第〇七四話
時刻は夕方。場所はノーセロの街に在る冒険者ギルドのフロントロビー。
冬季の冒険者は活動を控えている物とばかり思っていたけれど、そうでは無かったらしく、受付カウンター前には結構な数の、依頼を終えた冒険者らしき列が出来ていた。
私の想像では、冒険者達の冬場の過ごし方は蓄えたお金を小脇に抱え、酒場に入り浸る。と言った感じだったのだけれど、それは勝手な思い込みだった様だ。ちなみに私の実家生活は家の中に引き篭もって、母さんや姉さん達と彼是な家事や作業のレクチャーを受けていた。
受付カウンターに並ぶ行列に割り込む勇気も無く、時間潰しがてら依頼票を張り出している掲示板の所へと向かった。そこには冒険者ギルドの顔の一人、受付嬢のミュンさんが依頼票の掲示板に向かって、メモを片手に掲示板に貼ってある依頼票を一枚一枚確認していた。取り敢えず声を掛けてみる。
「ミュンさんお疲れ様です」
「……あら、カノンさん。お久しぶりです。実家から出てきたんですね、元気してましたか?」
「あ、はい。お陰様でご覧の通りです。ミュンさんこそ掲示板の前でなにをしているんですか?」
「受付カウンターは見習いの娘に任せて私は依頼票の残り分を確認して集計しているんですよ」
「……見習いの娘?」
ミュンさんはその見習いの娘さんに受付カウンターを任せてここに来ていた様だった。おお、新人さん。こっちの世界でも春先はそんな季節なんだなぁ、と感心しつつ、どんな娘が新しく入ったのだろうと興味が引かれ、お爺ちゃん的枯れてるとは言え、男の性として気になり、受付カウンターの方へと目を向けた。
見習いの娘さんは、初々しく少し大き目の制服を纏い、後ろに立つミュンさんの同僚らしき他の受付嬢にアドバイスを貰いながら、幾多の冒険者相手に四苦八苦した状態で応対していた。ただ、列を成して並んでいる冒険者達も変に騒ぎ立てず、見習いの娘の仕事ぶりを生暖かい瞳をしながら見守っている感じだった。
……って、あの娘見た事がある。確か、以前、私に絡んできた少年少女のグループに居た、シャロン、だっけか?
「……あれ、あの娘、シャロン?」
「あら、シャロンのコト知ってたの? 彼女は今年で十五歳なのよ。それで四月からの、来年度のギルド職員募集に応募して来たんだけれど、冒険者としても三年以上活動してたから、ある程度内情も知っているだろうって事で、先月末から採用されたのよ」
うへぇ、シャロンは十五歳だったのか。私の十一歳より一つか二つ年上で十三歳くらいかと思ってた。つか、カレン姉さんと一個違いかぁ。いや、成長期だから一年経てば育つのか? 色々と頑張れシャロン! 今度からシャロンさんって呼ぶ事にするからね!!
「まだ見習いの期間だけれど、普段から他の冒険者さん達からも気に入られていたから、特に騒ぎも起こらず、むしろ自分の娘や妹の感覚で接してくれるから、こちらとしても助かっているしなにより後輩が育つのはいいのだけれど……」
その分、私が雑用をこなす羽目になって、今も依頼票の残り分を集計をしているのだけれど。と、ミュンさんは言葉を続けながら、掲示板に残った依頼票を確認してメモを取っていた。
彼女の作業の邪魔しない様に、その中から幾つか読み取ってみた。食材の買出しや道の雪掻き、近隣の村々へ物資の運送。酒場の用心棒、等等。……でも、夏に比べて狩猟関係、魔物討伐は少ないなぁ。
「……なんか雑用が多いですね。それに冬場なのに結構依頼が出てるんですね」
「対外的には冒険者ギルドを謳っているけれど、それは開拓時代の名残、なのよ」
ミュンさんは作業を続けながら語る。
当時は未開の地に住む獣や魔物等の存在は様々な命の危険を孕んだ。その中で開墾やら道作り、建物の建築、拓いた畑を荒らす獣や魔物の狩り、輸送やその護衛等に従事する開拓者達。そして、植民地列島イーシンへ入植して日が浅かったのもあり、人手は幾ら有っても足りなかった。
土地の開拓者は何時でも危険が伴っており、そんな仕事の斡旋事業として互助会的な機関が立ち上げられた。その際、危険を冒して険しき未知を切り開く開拓者のその様から冒険者ギルドと名付けられた。
ちなみに、ミュンさんは口にしなかったけれど、彼女が挙げた理由の他にも危険な要素があった、と思う。それは現地民との軋轢。
父さんが元気だった頃、開拓村で一緒に狩りに出た時「ブリタニア帝国は現地住民達を武力に依って抑え付けた。今は拓けた所でその姿を見られないけれど、彼らは山奥や辺境に隠れ住んでいる。人は彼らを森の妖精と言った」と、御伽噺として語ってくれた。
「それは百年ぐらい前の話で、今では様々な仕事の<斡旋業者><派遣業者><仲介屋>みたいなモノに変わってしまったけれど、ね」
ミュンさんは集計作業が終わったのか、手にしたメモを閉じて、こちらに笑顔で向き直る。
「オリガから話は聞いています。この場合、おめでとう。と言っていいのかしら?」
「私としては想定外で樹海の奥でひっそりとスローライフを送るつもりだったのですがー」
「……カノンさんは若いクセに枯れている思考しているのね。騎士団のスカウトなんですから、素直に喜ぶと良いですよ」
や、思考は六十歳オーバー、還暦越えの赤いチャンチャンコが似合うお爺ちゃんですよ、っと。魔法学園に興味は有るけれど、騎士団のスカウトは面倒臭そうだからはバックレてー。
「と、取り敢えず、この街に戻ったのであれば冒険者ギルドに顔を出しておかないと拙いかなと思いまして」
「そう、ですね。ギルドとしても登録冒険者の所在は把握しておきたいので助かります。……んふふ。賭けは私の勝ちね」
……ん? 最後に不穏な言葉が出てきたけれど。……賭け? しかも私の後ろを見ながら?
そっと肩に乗せられる手の感触。
「カァノォーン。何故、先に騎士団本部へ顔を出してくれなかったんだ?」
ひぃっ!? 背後から幽鬼の様な顔をしたオリガさんが登場!! 地が美人なので怖さ倍増です!!
「残念でしたねオリガ。今日の晩御飯は貴女の奢りです」
その言葉を聞いて、少女マンガ的にズガーンとばかりに雷に撃たれ白目に変わったっぽい表情のオリガさんと、人を腰砕けにしそうな溢れんばかりいい笑顔をしたミュンさん。
如何やら二人は私が先にどちらに顔を出すか晩御飯を賭けていたんですね。しかもこの感じ、ミュンさんは大食い……なのかな?
なお、オリガさんの後ろには従士として付いきたのであろう、苦笑いを浮かべて小さく手を振っているクリスさんと、お前来たのか、来ちゃったのかみたいな表情のイーサさんも居ましたわぁ。
……あ、察し。私を含めここに居る全員に奢るのですね。ゴチになります、オリガさん。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。