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散文の後/南風  作者: 新辺守久/小珠久武
第〇八幕 支に踊る者
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第〇八一話

 騎士団本部前。先日、交代儀式を行った広場にはオリガさん達と別れの挨拶を交わす騎士団の面々や商人のシガートさんを隊長とする商隊キャラバンの皆さんがたむろしている。


 広場の脇へずらりと並べられた十数台の馬車を見ると、なんとなく前世の東京から地方へ向かう夜行バスの出発を待つ集団とダブってしまう。もちろん馬車に載せているのは交易の商品の数々。その隙間に余剰人員が乗り込む感じで、人より荷物の価値が高そうな具合だ。


 その前世では、部屋の中に詰め込まれた物品や持ち物、それこそ家を一、二件買えるぐらいの金額が注ぎ込まれた趣味に彩られた映像媒体や音楽媒体、紙媒体そして様々なグッズの数々。引越しをする度に眩暈めまいを起こした物量は、今の状態から考えるととても懐かしく思う。


 今世では、開拓村は物々交換が主流で実家はそれほど裕福じゃなかったけれど、かと言って、辛うじて貧乏でもなかった。薬剤師である母さんのお陰でそれなりの生活が出来たからだ。


 でもそれは私の精神的、物質的欲求を満たせないオタク趣味とは無縁の世界。たしなみの一つとして、好んで読んでいた剣と魔法の転生系ラノベっぽいファンタジー世界だったのが救いか。それに伴う知識は遠い記憶の彼方に去り始め、曖昧な知識の所為で余り活かせていないのが実情なのだけれど。


 現在、私が身に纏っている衣服や黒の外套、弦を外した弓と矢が二十本入った矢筒、使用頻度の多い生活雑貨その他が入った背負い袋一つ。あと重くて地面に降ろしているけれど、野営道具の入った自分の身体と比べるとひとかかえもふた抱えもありそうな大き目の肩掛けのバックと言った簡素な身形みなり


 内緒の話、予算千ダラーほどで買った野営道具の全部は肩掛けの袋に入らず、余分な物は<ストレージ>に詰め込んでいるのだけれど、これは家族以外に話していない秘密であり、下手に漏らすと知らないうちにいいように利用されそうなので、今のところ誰にも明かす気はない。


 前世の事を考えると、ほぼ自分の身体一つで移動が出来るのだから、所変わればと言うのもあるし、死神に貰ったギフト様々、魔法の世界万々歳と言った感じである。


「よう、そのデカイ荷物は嬢ちゃんのか? どこに乗せるんだ?」


 屯する商隊の面々やオリガさん達と挨拶を交わす騎士団の面々、馬車の列をボヤっと眺めていると、同行するであろう商隊の一人が声を掛けてきた。地面に置いていた私の荷物を担ぎ上げて訊ねてくる。どうやら馬車に荷物を載せてくれるらしい。


「あ、すみません。そこの真ん中寄りにある馬車です」

「なぁに気にすんな。旅は道連れだ、……しっかし、結構重いなこの荷物。何が入ってるんだ」

「今回初めての長旅なので日用雑貨やら野営道具やらが諸々一式入ってます」

「……なるほど気合入ってるな。だが、そこまで心配する必要ないと思うがな。おし、ここ置いとくぞ」

「どうやって荷物を載せるか悩んでたのですごく助かりました」

「はははっ。嬢ちゃんは可愛いし商隊の大事な客だ。当然のサービスよ」


 悩んでいたってのは嘘だ。開拓村ではそこそこ力仕事をしていた。それこそ大き目の肩掛けバックを馬車に持ち上げ載せる事は出来なくも無い。単なる子供向けのサービスだと思うのだけれど、私の荷物を馬車に積んでくれたのだ。ここは建前として非力な女子を演じてニッコリと微笑みながら感謝のお礼を言っておこう。


「中々に力持ちなのですね、ありがとうございました」

「お、おぅ。まぁな。まだ来てないお客さんも居るからもうちょっとゆっくりしてな」


 そう言って彼は少々照れながらも、他の馬車の列を確認しながら後ろの方へと歩いていった。


 ……自分が男性的思考を持ってる所為か、非力な女子を装ってお礼を言うのはあざとい感じがして結構恥かしいものがある。や、この身はまだ十一歳の少女なのだ、気にし過ぎかもしれん。


