第〇七七話
陽が登る少し前、薄暗い部屋の中で目が覚めた。そこは知らない場所だった。身体を起こすと私の横に二人の少女が並んで寝ていた。……これって所謂、朝チュンってヤツですか? おぉ、前世も含めて初めての朝チュンですよ。
いやいや、落着くんだ私。理由は知っている。昨日の夕方、ノーセロの街に着いた私は、冒険者ギルドにて合流してしまったオリガさんを始め、ミュンさん、クリスさん、イーサさんの五人で食事処<食卓>で晩御飯を取る事になったのだ。
その際にイーサさんが禁句を口にしてオリガさんの怒りを買ってしまい、そのとばっちりを受けてクリスさんとイーサさんの含めた三人で、騎士団本部の稽古場で剣の型を交えた素振り二百セットに付き合ったんだっけ。
セット数を数えるだけの簡単なお仕事だった私は、型素振りの終了後、精も根も尽き果ててヘロヘロに疲れた二人を半ば担ぐ感じで肩を貸して、二人の案内の下、騎士団本部建屋と併設している宿舎、そこの彼女達に宛がわれていた二階奥の部屋まで運んだ。までは良かったけれど……。
二人の装備品を外して下着姿になって貰い、宿舎内にある井戸から借りてきた洗面用の盥に魔法で水を満たして、それを温めてお湯を造り、タオルを湿らせて身体の汗を拭いていた辺りで、クリスさんが寝台に腰掛けたまま船を漕ぎ始め、続いて横に居たイーサさんは既に力尽きたとばかりに私を押し倒してきたんだっけ。
一瞬、貞操の危機を感じたのだけれど、イーサさんはそのままベット上で抱き枕を抱える様に私の全身を拘束したまま眠りに付いてしまい、次いでとばかりにクリスさんも横に沿って寝始めた所為で脱出もままならくなった。
私の思考は、少女達の身体をタオルで拭き取っていたとは言え、仄かな甘酸っぱい匂いを嗅いで頭がくらくらし始めて「同性だけれど、これってラッキースケベなのでは?」と、二人の柔らかい身体に挟まれながら、とても邪念で残念な諦念の境地に至るも身体的には身動きが取れない不動地獄に堕ちていて、終には精神的な極楽を夢見て自分も寝落ちしたんだったか。今思えば同性同士でやましい事なんて何も無い筈なのに、匂いに混乱して何を考えていたのかと小一時間ほど問い詰めたい。
なお、私の所為で賭けに負けたオリガさんが食事処<食卓>のお会計全員分を済ませた後、強いお酒も結構飲んでいた筈なのに、お子様同伴では物足りなかったのか、そのままミュンさんと二人で夜の街へ、二次会と称して消えていった。下手するとオリガさんとミュンさんが二人して朝チュンしているんじゃないかと勘ぐってしまう。
ちょっと長かったけれど回想終わり。
兎に角、イーサさんに組み敷かれ拘束されていた身体は解放されていた。……身体が軽いっ! 私は自由だっ!! ここの宿舎において、私の扱いが如何なっているのかイマイチ不明で、状況を知りたくてもオリガさんの部屋が何処に在るのか判らない。
勢いに任せて宿舎で若い娘さん達と同衾したものの、絶賛鋭意爆睡中の二人をベットに残して、普段着に着替えて部屋を脱出した。ついでに昨晩井戸から借りてきた洗面用の盥を抱えている。
取り敢えず、現在は体内時計的に開拓村で何時も起きている時間帯、だと思われる。目覚ましを兼ねて顔を洗いたいので、周りに誰も居ないのを確認して、<ストレージ>から新しいタオルを取り出し、宿舎内の井戸へ向かった。
屋内の井戸は水捌けを良くする為に平ったい石を敷き詰めた構造になっている。
早朝にも関わらず、軽く運動をしたのか、既にひと汗掻いたと思われる騎士団、宿舎関係者達が、冷たい足場を物ともせず、厳つい上半身を惜しげも無く曝け出して、時期的にも冷たい水をなんのそのと汲み上げては、順番に顔を洗ったり身体を拭いたりしていた。気持ち、身体から湯気が上がっている様にも見える。
そんな彼等を横目に昨晩借りた盥を返却して私の順番を待つ。少しして順番が回って来たので水汲み桶を井戸に落とそうとすると後ろから声を掛けられた。
「おう、お嬢ちゃんは新顔だな。住み込みの新人か? 初回サービスだ、今日は俺が水を汲んでやろう」
なんて言いながら、ガタイのいい兄ちゃんが、私の持っていた水汲み桶を掴み取り、手馴れた動作で井戸に落としてすぐさま引き上げて、備えつけられた共用の手桶に水を移してくれた。
彼の後方からは「おいおい、手が早いなぁ。嬢ちゃん、そいつ青田買いするの好きだから気を付けろよ」と野次が飛んできて、水を汲んでくれた彼も「ちょっおまっ!」とか否定的な声を上げていたけれど、周りの雰囲気からして軽い冗談なのだろう。
他にも冷やかしなのか「俺の前に居たら、俺が代わりにやっていたんだがな」とか「次は俺が初回サービスしてやるから前に並ぶんだぞ」とか「朝っぱらからモテモテとは羨まし限りだな」等の声が聞えてきた。
……あれ、最後の声ってオリガさんだよね。つか、昨日もだったけれど、こっそりと後ろから近づくのが好きな人だなぁ。
必死で単価ゼロダラーの営業スマイルを造り、声を掛けて来たオリガさんへと向き直り挨拶をした。
「オリガ様ご機嫌麗しゅう。昨日にも増して今朝もお綺麗ですね」
「おはようカノン。朝から嬉しい事を言ってくれる。お前の方こそ今日も元気そうじゃないか」
「……うっ、本日も何卒お手柔らかにお願い致します」
「まぁ、昨晩は不幸にもあの二人に巻き込まれただけだからな。だが、カノン、言葉には気を付けるんだぞ。ははは」
お、おぅ、昨日の食事処<食卓>で感じた底冷えする気配がする。周りに居る、ひと汗掻いた騎士団、宿舎関係者の方々の汗も退いているような。うん、さっきまでの熱気が無くなっている。気持ち冷えたのか体が震えている様に見える。
……つか、オリガさんから昨晩のアルコール摂取の影響は全く見られないのですが。流石、不沈戦艦の本領発揮ですか、さすふち。
あ、あれ、オリガさんが何かを察した様だ、私に向ける笑顔が怖い。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。