第〇八七話
商隊の面々やマスロープ村の男達は、斜面を転がる様に駆け下りてきたゴブリンの対処を終えて、後続がやって来ない事を確認しながら、斜面の上に在る村の畑や牧草地へ踏み込んだ。
そこには山に向かって結構な面積で開墾された土地が在った。まだ春先なので、農作業の準備段階だったのか、殆ど手付かずで所々に雪が溶け掛けた状態で残っており、地面は黒っぽい土と混ざり合ってドロドロになっている。
そんな状況をお構い無しとばかりにゴブリン達が我が物顔で広い範囲の敷地を縦横無尽に走り回っていた。柵で仕切られた牧草地の方では幾つかの作業小屋が建っていて、建物の中や柵内に入り込んで豚や牛に襲い掛かっているヤツ等までいた。
「グギャー、ウギャー!!」
「ギャッギャーッ!」
「グギャッギャ!!」
「ウィッキー、ギャー、ギャー!」
「ギョッ、ギョギョギョッ!」
ゴブリン達はこちらに気付く事も無く、じゃれ合うように甲高い叫び声を上げている。その姿を言葉にするとしたら正に害獣。山から下りて来て畑を荒らす全身脱毛した野生のサル? みたいな。……や、耳先が尖っがていて鷲鼻っぽく突き出した鼻の造りをしていて結構顔付きが違う。武器も持っていてサルより賢いのか?
気持ち、一匹だけ鳴き声が前世の使命感的に「クンさん」付けにしなければいけない気がする個体が居るけれど、……いや、それは横に置いておこう。
「……うわぁ」
思わず声が漏れる。同じ様に先に登り切ったみんなも武器を片手に無言で、眼前に広がる畑と牧草地を駆け回るゴブリンの集団を見ていた。ゴブリンの数は軽く見ても百以上は居るんじゃなかろうか。綿毛と言うか、鱗粉と言うか、謎の光球みたいなのを、エフェクトみたいな感じにキラキラふわふわと撒き散らしながら走り回ってる。ゴブリンじゃなく妖精とかだったら絵になったんだろうけど。
そういえば前世で野生のサルは場所に依って畑を荒らす害獣になるんだっけか。ハロワでも期間限定の仕事で畑の見回りが有ったし、地元のお婆様方が農作業着姿でエアーソフトガンを片手に追い払っていたニュースを見た記憶があった。人間の生活圏が広がったのと山の自然が減った所為で、餌を求めて人里に下りてきて悪さをする野生動物が増えたって締めてたっけ。
あの頃、一緒に仕事をしていたお師匠の実家でサルを飼っていて、「サルって自慰行為を覚えたら嵌るって噂を耳にして、ホントかよって興味本位で教えたら、四六時中、呆けた顔をしてマス掻く様になって、俺が家族中から白い目で見られる様になって本気で困ったわ。ははは……」って話していたっけ。
「……こりゃあ、ヤベーんじゃね?」
「おい、森から土煙が上がってるぞ。まだ後続がいんじゃね?」
「さっさと蹴散らしとかないとまだまだ増えそうだな」
「あ、あ、あぁ……、さっきよりも増えてる。村の畑がぁー……」
「うぉー、チャァンコぉー、ウチのチャンコは無事かーっ!?」
野生のサルがトリガーになったのか、私の遠い過去の記憶が呼び起こされてトリップしてしまった。その間、漸く現状を把握し始めた周りの声で現実に引き戻されたのだけれど、最後のチャンコっていったい……豚か牛の名前だろうか、その村人さんは牧草地に建っている作業小屋の方へ視線を向けて、握りこんだ両手の拳を微かに震わせながら口を真一文字に嚙締めながら名前を呟いている。
「カノンはここで後方支援を、手段は任せた」
「アイ、サー……ぎにゃっ!?」
