第〇八八話
マスロープ村の住人が開墾した畑や放牧地がある高台。その奥に在る山の森から溢れ出てきたゴブリンの集団を駆逐する為、商隊の商人や冒険者、騎士の面々、それとマスロープ村の男達で、必死に追い駆けっこを繰り広げている。
ゴブリンが最弱の魔物と言っても、その動きは中々にトリッキーで素早っしこく、討伐に向かった者達をおちょくる感じで翻弄していた。ゴブリンの駆逐と言うより、まるで集団鬼ごっこをしてるみたいだ。……なんだろう、このレクリエーション感。
暫くして追い駆けっこをしていた誰かが、このままじゃ埒が明かないと多対一で囲ってゴブリンを攻撃する様に指示を飛ばしていた。近くに居た仲間同士でグループ化してゴブリンの動きを封じ込める事に成功していた。それに拠って、漸くにして、其処彼処で徐々にゴブリンの死体の山を築き始めていた。
馬を駆っているオリガさん達は開墾地からの下り斜面が始まる近辺に陣取って、そこから集落の方へ零れ降りて行きそうなゴブリンを見つけては、それを阻止する為にその場へ急行しては駆逐していくといった遊撃戦をしていた。
先頭のオリガさんが、馬の突進で跳ね飛ばし剣で薙ぎ払い初撃を与えて、外したら後続のクリスさんやイーサさんが、ぎこちないながらもその動きに合わせて追撃すると言った具合だ。その機動力を活かしながらゴブリン達を狩っているけれど、残念な事に槍の様な長モノの武器を用意していなかった所為か、非常にやり辛らそうにしていた。
私はと言うと、後方支援の役柄を与えられていたので、フィールド全体を観察しながら、ゴブリンに後方から襲われそうになった者や、オリガさん達の機動力でも間に合いそうに無い箇所から溢れ出そうになったゴブリンを見つけては、風魔法を付与した矢が届く範囲で邪魔にならない程度にチクリチクリと援護していた。
私の攻撃魔法を使えば早いかもだけれど、お客さんである自分がシガートさんより多くゴブリンを倒してしまったら、臨時ボーナス目当てに動いている者達の、最弱の魔物ゴブリンを如何に多く狩るかと言うレクリエーション化した現状で、手を出すのは顰蹙や反感を買うかもしれない。私は場の空気を読めるのだ、決して手を抜いている訳ではない。それに……。
「ありがとな、嬢ちゃん。さっきの援護助かったぜ、ほらよっ!」
「後ろは任せて下さい。あ、これお水です! 矢を持ってきてくれたお礼です!!」
「お、気が利くねぇ」
……ン、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。
「プッハァー……。うん、水が旨いっ、力が漲ってくるぜ!」
「おっちゃん達に頑張って欲しいですからね!」
「ははは。おかげで元気百倍だ! せば、また行ってくるわ!!」
「気を付けて!」
「おうよ!」
こんな感じで、たまに余裕の出来た者が私の放った矢を回収、持ってきてくれるので非常に助かっている。お礼に<ストレージ>に入れていた予備の水筒を渡してひと息付いて貰っている。今のところ、幸いにして怪我人もいなさそうだ。ゴブリンの残数を考えると、再利用出来る矢は幾ら有っても足りないのだ。
……それにしても、森から出てくるゴブリンの数多くね? や、確かにみんなの奮闘で畑に居るゴブリンの数はかなり減ったんだけれど、あれから二時間ほど続いている鬼ごっこはまだ終わりそうに無い。依然として散発的にゴブリン達は森から姿を現してくる。何時になったら打ち止めになるのだろうか。等と考えていたら……、
ズガ、ドォォォ……ン。バキバキバキィ、メキメキィ……。ズ、ズゥゥゥ……ン。
森の方からひと際大きな音、何かが木々にぶつかって薙ぎ倒す音が響いてきた。
「ギギャッ、ギャー!!」
「ウギャー! グギャー!!」
「ゲギャー! ブギャー!!」
そして、木々が倒れる大きな音がした辺りの森から、焦った様な、悲鳴の様なゴブリン達の鳴き声が聞こえてきた。
「ブボォォォーーーっ!! ピギィィィーーーっ!!」
それに伴い、ゴブリンとは明らかに違う種類の鳴き声、もとい、猛り狂った雄叫びが続いて聞こえた。
私は勿論、畑や牧草地でゴブリン達と鬼ごっこをしていた商人達や冒険者、マスロープ村の男達、馬に跨って遊撃していたオリガさん達も動きを止めて、一斉にその轟音が聞こえてきた方、山側の森の方を見た。
そこから木の破片やら枝やら、更に雪解けの泥を飛ばしながら、体高三メートルぐらいはあるであろう大きな猪っぽい獣が、小さな人影を乗せて巨体を上下に揺らし暴れながら飛び出してきた。
小さな人影は三体のゴブリンで、その獣の上に乗っていた。と言うよりは、上下左右の激しい動きに振り落とされない様、必死で頭部後ろの盛り上がった背中や側面、尻尾の根元付近にしがみ付いている。そして、猪の足の部分に縄が巻き付いて、身体に縄に絡まったのであろうもう一体のゴブリンが力無くガクガクと引きづられていた。
「ボアかっ! グレートボアが出た!!」
「……っ! あの縄、捕獲用の縄じゃないか!?」
「ちょっと待て、あのデカイ牙……ありゃぁ、キバオウじゃねーか!!」
「うがーっ、選りにも選ってアイツが罠に掛かったんが!?」
「ゴブリン共、罠に嵌ってたアレに悪戯しやがったんか!!」
「くそ、最悪だーーーっ!!」
畑や放牧地の所々から上がるマスロープ村の男達の叫び声。如何やら猪っぽい獣はグレートボアと言うらしい。広場の屋台で売っていた串焼き肉の元か。つか、キバオウって呼称……山の主みたいな名前持ち的なものかね。なんにしてもネームドの登場か。
マスロープ村の男達が叫んでいた様に森の奥でチョッカイを掛けたのであろう、キバオウと呼ばれたグレートボアはその鈍重そうな巨体に似合わない速度で、逃げ出してきたゴブリン達を目の仇にするかの様に狙いを定めて暴走を始めた。
巨獣の下顎から上に伸びた大きな牙は、世紀末的な道なき道を走る改造車の凶悪なバンパーの如く、逃げ惑うゴブリン達を軽々と跳ね飛ばし簡単にその命を刈っていく。
今はまだ離れた場所、森と開墾地の境界辺りで暴れているけれど、やがては整地された畑や牧草地に入り込んでいるゴブリン達に狙いを付けるだろう。当然、それ等と鬼ごっこをしている人間も連鎖的に標的と見做して襲ってくる事態が予想出来る。
シガート氏も同じ事を考えたのか、畑から一旦出て作業道へ移動して全員に集合を掛けていた。ゴブリン達を追い掛け回して畑や放牧地中に散って商人達や冒険者達、マスロープ村の男達もそれに従い、早々に鬼ごっこを止めてシガート氏の下へ集まっていく。
ゴブリン達の中でもキバオウに気が付いた個体は、それが暴れまくっている場所とは逆方向、牧草地の方へ様子を見ながらゆっくりと逃げ始めていた。仲間の惨状から次に標的にされるのが自分達と理解しているのだろう。既に森の中へ消えた固体も居そうだ。
そして、シガート氏の下に集まってきた商隊の仲間、冒険者達、マスロープ村の男達は何か話し合っている様子。多分、ゴブリン達よりキバオウの方が脅威度が高いと相談でもしているだろう。
……さて、私もあそこに集合すればいいのだろうか?
読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。