第〇九三話
商隊の男達とマスロープ村の男達でキバオウの解体とゴブリンの後始末をするとの事だった。彼等をマスロープ村の開拓地に残して、私達は村の展望台のある広場へと降りてきていた。
こちらにも街道方面からゴブリンが湧いてきていたらしく、マチルダ嬢の護衛に付いていた騎士達と集落に残った村人が対処をした様で、集落手前の街道脇に幾つか死体が重ねられていた。そしてオリガさんから上の方は粗方片付いたと聞いて、彼等も漸くひと息付けた様子だった。
その中の一人の騎士がマチルダ嬢の乗る箱馬車の元へ向かったのだけれど、直ぐに戻ってきて怪我人が居ないか聞いてきた。如何やらマチルダ嬢が今回の一件で怪我をした者の手当てを買って出たのだとか。
私達は疲労だけで済んだけれど、上の開拓地で作業をしているシガート氏に喜ばれるのでは無いだろうか。戻ってくる時に、誰も何も言わずに各々作業を始めていたけれど、最後の方でキバオウに足止めしようと縄を引っ掛けて引き摺られた者も居たので、もしかしたら怪我を我慢している人が居るかもしれない。
その話を聞いた騎士はそれならばと、開拓地に繋がる坂道を急いで登っていった。ご苦労様である。
さて、反省会。
私とオリガさんの二人だけで話し合いを、適当な場所が無かったので私を運んでいる幌馬車の中で小一時間に渡って行われた。その間、オリガさんの指示により、クリスさんとイーサさんは外で馬の世話と見張りをしている。
今回のオリガさんの剣を使った魔法に付いて二人の反応は以下の通り。
クリスさんの、私を見る目が生暖かかったので、オリガさんの剣から出た魔法のタネを察していた感じがしていた。私が魔法を使えると前情報で知っていたのだし、彼女に関しては私の思惑通りにはならなかった模様。
逆にイーサさんの方はオリガさんを手放しに褒め称えていた。彼女の<剣技>のギフトを使って<ファイアバレット>や<ウィンドカッター>の魔法が行使され放たれて居ると、面白いぐらいに思いっきり勘違いしていた。私がノーセロの騎士団宿舎でこっそりとお風呂のお湯を作っているの知っている筈だし、クリスさん同様に前情報があった筈なので、簡単にバレるとは思ったのだけれど。恋は盲目なのだろう。
オリガさんに怒られる覚悟をして彼女と向かい合わせに座る。また大目玉を食らうのかとビクビクしていたのだけれど、魔法使用に関して注意事項と言うか、真摯で懇々とした説明を受けた。
如何やらこの世界で魔法を使える事はとてもアドバンテージを発揮するらしい。
故にブリタニア帝国でも宮廷魔術師と云われる術者達が、一人しか見た事が無いけれど、魔法行使を秘儀として上級貴族に匹敵する絶大な権力を有し、利権を以って宮廷内で幅を利かせているのだとか。皇帝直属と云うのもあるらしいけれど。
私の様なギフトを持った天然の魔法使いと違うのは、長年の研究成果で蓄積した公式や術式に当てはめて魔法言語に因る詠唱を以って魔法行使が出来る人工的な魔法使い、魔術師と言われていて、その中で適正能力の高い者が、更なる秘儀を得て宮廷魔術師というエリート街道を進めるのだそうだ。
彼等の秘儀や研究は軍で使う魔道具にも応用されていて、魔石を使った装備品を纏った人工魔法使いを主軸に陸軍海軍共にゴリ押しの戦術で、大陸の南側航路進出を果たし、それはもう世界中を敵に回す勢いで至る所を征服、植民地を築き上げて、現在ではその統治に注力しているのだとか。
ここで魔石の使用例が出た訳ですよ。想像していた生活必需品から縁遠くて苦笑いしかでない。
オリガさんが過去に観る機会の在ったブリタニア正規軍、通称<赤服>を表した歴史絵画は、魔杖を持った魔術師部隊が戦列を組んで魔術に依る面制圧と突撃を掛ける場面を切り取った物らしく、配色された赤と黒が畏怖を齎し、それは壮絶であり壮観な物だったらしい。
私はゲーノイエ伯爵家四男レイナードの着ていた服装がそうなのだろうと想像を巡らす。
