第〇八〇話
今日は騎士団本部前の広場で交代儀式が行われる。
一般には始まる時間は告知されていないにも拘らず、何処からか噂を聞きつけた野次馬達が騎士団本部前の在る広場へと押し寄せていた。まだ三月も中旬で肌寒いのにご苦労様な事で。
私は少し前にクリスさんから開始時間を聞いたので、冒険者ギルドのミュンさんを誘って、観衆が入って来ない様に張られた規制線の、その一番いい場所に陣取って待っていた。聞くと高々十数分から二十分ぐらいの儀式だけど、それまでの準備時間が長いらしい。
現在ノーセロの街に駐在しているオリガさんから、イヨムロの交代要員代表へ剣を渡す儀仗交代。二年前にも同じ様な形で儀式が行われたそうだ。
気が付けば、周りには何時の間にか人が人を呼んだのか、まだか、まだか、と待ちわびる群集が広場に溢れ返り、これからいったい何が始まるんです? と、周りに聞いている人も多々見受けられた。男共が多いのはオリガさん在っての事だろう。
そのオリガさんもクリスさんとイーサさんに手を引かれ準備の為連れていかれた。少し前に戻ってきた時のクリスさんのやりきった顔は印象的だった。従士として一所懸命頑張ったのだろう。
イーサさんは準備が終わってオリガさんの姿を見て身悶えしてその場から動けなかったと言う。目を離した隙に姿を消してしまい、その後の彼女を見た者は居なかったらしい。「ちょっと探してきます」と言ってクリスさんはイーサさんを探しにいってしまった。何してるんですかね、イーサさん。……ふぅ。
暫くするとクリスさんが艶々したイーサさんを探し出して連れて来たのだけれど、彼女からほんのりと汗の臭いが感じられたので、私は気を利かせこっそり取り出した臭い消しの液体を水魔法を使ってイーサさんに対し、霧状に散布して纏わせた。横に居たミュンさんは一瞬驚いた顔をしていたけれど直ぐに察した様で苦笑いしていた。
そうこうしていると、騎士団本部から青と白を基調とした軍装を纏い、右側が開いた状態で外套を羽織っている一団が出てきた。キルマ男爵の騎士団だ。彼らは本部前で綺麗に左右へと別れ列を成して、全員広場の方を見て直立不動になった。遅れてグンジョー団長が出てくる。いよいよ始まるのかと、思わず身を乗り出して転びそうになった。後ろでミュンさんが襟首を捕まえてくれてたので助かった。
グンジョー団長が列の中心、そして結構手前の位置に付くとグンジョー団長の左側から歩み出てくる見目麗しい礼装姿の騎士が一人出てきた。オリガさんだ。群集からザワリと音が聞こえる。「おぉー」とか「綺麗だ」とか「戦女神最高」とか所々に溜息が混じって聞こえてくる。終いには「……すげぇ」なんて声も聞こえてくる。うん、確かに凄い。
本部入り口から大した距離は無いのだけれど、オリガさんは時間を掛けて一歩一歩弾みを付けて出てくる。広場に集まった群集は、主に男共の目線は容姿もそうなのだろうけれど、歩く毎に弾むお胸に釘付けになっている。斯く言う私もその一人だったりする。
「オリガ姉様は最上級の素材だからちょっとした味付けを施しただけなのだけれど、我ながらいい仕事をしたものだわぁ」
「……あぁ、オリガお姉様最高なのです。準備に一度、本番で一度の二度も美味しい姿を見られるなんて幸わせですわぁ」
「……うっわぁ、なにアレ、二年前よりも更に破壊力がアップしてるじゃない。あれが持つ者の本気なのね」
フンスと鼻息が聞こえてきそうなドヤ顔で自画自賛を交えオリガさんの晴れ姿を見ているクリスさん。ブシューッと今にも鼻血を噴出すんじゃないかと思える程に顔を紅潮させキラキラお目々で麗しのお姉様に視線が釘付けなイーサさん。具体的な部分を口に出していないが、自分の胸の辺りに両手を置いて、飲み仲間の艶やかな姿に感心するミュンさん。
クリスさんとイーサさんは従者なので御主人様であるオリガさん万歳の反応なのは判るとして、ミュンさんも私から見ると地味ながら持つ者なんだが。あくまで見る対象として、未成熟な青い果実から大人の熟れた身体まで、好みのストライクゾーンが広い自分も如何なモノかと思うのだけれど。ちなみに私の身体に関しては今のところ、お爺ちゃん的に可愛く元気に育っていけば良いなって感想しかない。
