なかったが、目の前にいる元英雄は自分の罪を受けると言っている。
それならば、元英雄を王城へ連行するチャンスなのではないか。そう思うのが普通だ。
しかし、ジェン・ランドは違う。この人智を超えた恐怖の存在から出来るだけ早く離れたいのだ。
いつでも自分を殺せる存在がずっとそばにいると思うだけで、全身が震えてくるのだ。
彼には任務を全うするという使命感は無い。あるのは自分ファーストの心のみだ。
王城へ帰還し、王に元英雄がいたことを報告し、捜索隊の隊長を辞任する。これが彼の出した最適解だ。
「勘違いするな!!王への報告が最優先に決まっているだろうが。早く帰還するぞ!!」
隊員達は何か言いたげな表情だったが、渋々納得し、村から立ち去っていく。
彼らにとっては、元英雄を捕まえた英雄になれるチャンスでもあったのだ。
この決断が彼らの、いやこの世界の命運を大きく変えることになるとは、誰も知る由もない。
2週間後、彼らが国王に元英雄生存を報告するやいなや、国中が騒ぎになり、そのニュースは瞬く間に世界中に広がった。
ユキヒロなんとか助かった?