第〇八四話
ノーセロの街を発って二日目。商隊はアシネイ東村から続く街道を南東に進んでいた。先程、街道沿いにあるケド村に立ち寄り小休止を挟んで次の中継地であるマスロープ村に向かっている。
南西に広がっていた平地は徐々に離れていき、途中まで街道に平行して流れていた川も見えなくなり、ゆったりとした山間の坂道と、脇には新芽を付け始めた木々と泥に汚れた残雪。合間に越冬した羽虫か、獣の毛か、綿っぽい白い何かがふわりふわりと漂っているのが見えて、それがなんとなく春の訪れを告げている様に感じられた。
相も変わらずガタガタと揺れる馬車とゆっくりと流れる景色。アシネイ東村からマスロープ村まで、たかだか十数キロの距離。前世の感覚だと、車で走ると十五分から二十分と掛からない、電車の運賃だと百七十円から二百二十円ぐらいの区間距離を午前中掛けて移動する。これぞスローライフだなぁ。なんて思いながら風景を楽しんでいた。今のところ街道沿いと云う事もあってか危険な事柄には遭っていない。
「お客さんはまだ若いのに大人顔負けな黄昏をしてるなぁ……ひっ!?」
自分で言うのもなんだけれど、いたいけな少女が振り向いた瞬間に人の顔を見て悲鳴を上げるとか失礼な馭者だな。
「い。いや、なんか、お客さんの、目……瞳が紅いんだが病気か何かかい?」
「気のせいじゃないですか、私の目の色は金色だし、陽の光の関係じゃないですかね」
誤魔化す様に、場を取り繕う感じで瞼をシパシパさせて、お目目パッチリ見開いて馭者の方を見る。瞳が紅い、か。以前、魔法を使った時に紅くなっているって聞いた記憶は有るけれど、何故今この瞳が発現したか判らん。
「あ、あぁ、なんだ眠いのか。なら後ろでゆっくり寝てるといい」
暇を持て余して、そこに黄昏ていた所為もあって眠気を我慢している様に取られたっぽい。……解せぬ。
なお、今の会話で判るとおり、今日は馭者台の方に座っている。彼の名前はサツキさん。和風に考えると女性っぽい名前だけれど歴とした男性で話し易くて気の良さそうな肉付きのいいおっさんだ。幌の掛かった荷台より見通しが良さそうで風景を楽しめるのでは無いかと彼にお願いして了承を得て隣に座らせて貰っている。
決して後ろに付いてくるマチルダ嬢の乗った箱馬車を見たくないからではない。……や、半分嘘だ。景色を楽しみたい気持ちはあったけれど、幌馬車の荷台に居る私の姿が見えたら嫌がるだろうなって、出来るだけ見えない位置になるようにと、無意味だろうけれど、自分勝手な配慮をした結果なのだ。
それと商隊の周辺警護で街道を先行して斥候したり、隊列の前後哨戒で移動しているオリガさん達とすれ違う際に、休憩と称した情報交換的な、気分転換的な会話をする為だったりする。
少し前に街道の先でゴブリン数体の姿を発見、確認したらしく追い払ったらしいけれど、現在、警戒レベルを上げて商隊の進行スピードを抑えているそうだ。マチルダ嬢の護衛の騎士達とも情報交換はしているとの事。私の拙い<気配察知>には何も引っ掛かっていないので今のところは大丈夫問題無い、と思いたい。一応、有事の為に弓の弦を張って使える様にしておいた。
彼女達が居ない時は隣のサツキのおっさんとも世間話をちらりほらりとした。最近の天候や季節柄、時節的な事の他に、イーシン西南州に於けるブリタニア帝国の討伐戦の話題が出た。商人達も商機と見て慌しく動いているのだとか。半月前の最新情報だそうだ。
内容はイーシン西南州の植民穏健派の武闘派貴族が近年南方資源を巡る重税を課された為、連合してブリタニア帝国の輸送船を焼き討ちにした。報復としてブリタニア帝国本土とイーシン総督府から連合艦隊と<赤服>が送られ、結果内戦っぽいものが始まったらしい。前に聞いた時もそうだったけれど、穏健派に在って武闘派とは是如何に? な感じもする。
弓の準備をしながら自分にとっては現実味の無い遠い世界の話だなぁ、なんて思いながら、ブリタニア帝国本土より何十倍も広大な植民地や人的資源を治めるなんて、今は強権で締め付け纏まっていても、能力の無いトップへの交代や統治能力の飽和状態が続けば、やがて地域毎に幾つも派閥や軍閥が出来たりして政争や隙が出来て分裂、崩壊するんじゃね。って、適当に相槌を打っておいた。
サツキさんは私を変な娘を見る目をしていた気もする。そして会話も一旦落ち着いて、暫く風景を見ていたら紅い瞳が発現した所為で、彼の私を見る目が更に悪化したっぽい。
「……何かあったら起こしてくださいね」
「護衛の冒険者や騎士が居るんだ、何かあっても寝ている内に全部解決しているさ、ははは」
「然様ですか。では失礼してお休みなさい」
「ああ、マスロープに着いたら起こしてやんよ。それまでしっかり休めな」
彼の提案通り荷台に移って色々と妄想しながら不貞寝でもしようかね。そう思って気付かれない様に弦の張った弓を<ストレージ>に収納して、ガサゴソと荷台を移動する。幌の隙間から後ろに付いてくるマチルダ嬢の乗った箱馬車が見えた。
向こうの馬車は側面にしか窓が付いていないからこっちの方は見えないんだよなぁ。何が自分勝手な配慮なのか。結局のところ己に対する欺瞞でしかない、なんて自嘲してしまう。過去は変えられないのだ。背負っていくしかないんだよ。そして成る様にしか成らないんだ。
そういえばあの時、キルマ男爵の庭で宮廷魔術師と戦った時に確か魔法陣の盾<アンチマジックシールド>って透明な盾で四大属性の魔法を防いでいたなぁ。魔素を使ってるって言ってたっけ。妄想とイメージ次第で四大属性以外に彼是と使えるモノなのだろうか。時間も有るし試行錯誤してみ様かね。
そして私は外套と毛布に包まり思考の渦へと沈み込んだ。
読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。