オリガさんは九十度の角度で二度ほどターンをしてグンジョー団長の前へ立つ。オリガさんが九十度ターンする度に、私の周りから、その揺れに対して唾を飲み込む音や小さな呻き声が聞こえてくるけれど、凄く近場でそれを目の当たりにしていながら、無反応なグンジョー団長はとてもイケメンだと思う。
彼女は澱み無く機械的な動作で左手で垂直に抜いた鞘付きの剣を水平に寝かせてグンジョー団長に差し出して一歩二歩と下がる。
剣を受け取ったグンジョー団長も剣を大事に持って水平状態で持ち手から鞘の先まで表裏を確認する。素早く剣を垂直に立てて同じ様に確認して、或いは斜めにして確認して、最後に抜剣して刃先まで確認する。抜いた剣を身体の前で円状に回して綺麗に鞘へ収める。全てが澱みの無い機械的な動きだった。
グンジョー団長に差し出された剣をオリガさんは一歩二歩と前に出て受け取り、再び一歩二歩と下がる。そして左に一歩寄ってから右側に身体を向けた。
同じタイミングで本部入り口、グンジョー団長の右側からイヨムロから来た交代要員代表が出てきた。これもまた一歩一歩弾みを付ける様に出てくるのだが残念ながら男性だ。名前はコルネオ・ケーディさん、だったか。
コルネオさんは九十度の角度でターンをしてオリガさんの二歩手前へと歩み寄る。グンジョー団長を中心に丁度一歩づつの距離。オリガさんは両腕を伸ばし両手で持った剣を彼に差し出した。コルネオさんは両腕を伸ばしそれを受け取る。互いが一歩づつ下がりオリガさんは本部の方を向き、コルネオさんはこちら側を向く。
コルネオさんは再び左側を向いて二歩移動して九十度ターンをする。そしてこちら側へ一歩出る。同じタイミングでオリガさんは本部の方へ四歩の歩みを進めて九十度ターンをしてグンジョー団長の後ろへと二歩前に進む。正面から見ると一番手前がコルネオさんで二番目がグンジョー団長。オリガさんはその背中に隠れる感じだ。
二人の動きに気を取られていた所為か、気が付いたら、何時の間にか背景と化していた騎士団の面々が建物と平行に組んでいた隊列を本部入り口に垂直に配し、人間の壁で道を作る様に二列縦隊に変更していた。
徐にコルネオさんが抜剣して刃先を下に向ける。それに連動する様に後ろに控えた二列縦隊の騎士達が手前から抜剣して刃先を下に向け、対面同士の騎士が手前から音を出さずに流れる様に互いの剣を重ね合わせていった。
下に向け重ねられた剣のうねりが終わったタイミングでコルネオさんが頭上へと剣を掲げる。その動きに合わせ騎士達も手前側から外側から円を描く様に剣を掲げて、対面同士の騎士の頭上で音を出さずに重ね合わせる。それは後方に進む波となって剣によるアーチが形作られた。
銀の鈍色に光る剣のアーチの下をオリガさんは弾む様に一歩一歩と騎士団本部入り口へと歩いて行った。剣のアーチを作っていた騎士達の顔が若干赤い気がしたのは気の所為ではない筈。
コルネオさんが剣を鞘に納め腰の辺りへ抱え持って百八十度ターン、グンジョー団長へと向き直る。団長は右手に拳を作り二度程自分の胸の辺りを叩いた。背景の騎士達もコルネオさんの動きに合わせ剣のうねりを見せるが如く手前から綺麗に鞘へと納めていく。
弾む様な歩みのグンジョー団長を先頭に、同じ動きで歩くコルネオさんが続き騎士団本部へ戻っていく。最後に手前に居た騎士から順番に二人の後を追う様に騎士団本部へと入っていった。なんとも機械的で大道芸なパントマイムっぽい動きで見ている気がして楽しかったけれど、交代儀式だった所為か誰も拍手を送る事も無く静かに終わった。
集まった群衆も交代儀式を話題にしながら少しづつ三々五々と散っていき、普段の広場の風景に戻っていった。
当然ながらミュンさんも冒険者ギルドへ戻って仕事の続きをすると言う。今夜の晩御飯の調味料はオリガさんの交代儀式でほぼ決まりだろう。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
交代儀式の部分は適当にでっち上げです。
破損や穢れ無き装備を次に託す。託された者はそれを使いこなして後は任せろ。と言った具合です。