第〇七八話
シスイ侯爵領から出向していたオリガさんの交替要員が来るまでの間、彼女の宿舎にある空き部屋を利用させて貰える事になった。
オリガさんから「イヨムロから交替要員が来るまで自由に使っていいぞ」と言われたのだけれど、流石に騎士団関係者の居る宿舎で食っちゃ寝の生活を……いや、理想はそうだけれど、それは拙いと思い、現状で自分に出来る事をこなしていった。
小遣い稼ぎに冒険者ギルドの依頼をこなしながら旅の準備で必需品を買い求めに出掛けたりしていたけれど、オリガさん達の余裕の有る合間を見計らってブリタニア帝国と植民地列島イーシンの歴史や置かれている概要を聞いたりしていた。
彼女達、曰く―――、
ブリタニア帝国は大陸の遙か西の果てに在る島国なのだそうだ。一方、イーシンは大陸を挟んで一番東側に位置する帝国の植民地の一つで、北東から南西に掛けて、大まかに北州、東北州、東州、天州、地州、西州、西南州、南州の配置で斜めに走る大小八つの島で形成された列島になるらしい。
皇帝直属の魔術、魔法能力に長けた宮廷魔術師達の力を以って、世界でも有数の軍事力を誇っていた。強大な力を背景に陸軍と海軍が大陸南側沿岸部に進出し、飛び石的な植民地を構築し版図を広げる。
そして、大陸中央部の南に位置するシルシドを手に入れた事により、その地を基点として南海路を発展させながら幾つかの植民地を併合し、やがて大陸の東の果てに辿り着く。
当時のイーシンは平野部が少なく、地勢が盛んで原生林に覆われた森と未開の山々が連なっており、そこには獣や魔物も多数存在し、人の住む事を拒むが如く自然が溢れていた。
ブリタニア帝国は植民地の橋頭堡として列島中央部に位置する島、天州はミジョーケフツに総督府を置き、これまで植民地獲得に拠って功を得た貴族達の叙勲が行われ、領地転封でイーシンの地を分割統治に従事させ、開拓事業と特産品の探索、開発を開始させた。
入植初期は獣や魔物に頻繁に襲われ、更に自然災害も多発し、開拓と特産品の探索と開発事業は困難を極める。そんな中、土着の民族で白い肌をした耳の尖った外見の美しい現地住民が発見される。
接触当初は比較的穏やかで友好的な交流が為されたが、それは現地だけの話であって、報せを受けたブリタニア本国ではその美しい外見が歴史創作物の英雄譚や物語に出てくる森の妖精と謂われるエルフと違わぬ容姿だった為、帝国中で話題となった。
時の皇帝が宮廷内へ招聘の命を下すと、それを切っ掛けに宮廷貴族達が皇帝へ献上しようと挙って我先にと手に入れる為、自分達と繋がりがある有力貴族や現地派遣貴族、人身売買を生業とする商人を使って奔走を始める。
そんな折、イーシン総督府を介して、森の妖精エルフの最大部族の巫女をリーダーとした友好の使節団として帝都にやってくる。その見目麗しい容姿をした一団に帝国中が湧き、時の皇帝との謁見も迅速に行われ、連日連夜持て囃され歓待された。
―――とは表向きで、実際は様々な理由が付けられ、英雄譚や物語における森の妖精エルフとして鑑賞用、愛玩用として軟禁状態に陥っていた。当然、友好の使節団とは名ばかりのその扱いに不満や反発する者も現れる。
使節団がブリタニア帝国の帝都に滞在をしてから暫くして、ある上流貴族の屋敷で招かれた団の一人が、上流貴族の巫女への手酷い扱いに対する抗議する為、自分達の持つ力、魔法を行使した事が切っ掛けとなり小競り合いが発生して、最終的に宮廷魔術師達が出動し鎮圧するに至った。
その出来事に因って、森の妖精エルフは帝国を挙げての歓待に対して礼儀も弁えない極東植民地の野蛮人、蛮族、劣等民族扱いとなった。
同じ頃、植民地イーシンでも総督府主導の元、帝国貴族や奴隷商人による現地住民の徴発、誘拐が頻発横行し始め、従わぬ者は帝国の旗の下、植民地強硬派貴族達の武力を以って鎮圧されていく。