そう言いながら、オリガさんはまたも私の襟首を掴かんで馬上から降ろした。つか、降ろす途中で、私の足が地面へ着く前に手を放したよ、この人。さり気無く近くに居たサツキさんが身体を支えてフォローに入ってくれたし、地面も柔らかく大したダメージも無く着地出来たけどさぁ。
抗議のつもりで馬上のオリガさんを見上げると、彼女は剣を抜いてクリスさんとイーサさんに視線を向けて彼女達の表情を、意気込みを確認して、シガート氏の方を見て頷いている。……あら、まぁ、とても凛々しいお顔をして、やる気満々の様ですしおすし。
「商隊の仲間達! 護衛に付いてくれた冒険者諸君! マスロープ村の勇士達よ! ゴブリンの数は多い! だがヤツ等は最弱の魔物だ! 私達だけで充分に戦って勝てる相手だ! 思う存分蹴散らしてやれ!!」
「よし、お前等聞いたなっ! ゴブリンは弱いっ。それにマスロープ村に住人が居なくなれば我々商隊は休憩は勿論、商売も出来なくなる!! 出来る限り畑を荒さずに、ゴブリン共を畑の肥やしにしてやんぞ!!」
しかも、オリガさんは馬上から商隊の仲間や護衛の冒険者、マスロープ村の男達に檄を飛ばし始める。流れに乗ってシガート氏も引き継ぐ感じで全員に活を入れた。これを聞いていたこの場に居る全員が「うおーっ!!!!」と雄叫びを上げている。ここに至り、我が物顔で駆け回っていたゴブリン達もこちらの存在に気が付いて動きを止めていた。
「うおっしゃーっ! やってやるぜ!!」
「シガート商隊の力見せてやるぜー! 臨時ボーナスも宜しくなー!!」
「俺より多く倒せたら多少は考えてやるぞっ!」
「村の畑を荒らす害獣には鉄槌をーっ!!」
「うおぉぉぉっ! チャンコーぉ、今直ぐ助けてやるからなぁ、待ってろよー!!」
へぇー、やっぱりゴブリン退治って害獣駆除扱いになるのか。チャンコさんも無事だったらいいな。
「こりゃあ、お客さんの出番は殆ど無いな」
「え、でも後方支援は……」
「ウチの連中に取っちゃこれぐらい朝飯前さ、ここでゆっくり観戦してな」
「いや、サツキさんってただの商人じゃな……」
「俺達は武装商隊なんだ。そこに護衛の冒険者や騎士様で既に過剰戦力なんだ、問題なく楽勝さー、うははは!!」
えーっ、オリガさんとシガート氏の檄と活の所為か、サツキさんが待ち切れないといった感じで会話の途中で、笑いながら変なテンションに張り切ってサーベルを地面に擦りながら走っていった。剣先から火花が散って見えたのは幻覚か気のせいだろう。
うわぁ、マジかー。周りを見るとみんなも好き勝手に得物片手に走って行っちゃたよ。そこ等辺に散らばってるゴブリン討伐に好き勝手に向かって行ったけれど、ホント大丈夫なのか?
一応畑に注意しながら足を踏み入れてる様だけれど、農作業の準備前って言ってた気がするから影響は無いのだと思いたい。駄目なら村の男達がなんとかするんだろう。つか、マスロープ村の男達、ゴブリンキター!! って逃げてきたのに対抗出来る人数が揃ったら途端に強気になってて中々いい性格していると思うわ。
ちょっと言葉の使い方が違う気がするけれど、赤信号みんなで渡れば怖くない。ゴブリンは集団で殺れば怖くないってか。これが集団心理ってヤツか。
まぁ、彼らの勢いを見るからに、任せてれば何とかなりそうだし、私は私で後ろから危なっかしいのが居ないか観察しながら、弓で支援する方向で行きましょうかね。
取り敢えず、戦闘に出た全員が怪我の無い様、人生で一度言ってみたかった言葉を使って格好良さげな台詞を呟いてみる。
「戦いに赴く者達に幸運を、グッドラック!!」
読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。