episode1 大陸のはずれ
この世界は主に2つの大陸で出来ている。
一番大きい大陸がシェリノワ大陸。もう一つの大陸がティティノ大陸。
大国ヘラーレ王国はシェリノワ大陸の西側に位置している。
俺が滅ぼした魔族の国エランテルはシェリノワ大陸の東側に位置していた。エランテルは今やヘラーレ王国の一部となっている。ヘラーレ王国は元から一番大きい国であったが、今ではシェリノワ大陸を横断するような大きい国になっている。
ここはヘラーレ王国の首都ルーミニル
王城ヘラーレ 玉座の間
第60代ヘラーレ国王 ルーミニル・ヘラーレは呟く
「まだ元英雄ユキヒロは捕まらないのか。かの革命から450年も経っておるのだぞ」
ヘラーレ王国宰相 アーロン・メイソンは言う
「陛下、恐れながらもう450年も経っているでのす。どう考えても生き延びているとは思えないのですが・・・」
「そうは言うが、アーロンよ。お前も忘れているわけではあるまい。35代国王様からの言い伝えを」
「はい。呪われた元英雄は今なお、その罪により死ぬことを許されず、この世のどこかに隠れ潜んでいるという言い伝えですよね。ただ、最早おとぎ話の域まで達していると思われるのですが・・・」
「ワシもそう思うが、先代様から口うるさく言われておるし、元英雄捜索隊をワシの代で解散するわけにもいかないだろ」
「そうですね。もはや捜索隊は、貴族のご子息たちが楽して報酬を受け取るための形骸化した仕事になっておりますが、仕方ないのでしょうね」
「ほんと今更、元英雄を捕まえたところで何になるんだか分からんのう。これだけ見つからないとなると、もしいるとしたら、あそこの森しか無いのだがな」
「瘴気の森ネイエスですか。しかし、あそこは生物が生きられる環境では無いでしょう」
瘴気の森エイネス
シェリノワ大陸の東に広がっている森である。
その過酷な環境から人類はおろか魔族ですら近づくことは無かったシェリノワ大陸唯一無二の未開の地である。
なぜそんなにも過酷と言われるのか。それはこのエリアにはびこる強力な魔力のせいである。この世界ではどんな生物にも大なり小なり魔力が流れている。通常我々は、魔力を大気中から少しずつ吸収していき、いらなくなった体内の魔力を大気中に出すという魔力循環を無意識に行っている。
瘴気の森のエリアでは、その大気中に含まれる魔力が異常に強すぎるため、大気からの魔力吸収いわゆる自動魔力回復が過剰に行われてしまう。大抵の生物がこのエリアに入ると魔力過剰摂取により体が耐えられなくなり魔力経路が膨張することにより一瞬で体が爆発してしまうのだ。
強者の中には魔力コントロールに集中することにより、瘴気の森に入ることが可能な存在もいる。しかし、そんな存在はごく一部で、それこそ殺された魔王ハルジンや、その魔王を倒した元英雄ユキヒロぐらいのものである。それにそんな彼らでさえ1時間も活動ができないレベルの過酷さだ。
そんな過酷な環境の中で、そこには奇妙なことに無数の木が生い茂っている。その木はネイエスと名付けられ、この森の名前もネイエスと名付けられた。
この森ではネイエス以外に生物が存在するのかさえ分かっていない。
シェリノワ大陸最大の謎と未だに言われている。
「しかし、あれだけ強いとされる元英雄ならありえるかもしれんぞ。それにもし不死身になっていたとするなら合点もいく」
「確かに考えられなくも無いですが、どっちにしろあの場所に捜索隊を送ることは出来ないでしょうね」
「これからも捜索隊への無駄な出費が続くと思うと頭が痛いの」
「ほんとそうですね」
ヘラーレ王国の最東にある村 マイアスマゲート
元々は魔族の国エランテルの領土であったこの村には、貧民街が広がっていた。
というのも、ここは瘴気の森に近いこともあり、貴族たちは好んでこの土地を治めようとはしなかったのだ。
そのため、ヘラーレ王国のゴミ捨て場のような土地になっていた。
貴族たちが出したゴミの中から、自分たちの生活に必要な物資を確保するような者が集まっていた。
魔力が強すぎるため、農作物も上手く育たないのである。
もう少し、西側に移ると魔力の恩恵を受けている土地が広がっているわけだが。
そんなマイアスマゲートに珍しく貴族らが来ていた。
彼らは元英雄捜索隊の一団であった。その隊長ジェン・ランドは嘆く。
「陛下の命令だから来たものの。本当にひどい土地だな。体内の魔力が汚れてきている気がするぜ」
副隊長モーリス・テスチュも続いて言う
「本当ですね。隊長。元英雄ユキヒロなんて450年前に逃亡したやつだっつーのに。まだ生きてるわけがねえ。こんんな僻地まで来る必要なんてあるんですかね」
「まぁいつもどおり、平民で遊んで王城に帰るとするかぁ」
「こんな土地でいい女なんているんですかね」
「まぁゆっくり品定めしていこう。時間はたっぷりあるのだから」
