第〇九九話
シガート氏が率いる商隊一行はマスロープ村を出立した後、無事に峠を下って、その先にあるオバデバイを通過した。そして本日の目的地であるシューロクロスの北に位置するザキセルオンが見えてきた。
一行が峠を越えた後、私は活動限界を迎えてサツキさんに幌馬車の荷台で少し休む事を伝えて暫く寝させて貰った。
目覚めたのはオバデバイを越えた辺りで、馭者台へ出てサツキさんにお礼を言って、ここ二、三日の定位置である彼の横へ座り、道中睡眠を取ったお陰でぼんやりと覚えていたエンヤさんの最後に言った「モンパレ後に」の言葉を思い出し、ペンタグリムでなにが起こるかなんとなく予想していた。
モンパレ。モンスターパレード。魔物の氾濫。昨日のゴブリンが湧いた感じの話だろうか? 彼女はチュートリアルって言葉も口にしていたからきっとそうなのだろうと当たりを付ける。
そう云った事案が有るかをサツキさんに世間話の体で聞いてみたところ、過去に十年単位で北東のボーチュー山系カミュコーニからニッパーゴ経由で魔物の氾濫が起きている話が出てきた。
その為、シューロクロスの北東の守りとして五つの砦をペンタグリムに建設して兵士を配置、魔物の氾濫に備えているのだとか。危険が伴う為、守備に当たっている兵士達には堪らない話だけれど、城塞都市になっているので被害は少なく住人からすれば風物詩と化しているらしい。一発で答えっぽい話が出てくるとか、なんとも拍子抜けな感じがする。
続けて魔物の氾濫のメインがオーガと聞かされた。サツキさんは「今年はまだ当たり年じゃないから大丈夫ですよ」なんて私を安心させる様に言ってくれた。
けれど、エンヤさんからヒントを貰っている身からすれば、風物詩としてそろそろ時期だなと事前に備え待ち構えるよりも、当たり年じゃないから大丈夫と言った楽観的な気持ちほど危険なものは無いんじゃないかと思った。つか、当たり年じゃないのに魔物の氾濫とかそもそも原因ってなんだよ。……えー、如何すんだよ、それ。
そこからはサツキさんとの会話も上の空で生返事をしながら、如何しようか思案していると、遠くに一際背の高い石造り塔が見えてきた。今悩んでいても答えが出そうにないので、あとでオリガさんに相談しようと気持ちを切り替える。
背の高い石造りの塔は辺りを窺う為に造られた見張り台兼海上交通用の灯台が、所々に木々が茂った平野の向こう側に頭を出して、次の街であるザキセルオンのランドマークとしてその存在感をアピールしていた。
前世の記憶にある、東京に乱立している高層ビルの高さは無いけれど、この辺一帯は遮蔽物の少なく何処からでも目に付きそうな高さに見えた。
この世界では港湾がある地域で割と一般的な建物らしいけれど、単体の建築物としてはお城や都市街を囲う城壁以外でこれ程の高さの建物は無く、しかもここの見張り台兼灯台は有料で展望台に入れるそうだ。
商隊一行は空が黄色く色付き始めた頃、ノーセロの街の入城料みたいなのは払わなくて大丈夫らしく、滞りなくザキセルオンの街に入った。
ゲーノイエ伯爵家の領都<シューロクロス>に近いからなのか、それとも交通の要所として機能しているからなのか、或いは時間的なものなのか、パッと見て、住民や旅装の人、商人、冒険者、見回りの兵隊さん等の様々な人達が往来していてとても活気が感じられた。
ザキセルオンのメインストリートを抜けて海沿いに位置する本日の宿である<新港>に到着。
シガート氏の率いる十数台の商隊馬車どころか、複数の別商隊の馬車も余裕で止められるスペース。少し離れた場所には接岸している木造の船と港の集積所らしき建物が見えて、前世のちょっとした貨物ターミナルを思い起こさせられる。もしかしたらゴミョーコー経由の船が着岸する場所かもしれないと、想像してしまう。
今日は商隊関係者全員が宿泊するとの事。オリガさん達やシガート氏と仲間の商人達、護衛の冒険者達は馬の世話や積荷の確認をするそうだ。夜間の見張りはザキセルオンの冒険者ギルドに登録している信頼と実績のある冒険者達が担当してくれるらしい。
商隊のお客さんであるマチルダ嬢は御付のメイドさんと宿に入っていった。護衛の騎士達は馬と箱馬車の世話をしている様子だ。当然、同じお客さん扱いの私も手持ち無沙汰になり暇を持て余す事になる。
マチルダ嬢みたくさっさと宿に入るのもアリだけど、サツキさんから聞かされた例のザキセルオンのランドマークになっている見張り台兼灯台の展望台に登ってみようと、観光による時間潰しをしようと思い立った。
その事を現保護者であるオリガさんに伝えると、一人での行動は心配なのでクリスさんを同行させると言ってくれた。……や、まぁ、近くに塔が見えるとは言え、確かにその通りだと思う。
私はクリスさんを連れ立って、四角形をした石造りの塔へ歩いて向かった。大きさの所為で近くに見えたけれど実に三十分以上掛かって辿り着いた。賃貸物件の紹介に有る徒歩一分は約八十メートルになるんだっけ。ここまで距離が所々で曲がったけれど約二千四百メートル以上も有ったのか。遠いわ。
入り口で受付をしていた衛兵さんに話し掛けると、入場制限人数に達していないらしく直ぐに展望台に上がれると教えてくれた。そしてやはり有料で一人五ダラーだったので、クリスさんがお金を出す前に、硝子のお弾きな十ダラー貨をさくっと手渡す。
クリスさんが瀬戸物……陶銭五枚渡そうとしてくれたけれど、昨日のお詫びも兼ねてとお金の受け取りを固辞させて貰った。
前世で稀少な貝殻を使った貝貨の話を聞いた事もあるし、魔法の世界だから何かしらの偽造対策されてるであろう、相変わらず何度見ても玩具っぽいけれど、加工された硝子製や陶器製のお金も有りっちゃ有りかなと、今では結構慣れ親しんで使っている。
衛兵さんの案内で私とクリスさんは入り口から外壁に沿って据え付けられた階段を登って塔の中程に在る展望台へやってきた。
内部は外壁に沿って通路になっていて薄暗く、壁際にはおそらく夜間で使用するのであろう火の点っていない松明が並んでいて、四方に設置された無骨なくり貫き窓から入ってくる陽の光で辛うじて足元が見える程度だ。それでも外を見る分には問題無く、この世界では余り見られない街を上から見ると言った光景が広がっていた。
「……ントなんでこんな田舎下りまで来なきゃいけないんだよ」
「申し訳ありません、アラウンド様。なにぶん人手が足りておりませんので、その、はぃ……」
「しっかりしてよ。ただでさえ西南州がキナ臭くなってるのに、更に東北州なんて面倒見切れないよ」
クリスさんと二人でくり貫き窓から外を見ていると、展望台の上から降りてくる集団と不機嫌そうな声と申し訳無さそうに受け答えしている声が聞こえてきた。
如何やら私達以外にもお客さんが居た様だ。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。