第〇九二話
グレートボア、キバオウは前足に絡まった縄に後ろ足が取られ、無様に前のめりになりがなら二度三度と地面を転がった。暫しの沈黙の後、キバオウは慌ててその泥塗れになった巨体を起こしていた。
それまでの勢いを削がれた怒りからなのか、間抜けな自身の姿を思ってなのか、気分的に仕切り直しの為か、その場で四つ足地団駄を踏んで全身を大きく震わせていた。
自爆したキバオウの姿を見せられたシガート氏達も回避後の行動を忘れて、呆気に取られて動きを止めていた。他の、キバオウに対して両側へ展開して縄を掛けて引き摺られた集団も、泥塗れになりながら立ち上がってフリーズしていた。
少し離れた場所で休憩していたクリスさんとイーサさんは、状況を見て判断したのか、降りていた馬に再び跨っていた。まだ疲労回復もしていない状態で行動に移せたのは流石、オリガさんの従士と言ったところか。ただ馬の方が若干興奮状態なのか、怯えているのか、動きが荒く足踏みして二人共なんとか落ち着かせようとしていた。
キバオウの自爆という空白時間で漸く私達も側面から事故現場に近付けた訳だけれども、取り敢えずは商隊の面々やマスロープ村の男達を巻き込んだ事故じゃなくてホッとしていた。
出現時は大型バスや重機に例えて考えたけれど、身体は鋼鉄で出来ている訳じゃないから、人力でもなんとかなるかなと。シガート氏のやる気満々にみんなで力を合わせれば何とかなる。なんて簡単に思っていた。
でも実際に近付いて見ると、マジでデカイし、仮に近付けたとしても、その身体に上手く刃物を通せるのか判らない。この巨大な質量でまともにぶつかったのなら大惨事は免れないだろう。漫画やラノベ的に異世界転生待ったナシだ。……あれ、私的に元の世界に戻れるのでは? なんて思わず雑念してしまう。
だが、時は既に動き出している。
落ち着きを取り戻したのか、キバオウはシガート氏の方へ頭を向けている。このまま彼等に再突撃を掛けるつもりっぽい。折角、動きを止めていたのだ。それに魔法の射程距離内まで近づけたのだ。
今更暴走されても困るのでキバオウの動きを阻害する様に四方へ大き目の透明な魔法の盾、<アンチマジックシールド>を行使、展開させた。魔素が光の粒子を伴って収束し透明な盾が形成される。これでみんなにボコって貰おう。
ところがキバオウは透明な盾の干渉に不快感からか多少身じろぐも、大した障害とせず<アンチマジックシールド>を通り抜けて歩き始めた。
嘘ん、マジでぇ……。そういえばキバオウが爆走していた時は、ゴブリンみたく光の粒子、多分魔素、を振り撒くエフェクトが無かったと思う。つまりキバオウは魔素を持っていない天然モノで、魔石、多分魔素の結晶を体内に有する魔物と別のただの野生生物と言う事だ。
となると、天然モノの野生生物とか魔物とかもそうだけれど、人間に対して使用した場合は有効なのか無効なのか、どんな扱いになるんだろうか? 大変、気になる事案が浮かび上がった。
まぁ、それは後回しにして、ならば余計な被害が出る前にさっさとケリを付けようでは無いか、キバオウよ。
「オリガ様、剣を三度振るって下さい!」
「カノンお前っ! あー、もー、好きにしろーっ!!」
半ば自棄になった叫びを上げながらもオリガさんは素直に鋭く三度剣を振るってくれた。好きにしてと言ったな! オーケー、了解した!! それに合わせて私は内心で準備していた真空断裂の魔法<ウィンドカッター>を気持ち百二十パーセントマシマシで、それが地面を抉り裂きながら走る演出を加えて、キバオウへ殺到するイメージで放った。
放たれた三本の剣閃風な<ウィンドカッター>は、イメージ通り地面に三つの傷を付けながら、走り始めたキバオウの側面、一本は顔の前に逸れて外れたけれど、首と胴体部に二本が着弾した。
着弾して直ぐ、キバオウが次の一歩を踏み込んだ瞬間にその弾みでズルリ、と首と胸部の辺りで綺麗な断面から赤い血を噴出しながら滑る。巨体が三つの塊となって、地面に大きな音を立てて崩れ落ちた。三本の真空断裂の余波は勢い衰えず、そのまま向こう側へと貫通して地面を走って行き少し離れた所で終息した。
「う、うおおぉぉぉーーーっ!!」
「オリガさんの剣凄ぇぇぇっ!!」
「あの巨体が真っ二つだぜっ!!」
「今度は地面を切り裂いたっ!!」
「オリガさんつえぇぇぇーっ!!」
キバオウの二度目の襲来に身構えていた商隊の男達が歓声を上げる。全部オリガさんの剣技です! 嘘です! でもみんなこのまま勘違いの方向でお願いします!!