下品な笑顔を浮かべながら男たちは任務という名の下衆な遊びに興じるのである。
瘴気の森
俺はどこまで奥に逃げてきたのだろうか。
俺は西側にあるであろう人の国へ向けて歩みを進めている。
もう3日も経っているが一向に抜け出せそうにない。
450年の苦痛の時間を耐えてきた俺にとっては3日など常人の30分にも満たないだろう。
しかし、こうも同じ景色の中を歩き続けるとなると少し面倒だ。
正直に言えば、本気で走れば1日足らずで森を抜け出すことは出来る。
なぜ、それをしないのかというと、人の国へ行くと決めたものの、やはり人と会うことがトラウマで足取りが重くなっているのだ。
様々なことを頭の中で考えながら歩いているうちに、ついに森を抜けるときが来た。歩き始めて20日目の話だ。
森を抜け出す一歩目は、赤ちゃんが母の腹から出てくるぐらい緊張したが、これ以上ダラダラしていても仕方ないと俺は森から抜け出した。
450年ぶりに世界に帰ってきた。そんな気分だった。
森を出た俺が見たのは酷いゴミの山だった。
一応、顔を隠すためにアイテムボックスからローブを出して被った。
「マイアスゲートだっけな。昔は魔族が住むキレイな村だったな」
マイアスゲート この村にいた魔族も全部俺が殺したんだっけな。
俺は高く積まれたゴミ山の頂上まで進んだ。ゴミを拾う人たちが沢山ウロウロしている。ゴミを消費して生活をしているようだ。遠くの方にみすぼらしい住居が見える。どうやらゴミだけでなく、人も住んでいるみたいだ。
それにしても、貧しそうな村だ。俺が王城で調子に乗っていたころも、彼らの先祖は苦しい生活をしていたのだろうか。そう考えると、胸が痛い。俺は何も知らず、魔族を倒せばそれだけで全てが上手くいくと思っていたが、そうではなかったようだ。かつての仲間たちだけでなく、民衆にも迷惑をかけていたのだろうな。
そんな昔のことを思い出していると、汚い身なりをしたバンダナを巻いたおっさんが話しかけてくる。
「そこのローブの兄ちゃん。そんなゴミの上に立ってると危ないぞ」
久しぶりに人に話しかけられて俺はビクッとした。
「おっお気遣いありがとう。あんたの名は?」
「ワシはジョゼ。一応、マイアスゲート村長をしておる。兄ちゃんこそ誰じゃ?あまり見ない顔じゃが」
ジョゼの目が鋭くなる。どうやら怪しまれているようだ。
「俺は世界中を飛び回っている旅人さ。大陸を横断していたら、ここまでたどり着いた」
「ほぉ旅人さんか。こんなところまで珍しい。しかし、あまりこんなところにいると健康に良くないからの。旅も場所を選んだほうがいい」
「ここの村長がそれを言うかい。あなた方はなぜここに住んでいる?」
「全て貴族のせいじゃい。ここはまさにゴミ捨て場。ワシらもゴミってわけじゃ。用済みになった領民や奴隷は全てここで廃棄される。貴族たちから逃げた者たちもここに集まる。兄ちゃんもそんなところかと思ったが違うみたいじゃの」
「ああ。心配かけてすまない。俺は今日にでも村を出ていくことにするよ」
「ああ、それが良いじゃろう。今日は見ていて気持ち悪い夜になるじゃろうし」
「ジョゼそれはどういうことだ?」
「今日はこの村に元英雄捜索隊が来ているんじゃよ」
「なんだと?」
まだ俺は追わえていたのか。いきなり心臓の鼓動が早くなってくる。まさか俺の動きが把握されている?
「どうした?いきなり息が荒くなっておるが」
「いや、なんでもないよジョゼ。それより元英雄捜索隊ってなんだ?」
「兄ちゃん知らないのかい?この世界で知らないものはいないと思っておったが・・・」
「少し特殊な環境で育ったんだ。こういう常識を習うためにも旅をしているといっても過言ではない」
「ほぉ。まぁ隠すことでもないし教えてやる」
ジョゼによると俺が逃亡したときから組まれていた元英雄捜索隊が450年経った今でも残っているらしい。しかし、本当に俺が生きていると考えているわけでは無いみたいだ。
「なるほど、じゃあその捜索隊はなぜこの村に?」
「国王陛下の命令で来たらしい。まぁ捜索というのは名ばかりで、平民を痛ぶって帰っていくじゃろうが」
ジョゼの目には悔しさが滲んでいた。
これは、俺がなんとかしないといけないのかもしれない・・・
しかし、俺に正義を振りかざす権利はあるのだろうか。
俺はひたすら悩みながらゴミ山に立ち尽くしていた。
ゴミ山を照らす光もオレンジ色に変わっていき、もう暫く経つと、すっかり日は没んでいった。
ゴミ山に似つかわしくないキレイな鎧を来た集団が村の中央で整列していた。
「マイアスゲートの諸君。我らは元英雄捜索隊である!!村人全員、広場に出てきて我らの前に平伏せよ!!!」
村の中央で燃え盛っている薪火が、ジョゼの静かなる怒りを表しているようだった。
ユキヒロはどう動く?