ブリタニア帝国は島国で海を挟んで東側、エウテルベ大陸に存在するフローゼ公国やその北東に位置するライドゥーエル王国。ルーシアン連合諸国、等等の大国と云われる国々でも魔法研究は盛んに行われて、鎬を削って争えるレベルにいたらしい。
エウテルベ大陸、大陸の真ん中辺りで南北に走る大山脈から西側半分をそう呼び、東側半分はまた呼び方が変わるのだそうだけれど、その東側大陸にも幾つもの大小様々な国家群が存在しているのだとか。そんな巨大な大陸を挟んでの遙か遠い異国の話なので、今のところ、それ程影響は無い上、残念な事にいずれも大陸国家で、更に出口になる海をブリタニア帝国が押さえている所為もあり、未だ海洋進出を果たせた国は無いとの事。むしろ大陸北部と中央部から大山脈超えと言った無謀に近い東進政策を執っているらしい、とか。
逆にブリタニア帝国は海洋進出を果たし、各地に飛び石の形で拠点となる植民地を作り、イーシン植民地列島でエルフ種族の発見で魔法、魔術研究、技術が飛躍的に発展した事で、それに危機感を覚えたエウテルベ大陸の各国が政略的な婚姻を結んだり不可侵的な条約を結んだりして、ちょっとした小競り合いが在るものの、表面所では仲良くしているのだそうだ。
エルフ種族が存在していたイーシン植民地列島でも総督府が主導の下、各地六ヶ所に魔法、魔術の研究機関を学園という形で立ち上げて技術の研鑽に励んでいた。現在ではその六ヶ所の学園も派閥で分かれてしまっているけれど、その中の一つがセーレム魔法学園に当たるそうだ。
学園に共通していたのは、所属する研究員だけじゃなく、天然の魔法使いを広く公募する事で能力や技術の発展育成を目指すと言った内容らしい。けれど、実際は魔法使いをモルモットみたく研究対象にしていたそうだ。
流石に人体実験はご勘弁願いたい。そんな学園に、知らずとは言え興味を持ってしまった自分に後悔の念が浮かんでしまった。私の嫌悪感が顔に出ていたのか、オリガさんは紹介した手前、セーレム魔法学園でそんな事はしていないとフォローを入れてきた。
名前は魔法学園と謳われてるけれど、現状では近隣の穏健派貴族子息の士官学校的な、人材育成を主に置いているのだとか。只でさえ、穏健派の人材不足の中で貴重な魔法使いを使い潰すなんて以っての外らしい。
オリガさんはそう言ってくれたけれど、彼女以外の、他人の心の中って何を考えているか判らないんだけれどね。
取り合えず、シスイ侯爵が正式な庇護者として付くまでは魔法を余り派手に使うな。下手に情報が漏れると色々な所からチョッカイを掛けられる可能性が有るかもしれない。と、そう言う事らしい。庇護者が付いても余り変わらない気もするけれど、出来るだけ人前では調子に乗らない様に気を付けた方がいいのだろう。オリガさん無双の演出は遣り過ぎた模様。……私の目標はスローライフ、スローライフ。
最後に、それとは別で衣服の洗濯用にお湯の催促をされた。まぁ、オリガさん達に怪我は無いけれど服装やら装備品が返り血で汚れてしまったからね。それを落としたいらしい。幌馬車の荷台から外を見るとですね、クリスさんとイーサさんが大きな荷物か抱えて待っていた。
君達、見張りをそっちのけで、その大きな盥と大樽をよく見つけてきたね。えっ、オリガさんの指示で盥と空の大樽を馬車に載せてたって? 許可を出したシガートさんも邪魔になるだけで訳が判らなかっただろうに、上手い事を言い包めたのだろうか、感心するわ。
多分、盥は洗濯用でなんとなく騎士団宿舎で見た覚えのあるその大樽はお風呂のご所望、ですね。別に構わんのだけれど、何処で入浴するつもりなのだろうか?
なんにしても、魔法の使用を控えろと言われた側からこれですよ。結論として、まぁ、時と場合に由って気を付けて使い分けろって事ですね。了解。
読んで頂き有り難うございます。
我が妄想。……続きです。
プロット無しの弊害、正直、キバオウ戦なんて想定外でしたわ。
更新は気分的に、マイペースに、です。