第〇六九話
例年より早く降り始めた雪は世界を白く覆い付くし、唯一、村と外界との繋がりだった商隊も、オリガさん達一行と来訪した機会が、その年の最後の行商となってしまった。
冬の間、開拓村の中では助け合いの為、彼是と各家庭で行き来や遣り取りは有るものの、隣のトトメキ村までは距離があるので、ほぼ外界から隔離されると言っていい。
雪中行軍までしてノーセロの街まで行くには距離が有り過ぎる。隣のトトメキ村を通る街道から奥に入り組んだこの村まで商隊の行商人が来ないのも頷けるぐらい深い雪に覆われているのだ。
現状、この世界ではこの村の生活しか知らないので、他の場所は如何なのか判らないけれど、村の中を往来する際に、雪深い場所では輪かんじきやアイゼンっぽい道具を使用していた。それ等は大人用なので、私の小さい身体では大股に歩かないといけなくて大変辛かった。
そこでふと、前世のスキー板を思い出し、冬の内に彼是と試行錯誤して自作してみた。出来映えを試そうと家の前に出た際、家族達や偶々村内を巡回していたロイドやトマソは面白おかしく不思議そうに見ていたけれど、雪深い場所を往復した時は納得していた。
更に、雪で覆われた開拓村の畑にスキーを履いて出ると北からいい風が吹いていたので、材料に使った板を身体の前で横向けに抱える様に持って、調子に乗ってウィンドウスキーに興じてみた。
私の小さな身体は順風満帆に雪上を滑り、畑の、村の南側出口付近に在る柵の部分、黒の樹海の近くまで進んで行った。そこまでは良かったけれど、帰りは向かい風で、全然前に進めずに体力をすり減らして泣きながら戻る羽目になった。行きはよいよい 帰りはなんちゃらってヤツか。一応、改良点として裏面に返しを付けた。
ウチの家族達やロイド、トマソは勢いよく滑っていく私を呆れながらも興味津々で見ていたし、流れで彼等の分までスキー板を作る事になった。話を聞きつけた他の子供達の分も用意した。ついでにスキーの上に箱を乗せソリにして、物運びに使うと便利だよ。なんてプレゼンもしてみた。私に年齢の近い子供達は欲しがっていた。
使用期間が冬限定では有るけれど、その有用性を見出して、みんな彼是と意見を交わしていた。私としても春先の雪が消える前の道を進む手段を、なんとかノーセロの街まで行く算段が出来たと思う。そんなお茶目な事をやりながら冬を過ごしていた。
冒険者ギルドに関しては、登録時にミュンさんが十二歳まで仮免許、試用期間である為、ギルド貢献度的にも依頼を受注せず半年程ほっぽいても大丈夫だと言っていた。それを考えると、一応、冬前に実績もあるので問題は無い、筈。
お茶目な事以外では、母さんから薬草や調剤の知識を、カレン姉さんからは料理の作り方。リアン義姉さんからは針仕事、繕い物のやり方。等等の女子力アップなスキルを教えて貰いながら春先まで開拓村に引き篭もっていた。ちなみに、アップと言うだけで出来るとは限らない。己の不器用さを呪ったのだった。
そして、三月初頭の現在、ここは開拓村の入り口。
私は、隣のトトメキ村までの、何処に道が有るのかはっきりと判らないぐらいの、純白無垢な雪に覆われて朝日を浴び輝いている道を、目の当たりにして立っている。
出で立ちとしては、厚手の服装に黒の外套を羽織り、内に背負い袋を担いで、両手には木製の杖……ストックを、足にはスキーを履いている。ノーセロの街までの旅装だ。
見送りに母さんやカレン姉さんとリアン義姉さん。スキーを作った際に街に出る理由を聞いていたロイドやトマソも来ていた。
「判ってると思うけれど、先方さんに迷惑を掛けちゃ駄目だからね」
「お弁当は持ったわね? 生水はお腹に悪いからちゃんと沸かして飲むのよ」
「カノン、向こうに行ってもしっかりやるんだよ」
「たまには顔見せに帰って来いよ。騎士団の土産話も大歓迎だ」
「ほんと、騎士団からのお誘いとか、カノンが羨ましいぜ」
騎士団のお誘いと言うか、オリガさんの独断と偏見で、イーシン独立派のシスイ侯爵の有用な駒として、魔法使いとして将来有望そうな人材確保の名目を以って、悪知恵を働かせたのが魔法学園の入学なんだよなぁ。脅迫という名の虚勢もあったし。
一番良いのは、争いも無いまま無事平穏な時間を過ごせればいいのだけれど、独立派や植民化推進派と言った単語が出てるし、将来的にも穏当に済む事は無いだろう。実際、ミイラ取りがミイラになった総督府主導のキルマ男爵家に対する政略結婚と言った調略なんかも多聞にして他方でも行われて居ると思われる。
まぁ、若い男の子って勇ましい話や英雄譚が好きだからねぇ。そう云った物語を期待しているのだろう。出来るのなら替わって欲しいものだ。
前世の私も若い頃ならば、もしかしたら中二病的に同意出来たかもしれないけれど、精神年齢が六十越えのお爺ちゃんだし、第二の人生として折角女体に転生したこの身体なので色々とスローライフを満喫したい、愉しみたい所存。
つか、現状の魔法学園に入るのは半分は嫌々で半分は自棄だし、五十歳まで童貞だったから、取り敢えず魔法少女に覚醒しようぜ、ってな。乗らなければいけない、このビックウェーブみたいな気持ちがある。人生「ケ・セラ・セラ」だ。
「見送りありがとう、みんな! 私っ、私は、この村で普通の女の子になりたかった!!」
「……はぁ? 今更なに言ってんのカノン。色々やらかしているアンタに普通は無理でしょ」
「そうね、カノンは私達三人兄妹で一番普通から縁遠いからね」
「カノンで普通なら私達は何にもなれないよ」
「……だよなぁ」
「同意する」
「えぇーっ!!」
当然だけれど前世のちょっとした引退ネタが通じなかった! つか、みんなそう思っていたんだ、酷い!!
「……まぁ、カノンは私とアランの娘なんだ。何処に行っても大丈夫さ」
「道中大変かもしれないけれど身体に、体調に気を付けていってらっしゃい」
「いってらっしゃい、カノン」
「村へ戻ってきた時に入り辛かったら俺達に声を掛けろよ、カーヤさんの所まで連れてってやるからな」
「ロイドの言う通りだ。カノン元気でね」
「……うん、母さんも、カレン姉さんも、リアン義姉さんも、ロイドもトマソも、みんな元気で」
私はみんなに笑顔でそう応えると、後ろ髪を引かれる思いで振り向いて、まだ見ぬ未来を示唆する様な純白無垢な雪に覆われた道を歩き始めた。
この世界に来て、十一度目の春を向かえていた。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。