第〇七二話
糸目の死神から託宣を受けてから結構な時間が経っている。「カノンさんへ用件も伝えたし、ご苦労を掛けますが頑張って下さい」と言って、彼は一陣の風と共に雪に覆われた白い世界から、それまでの事が白昼夢でも視ていたかの様に忽然と姿を消した。
私は一人になったので、雪に埋もれた街道を、黙々と考え事をしながら歩いていた。彼の託宣は対価として転移の魔法、手段を教えてくれると言う。ファンタジーに定番な魔素とか地脈とか中二心を擽る単語が出てきた。……一応、迷宮も。
裏腹に、この世界で糸目の死神が示唆した方法以外で転移の魔法は在るのだろうか? もしかしたら誰かが実用したかもしれないし、研究されているのかもしれない。秘匿されているかもしれない。もしくは存在していないのかもしれない。なんにしても、今回の転移の方法は結構な対価だと思われる。
米や醤油、味噌を求める旅に重宝するかも。興味を引く物と抱き合わせで断れない様にする。だから先にその存在を明かしたのか? ……なんて深読みもしてしまう。まぁ、和の食材に転移の方法、どっちにしろ興味を引きましたがね。
さて、イヨムロに向かう途中で寄る<ペンタグリム>という場所ではどんな災害が起こるのだろうか考えてみよう。
過去の事例を思い返すと、開拓村の盗賊襲撃事件も、怪人赤マントのキルマ男爵事件も、彼がこれから起きる出来事を示唆する感じで、道を指し示す様に現れた。
私の自意識過剰な考えじゃなければ、それに伴う出来事で、結局は犠牲者が出たけれど、亡くなった人はもっと増えていた可能性が有る。……つか、私が情報を噛み砕いて把握していれば、もっと上手く立ち回れたんじゃないかとも思う。
今回の彼の出現で、話のニュアンスから、どんな災害発生なのかは判らないけれど、下手を打つと大量の人死案件で、上手く立ち回れば被害者を限りなくゼロに減らす事が出来る可能性があるっぽい。そこを避けて別のルートを行く事も在り得る。糸目の死神は行動は自由だと言っていた。
それも選択肢の一つだろう。けれど彼にこうも事前予告され、それが人死に案件で、回避出来るかもしれない。となると、心情的に避けて通るのは戸惑われる。人道的にも如何なのだ? と、残念ながら自分はそこまで冷酷にはなれない。
糸目の死神は何が起きるか知っていたからこそ、私に話を持ってきたのだ。「好きにしていいよ」と言っていた割に心情的な部分から限られた選択しか無い。今からその事を考えると地味に精神に来るモノがある。結論、面倒臭ぇ。
等等。
ふと気が付くと私の足元には雪で出来た大量の足跡と轍の所為で、スキーだと凸凹に足が取られて歩き辛い。どうやら白い道の上に在る足跡と轍は、街の市場に出店する近隣の村からやってきた者達か、主要な街道を行き来する商隊のモノの様だ。
街まで幾分の距離は在るけれど、さっさと足からスキーを外して<ストレージ>に収納した。所々、前の人の足跡や荷車が踏み固めて通った場所を選び、ムギュ、ムギュ、と歩みを進める。盛り上がった雪に足を取られて転ばない様に、ストックの方は杖代わりとして持っている。
春になり、日が沈むのが遅くなってきたとは言え、いまだ冬の天候。夕方が近い上、曇天に覆われた空の所為で既に薄暗くなっている。そんな灰色の風景に溶け込む様に地吹雪で霞む街の影が見える。ノーセロの街。目標が見えると自然と歩く足に力が入った。
街の外周部に到着した。道は人の往来が激しいからなのか、城壁内のレンガが敷き詰められた道と違い、雪と土が混ざり合って茶色くドロドロになっている。
私の靴は木を削り出して、中に防寒用の毛皮が敷き詰められているので、一応、防水加工、括弧笑い。なのだけれど、この有様を見ると、ちょっと歩くのに戸惑ってしまう。出来るだけグチャグチャじゃない場所を、人の足が余り入っていない外れの辺りを歩く。
ノーセロの城壁内部へ入城する前に、少し小腹が空いたので外周部の市場に在る串焼きの屋台へと向かった。
寒い中、何時もの場所で、相変わらずお肉の焼ける、いい匂いが漂っている。お客さんも何人か並んでいたので、彼らの後ろに並ぶ。この季節は熱々のお肉だよね。まぁ、夏場でも美味しいけれど。内心でそんな事を考えながら、口の中に涎が広がっていた。自分の順番が待ち遠しい。
「おっちゃん、串焼き三本っ!」
「お、おぉ、嬢ちゃんかっ! 久しぶりだな、元気してたか? 冬場、家で良いモン食って少しは大きくなったんだろ?」
「あー、うー、あー……」
おっちゃんは満面の笑みでそんな事を言ってきた。母さんや姉さん達に良いモンを食べさせて貰ってたけれど残念ながら成長は芳しく無かったです。
「……そ、そうか。ウチの屋台の串焼きは特別製だ。食えばきっと大きくなれる!」
「そ、そうだね! ノーセロの街に来たら愛情と栄養たっぷりなおっちゃんの串焼きを食べないとね!!」
おっちゃんの根拠の無い売り文句と、それと判っていて乗っかった私の図。二人して「あっはっはーっ」なんて乾いた笑い声を上げる。後ろに並んでいるお客さんの視線が痛い。
後続のお客さんの目も有って、ちょっとした私とおっちゃんの小芝居は直ぐに終わらせて、串焼き三本貰ってお金を渡す。
「暫く街に居るんだろ、また来いよな?」
「あいよ、また来るよ」
「くっくっくっ、おっさん臭ぇ返事だな」
精神的には少年の心を持ったお爺ちゃんだからね。……ハッ、イカン、イカン。外見は十一歳の女性体なのに、少女的な要素が何処にもない!? いや、ここはノリで出た言葉としよう。でも、注意せねば。ねばねば。
市場の外れで串焼きをパク付きながら、糸目の死神の「醤油も味噌も存在している」って言葉を思い出す。串焼きに甘辛醤油の焼き鳥のタレを付けたら美味いんじゃなかろうかと思考が走り始める。
是が非でも転移の方法を聞きだして、別の大陸文化圏へ旅に出なければ……。って別の大陸だったか? あぁ、くそっ、直ぐに手に入らないじゃないかっ、人生の遠い将来の目標として掲げるしかないのか!!
「ヘイ、そこの美少女。この門は入城料を払うか、身分証明書を提示して貰わないと通れないぜ。美少女限定で第三の方法として、仕事終わりに俺と食事へ行く方法もあるんだぜぇ?」
……げえっ!? 門番のチャラいロリ兄ちゃんの罠か!! 串焼きに思いを馳せていたら何時の間にかノーセロの市街地入り口の門に着いていた模様。迂闊だったわ。しかも、どさくさに紛れて食事に誘うとか、手当たり次第に声を掛けているんじゃなかろうか? 大量に事案発生してる案件じゃね? 取り敢えず、衛兵のお巡りさんコイツです!!
「……良いねぇ、美少女の上目遣いで有りながら、その下げ荒んだ目。ゾクゾクするね」
ぐぅ、両手で自分を抱きしめる感じで愉悦を含んだ表情で快感に打ち震えている。思った以上に変態さんだった。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。