現地住民である森の妖精エルフ達も、帝国の横暴な植民地政策に大人しく従う筈も無く、比較的良好な関係で彼らに同情的だった穏健派遣貴族達の支援を受けながら、イーシンに広がる深い森と魔法を使った奇襲戦法やゲリラ戦法等で植民地政策を行う帝国や強硬派貴族達に対し反旗を翻していった。
他国の植民地戦争で陞爵や勲功として辺境に送られた穏健派貴族達は不満を抱くも、帝国本土から遠く離れたイーシン列島を新天地として開拓に従事していたが、森の妖精エルフ庇護の件で、当然ながらブリタニア帝国に忠誠を誓う総督府や植民地強硬派貴族と軋轢が生じた。
ブリタニア帝国からシルシドを中継し半年掛かりで派遣された、皇太子を旗頭とした宮廷魔術師と皇帝直属の通称<赤服>と呼ばれるブリタニア正規軍が鎮圧に当たった。これは皇太子の勲功成果、実績として次期皇帝への地位を磐石にする為の施策だったとも、宮廷魔術師の筆頭がエルフの秘法を求めて強行したとも言われている。
植民地列島に於ける完全なる制圧、鎮圧には至らなかったものの、ブリタニア帝国の武力を背景に総督府主導でイーシンの統治が始まった。
戦闘で多くの死者を出し、捕らえられた森の妖精エルフ達の大多数は奴隷として海を渡り、ブリタニア本国やそれ以外の植民地、友好国等にも送られる事となった。
森の妖精エルフ達は比較的良好な関係にあった穏健派貴族達に匿われつつも、徐々に生活圏を狭められイーシン列島各地へと散り散りに追われ数を減らしていた。
その後、森の妖精エルフ達に荷担した穏健派貴族達は改易は免れたものの、イーシン総督府と植民地強硬派貴族達が監視し易い様にイーシン各地へ転封が命じられた。
それから百年ぐらい経ったのが現在。現地貴族領主達も世代が何度も交代して、多少のぎこちなさは有るものの、以前よりは穏健派と強硬派の軋轢は減ってきていて、他領との往来や交流、物流が持たれる様になってきた。
ただ、ブリタニア帝国、イーシン総督府の干渉は相変わらずで、完全に小競り合いが無くなった訳では無いのだそうだ。最近では開拓村襲撃事件やゲーノイエ伯爵家とキルマ男爵家の政略結婚等が挙げられる。
それでも東北州はまだマシな方で西南州は武闘派貴族が揃っているらしく、とても修羅っているらしい。……穏健派なのに武闘派とは是如何に? 「まぁ、その所為も有って東北州は比較的穏やか、なんですよね」とはオリガさんの言葉。
そして話を戻すと、森の妖精エルフ達は過去に奴隷として外に連れていかれた者達以外で、その姿を殆ど見る事が無くなったそうだ。
イーシン列島の更に北に在る離島の大地に新たな集落を作っているとか、東に存在すると言われる幻の大陸に移り住んだとか、未だイーシン各地の森の奥深くでひっそりと暮らしていると言った様々な噂話が有るそうなのだが誰も確かめた者居ないので、その真相は判らないとの事。
そんな感じの事柄をオリガさん達は余暇の合間を削って語って教えてくれた。
私の知る世界は、辺境の開拓村と言う小さな世界だけだった。盗賊に因る開拓村襲撃事件以前までは割と平和なその日暮らしの身近な話題しか無かったので外の情報を気にしていなかった。
今回、彼女達、主にオリガさんが話していたけれど、そのお陰で植民地列島イーシンの地形、歴史っぽい概要も森の妖精エルフの事も、多少、断片的に単語を耳にした記憶は有ったけれど、漠然とだけれど少し判った気がする。
そんなこんなで数日程過ごしていたけれど、イヨムロからの交替要員一行がキルマ男爵領ノーセロに到着したのは、三月中旬に差掛かってからだった。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。