第〇八三話
シスイ侯爵領領都イヨムロに至る道程は、お客さんであるキルマ男爵ご令嬢の護衛関係で、基本的に野宿無しで街道に在る宿場施設を利用する行程を採っているのだとか。今回の旅程に限り、必要経費として宿泊代はシスイ侯爵家とキルマ男爵家が合同で負担しているそうだ。一応、比較的安全な村の中とは言え、万が一に備えて二交代で見張りは置くらしい。
オリガさんからそんな説明を受けながら、アシネイ東村の宿に向かって歩いていた。野営をする広場からそれ程離れていない場所に、民宿<向日葵>の看板を掲げた村の宿泊施設が在った。宿とお酒の飲める食事処を兼ねた施設になっている様だ。
宿の受付で手続きを済ませ、係りの人に食堂へ案内された。中は結構な人で賑わっているけれどその殆どが商隊の仲間だった。賑やかに食事を摂っている。更に奥の方に目をやれば、仕切衝立で仕切られた場所があった。キルマ男爵家の騎士が見える時点でそこに誰がいるか判ると言うもの。
つか、食堂に入った時に騎士と仕切衝立の隙間からチラリと奥の壁際で御付のメイドさんに甲斐甲斐しく世話を受けているマチルダ嬢が居て偶然目が合ってしまった。東村の宿が一つしかないので鉢合わせるのは当然なのだろうけれど、ただその際、向こうも私に気付いたらしく一瞬固まったように見え、そして仇を見るような視線を刺してきた。
そんなマチルダ嬢の視線に気付かないフリをして、私はオリガさん達と空いてる席へ移動して、忙しく歩き回る食堂を女給さんに晩御飯の注文をする。残念ながらメニューは無く、女給さん曰く、その日その日で仕入れた食材を使った料理になるのだそうだ。オリガさんはお酒も注文していた。
……あれ、商隊の護衛絡みでオリガさんも見張りの交代要員に含まれているって話してなかったっけ? なんて思っていると、私の視線に気が付いたオリガさんは「旅は各地の地酒を味わうのが楽しみなのだ。それに一杯だけだ、一杯だけ。ちょっと舐めるだけだから気にするな。仮眠用の睡眠導入剤だな」なんて言い訳をしてきた。まぁ、仮眠を取ってから交代に入るらしいので、それ程支障が無い……のかもしれない。
暫くして出てきたのは、硬いパンとスライスされた干し肉、春先に採れる黄色っぽい山菜の御浸しと川魚を出汁に使った、魚の身入り野菜スープ。開拓村でも食卓に上がる庶民向けの申し訳程度な内容のメニューだ。オリガさんはそれにプラスしてお酒の入ったカップが置かれた。ノーセロの街ぐらいの大きさなら兎も角、街道の通路みたいな田舎の食材事情だとメニューを複数を用意するのも難しいのだろう。
全員の前に晩御飯が用意された所で、オリガさんが頂きますの祈りを捧げて食事が始まる。私は速攻で干し肉をスープに投入した。こうする事に依って干し肉が柔らかくなり、その塩味がスープに染み出して味わい深くなって丁度いい塩梅になるのだ。と言うのは私個人の感想で、毎度の事ながらオリガさん達はこれを見て苦笑いしている。私は気にせず何時もどおりに並べられた食材をモキュモキュと片付けていく。
そうしていると、通路側に人影が差した。チラリと確認すると食事が終わったのであろうマチルダ嬢がお供を連れてパーテーションの奥から出てきたらしい。通路を歩く彼女と再び目が合った。
「ふん、田舎者らしい粗野な食べ方ね」
私を一瞥し、小さくひと言を発して食堂から出て行った。嫌味を言うぐらい、でも以前みたく頬を張るほどではない、程度に嫌われてるのだろう。でも、お前さんも田舎者、辺境の街ノーセロ出身じゃないかと思わなくも無いけれど、それを気にした所で無意味なので、何も無かった事にして食べ物を口に運んだ。私は寛大な大人なのだ、精神的にはお爺ちゃんなのだ……ぐっ、それでも心が痛い。
「…………」
「……カノン、その、済まない」
「お、オリガ様は何を言っているのですか?」
オリガさんはなにかを気遣うように謝ってきた。違うっ、私は嫌味を気にしたのでは無く、己の自爆染みた言葉に、心情に負けたのである。決してマチルダ嬢の言葉に凹んだのではない。そんな動揺を隠す様に言葉を返したらドモってしった。
「……今回の旅にマチルダ嬢が同行する事を黙っていた事に対して、だ」
「あー、その点は、出発の時点で知ってましたし、元々彼女に対してあの仕打ち、ですからね。いい印象があるとは思っていないので特に気にしていませんよ」
「そ、そうか。だが、何か有った時は遠慮なく話して欲しい」
「……その時はお願いしますね」
死神からの依頼の流れとは言え、吸血鬼の眷属としてナイトウォーカーになった許婚を目の前で殺めた事で多分にマチルダ嬢の心に深い傷を刻んだと思う。あの現場に居たオリガさんからしてもそう見えたのだろう。私の特に気にしていないと言うそっけない返しに彼女は何かしらを思う事があったのだろう。
ただ、それよりもなによりも、何故マチルダ嬢が今回の旅に同行する事になったのだろうか。私はそっちの方が気になって口に出して聞いてみた。
「それよりも今回、マチルダお嬢様が同行した理由ってなんですか?」
「……あの後、暫くマチルダ嬢は失意の為、自室で篭って居られたのだ。自分の力や言葉が及ばなかった事に対して非常に後悔してた様子で、手慰みに治癒系や精神系の書物を読み込んでいる内に後天的に<治癒魔法>のギフトを得たそうだ」
以前チラッと聞いた記憶があったけれど本当の事だったのか。しかし凄く短時間で書物を漁って治癒魔法のギフトを得るとか。それ程までに自分の無力さを後悔していたのか。
「その結果、食事を碌に摂らず痩せ細った身体を心配したキルマ男爵は気分転換と折角授かったギフト<治癒魔法>を伸ばす為、伝を頼りに同じ派閥のシスイ侯爵領に在るセーレム魔法学園に入れる事に決めたそうだ」
以前、エンヤさんから魔法は想像で発現出来るって聞いていたけれど、マチルダ嬢の思いはどれ程のモノだったのか、切っ掛けは政略結婚の駒だったとは言え、謀を労した者や娘を想う親の思いを別にして、とても当人は本気だったのだろう。
なお、クリスさんとイーサさんは当時現場に居なかった筈なので、若干濁した言い方になっている。私とオリガさんの会話に二人共頭にクエッションマーク浮かべるような表情をしていた。
後は他愛も無い会話をして、食後のお茶を頂いて部屋に戻る。お風呂は無いので手桶にお湯を張って布で身体を拭いて寝る準備をする。オリガさんは交代時間まで仮眠する様だ。
こうして旅の一日目を終えた。
読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。