オリガさんは背中で現実逃避気味に「あーあー、聞こえないー」なんて言ってるけれど、私の隠れ蓑として回りからの面倒事を暫く被っていて下さい。期待しています。
「あ、あぁ、あのキバオウが簡単に……」
「馬に乗った姉ちゃん可愛い顔して怖ぇ……」
「家の嫁になって貰えんかのぅ……」
「デカイボアって肉が硬くて美味くないんだが……」
「縄張り争いで森の方が騒がしくなりそうだ……」
一方、マスロープ村の男達は嬉しさよりもオリガさんに畏怖し、困惑していた。思いっきり他人事だけれど、今後の生活で多少変化が有るかもだけれど、それに上手く対応して頑張って下さい。以上。
「オリガ姉様、……私達の力及ばず足を引っ張って申し訳ありませんでした」
「オリガお姉様の本気のお姿、最っ高に、格好良かったのです!」
「私達の不甲斐無さ身に染みて感じました。今度、鍛え直す為に稽古を付けて下さい」
「それよりカノンはお荷物過ぎて邪魔なのです! 今後オリガお姉様と一緒に馬に乗るの禁止、なのです!! 判ったですか!?」
私とオリガさんの近くに、クリスさんとイーサさんが馬を寄せてきた。相変わらず交互に話し掛けてくる。
クリスさんは今回の初戦闘で反省点を見付けたのか稽古の申し出をしていた。後ろを追いながら身体を汚して頑張っていたと思うのだけれど、きっと彼女自身の目標は高いのだろう。
イーサさんはオリガさんを賞賛して、私に絡んできてついでに下げる。ある意味様式美と化している何時もの流れであるのだけれど、自分より年下に嫉妬なんて可愛いよね、君。そのお姉様の背中に当たるクッションは最高に気持ちが良いのだけれど、独り占めする気は無いので安心して欲しい。
そんな遣り取りをしているとシガート氏が辺りに散らばっているゴブリンの死骸や巨大な素材と肉の塊となったキバオウを睥睨しながらやってきた。
「凄ぇギフト持ってるじゃねーか、オリガ。最初からお前さんに任せて於けばよかったよ」
「アッ、ハイ。……あ、いや、これは、私の力ではなくてな、その、なんて言うかカノンがな……そうっ、カノンが!!」
「ははは、謙遜すんな。流石、旦那が目を掛けているだけの事はある。ただ、俺達は後始末が有るから今日はもう進めない。この村で一泊する事にするが問題はないな?」
「あ、あぅ、あ……そう、だな。……わ、私はこの後カノンとじっくりと話し合いをしなければならない。後の事は全てシガートに任せた!」
「そ、そうか。おう、任せとけ。特等席で見れた嬢ちゃんが羨ましいわぁ。後でたんまりと武勇伝聞かせてくれよなぁ、あははは」
如何やらゴブリンやキバオウとの連戦で結構な時間を食ってしまったのと、これからの後始末の兼ね合いで、次の目的地への移動は諦めた様子だった。シガートさんはその事を伝えた後、他の仲間達に後始末の指示を出しに行った。
オリガさんはゴブリン無双していた辺りから思考放棄していたけれど、シガート氏の掛けてきた言葉であたふたしながら再起動を果たしていた。後半は若干、言葉に怒気を滲ませていた。主にオリガさんを隠れ蓑に好き勝手に魔法を放っていた私に対してだろう。
仕方が無い。覚悟を決めるか。長々と怒られなければ、いいなぁ。
読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。