 そんな事を考えていたら冒険者ギルドの方からミュンさんがやってきた。周りを見回して私に視線を固定すると小走りに近付いてきた。


「あー、居た居た。間に合いましたね」

「ミュンさんお疲れ様です。って、お仕事中ですよね、如何したんです」


 昨晩、「時期的に仕事が忙しいから見送りに来られないかも」なんて事を言って、お別れ会と称して何時もの食事処<食卓>で少しお高目な晩御飯をご馳走してくれたのだけれど、その彼女が何かを小脇に抱えてやってきた。


「カノンさんにこれを渡したかったのです」


 差し出されたのは冒険者ギルドの印で封がされた皮の書類ケースっぽいかばん。何も考えず無造作に受け取ってはみたものの扱い兼ねて無意味に表裏を繰り返し見てしまう。


「それは紹介状です。イヨムロに行った際、向こうの冒険者ギルドに提出してください」

「……えっ、紹介状ですか? 冒険者カードが有れば移動先で居場所の報告しておくだけでよかったんじゃ……」

「そうなのですが、中身はまぁ、ウチのギルドの秘蔵っ子です。宜しくしてね。って内容です」


 秘蔵っ子! ……自分まだ冒険者駆け出しのランクFで十二歳まで仮免状態なんですが。そんな私の心情を読み取ったのかミュンさんは辺りを気にしながら小声で囁いてくる。


「カノンさんはイヨムロの、セーレム魔法学園に行くのですよね。であれば、たとえ冒険者に成らなくても将来有望なのは間違い無いのです」

「んー、私をそこまで買ってくれるのは嬉しいのですが、それ程の器は持っていませんよ」

「これでも人を見る目は有ると自負しています。カノンさんなら必ず大成すると、言ってみれば先行投資ですね。あと、一緒に付いて行けない私からの応援みたいなものですね」


 ニコリと期待の笑みを浮かべたミュンさんのそんな笑顔で応援とか言われると、将来どこぞの田舎に引き篭もってスローライフを目指しているとか言えない。言えないけれど、大事な気持ちを受け取ったのだ。素直に感謝しよう。


「……ありがとうございます。ミュンさんには感謝しても感謝しきれない程の恩を頂きました。いずれ何かしらの形でお返しします」

「私が好きでやっているのだから余り気にしないで頂戴。ただ、まぁ、そうですね。将来、美味しいお酒を奢って貰えるのを期待していますね」

「その時が来たら必ず。それこそ飲める年齢になっていたら一緒に飲みましょう」

「そうね、今から楽しみにしているわ。それじゃ、私は仕事があるからこれで。向こうに行っても身体に気を付けて頑張ってね」


 そう言って、ミュンさんはギルド本部の建物の方へ、仕事に戻っていった。忙しい中、この為に態々出てきてくれたのだろう。彼女のその後ろ姿に圧倒的感謝をしながら頭を下げる。


 顔を上げると冒険者ギルド本部の横の高級住宅街がある通りから、二頭立ての箱型馬車がやってくるのが見えた。さっき荷物を馬車に載せて貰った時に耳にしたお客さんが来たのだろうか。


 身なりのよさそうな馭者ぎょしゃが操るその馬車は騎士団本部前で停車した。騎士団の面々がキビキビした動きに変わり馬車の扉の前に整列し始めた。それを見た馭者は座席を降りて、馬車の扉を開けて降りてくる人物に右手を差し出した。


 その手に添えられたのはひんの良さそうな白い手のお嬢さん。……肩口で切り揃えられた栗色の髪の毛、茶色い瞳とツンとした鼻筋はまだ幼さを少し残している。その細身の身体はドレスが似合いそうだけれど、羽織っているのは簡素な旅装。そして、以前よりは幾分か血色の良さそうな顔。


 忘れもしない。キルマ男爵の娘、マチルダ嬢だ。

我が妄想。読んで頂き有り難うございます。

更新は気分的に、マイペースに、です。

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