第〇六八話
クリスさんとイーサさんが描いた世界地図。この世界の海と陸地がどんな形をしているか知らないけれど、母さんは敷布の洗濯を何事も無かった様に始めた。ウチの姉さん達も普通に朝御飯の準備をしていたし、私も朝風呂の用意した。
淡々と証拠が隠滅されていく中、オリガさんが二人のフォローしていた様だけれど、情けなさと恥かしさでしょんぼりとしながら、お風呂場に入っていった。やらかした記憶と身体は綺麗さっぱりと洗い流してスッキリ忘れて欲しい。
そう、昨日の晩から今朝に掛けて、彼女達の名誉の為、何もなかったのだ。
多少のぎこちなさは有ったものの、昨日の晩と同じ配置でテーブルに付いて昨日の残りとパンと豆スープの朝御飯を食べた。朝っぱらから肉は胃袋に重いかと思っていたけれど、みんな育ち盛りなのか普通に食事を摂っていた。食後の一服は、大人しくお茶を嗜んでいた。
昼前には行商を終えた商隊と共に出発する予定で、その前にオリガさん達を呼びに来るとの事。彼女達は街道の途中まで警邏と行軍訓練を兼ねて同伴するそうだが、やがて別行動となり、商隊は商隊のルートに行くのだそうだ。何事も無ければオリガさん達は夕方にノーセロの街へ着く予定だと話してくれた。
商隊の出発の時間まで母さんの調合室で薬剤作りやポーション作りを見学する事になった。何時でも出られる様に白と青を基調とした軍装を纏っている。外套は出掛けに羽織るそうだ。
彼女達は最初のうち、興味津々で作業を見ていたけれど、煎じたり、煮たりを繰り返していたので、クリスさんとイーサさんは退屈になってきたのか「お砂糖は作らないんですか?」「作り方やレシピは秘密なんですか?」と訊ねてきたけれども「材料が無いので作れないんですよ」と返しておいた。
そういえば調合中に偶然に出来た物だと言ってたっけ。本当に材料を使い切ってしまってたので作れなかったのだけれど、二人は納得をしていない顔だった。ただそれ以上深く訊ねてはこなかった。どうやら薬よりも高価なお砂糖の製造方法が気になる様だ。
オリガさんは煮詰められていくポーションの原液を見て「これがカーヤ印のポーションになるんだな」なんて、しきりに感心しながら見ていた。母さんは「カノンが居たからね。私の作るポーションなんて精々中品質ぐらいですよ」そう言いながら、原液の入った鍋から小瓶に分けて冷やす作業をしていった。
今回のお土産として出来上がったポーションを一人二本の計算で六本渡すつもりだ。一通り作業が終わった辺りで、タイミングよく商隊の出発を知らせる使いが来た。
「すいませーん。カーヤさん居ますか? 商隊が出発するそうなので、騎士団の方々をお迎えに上がりましたぁ」
「どうやら迎えが来た様だな。クリスとイーサ、準備は終わっているな?」
「はい、準備は終わっています。オリガ姉様」
「何時でも出られます。オリガお姉様」
「んー、この声はロイド、かな?」
その声を聞いたオリガさん達は、キビキビとした動作で、準備してあった外套を羽織り、ひと纏めになった荷物を抱えた。そして私と一緒に声の主が居る玄関先へ向かった。
オリガさん達を迎えに来たのは若い衆のまとめ役のロイドで、後ろに隠れる様に居たのは村長さんのトコの次男トマソだった。どうやら彼も騎士に興味が有って付いて来たらしい。
「ロイドいらっしゃい。……って、トマソも?」
「お、カノンか。騎士様は居るかい?」
「うわっ、ロイドの言った通り、凄ぇ美人。見に来てよかったぁ……」
「おい、トマソ。あんまりじろじろ見るな。相手は騎士様なんだぞ」
「お付の従士二人も可愛いし、ウチの村とイモ洗い達とはレベルが違うなぁ」
「馬鹿っ、村の女達に聞かれたら如何するんだ。明日から表歩けなくなる! 下手するとハブられるぞ!!」
トマソはコッソリ会話をしている心算なのか、一応気を使っている様で、口元を隠しながらロイドに話し掛けている。ただ残念な事に、声の音量が大き過ぎて二人の会話の内容は駄々漏れだ。
しかも扉の影に居る母さんを始め姉さん達にもバッチリ聞こえている。嫌な圧を感じて振り返ってみると母さんは微苦笑だけれど、姉さん達は素敵な、もとい凄惨な笑みを浮かべていた。
折角なので見送りの為、みんなで村長さん宅へ向かう。私が先頭でオリガさん一行、母さんと続く。更にその後ろではカレン姉さんとリアン義姉さんが、開拓村の女性全体をイモ洗い扱いをしたロイドとトマソを弄っていた。
「ねぇ、二人共ぉ。セラとシャルのチクろうかしらぁ?」
「セラもシャルも可愛いのにイモ洗いは酷いよねぇ」
「ちょっと待て、そこで何故セラの名前が出る!?」
「うわぁ、シャルは勘弁して下さい。カレンさん、なんでも言う事聞きますからぁ」
「今、何でも、と言ったね。ぬふふぅ」
「あ、トマスの馬鹿っ、その言葉は拙いって!!」
等等。ロイドとトマソは傍目からも気のあるのがモロバレ丸判りな開拓村の娘達の名前を出されドツボに嵌っていた。南無ぅ。
村長さん宅に到着すると行商人達は既に準備を済ませ隊列を組んでいた。それを見たオリガさん達は各々自分の馬に荷物を括り付け、鐙に足を掛けて外套を翻し颯爽と跨る。その様は流石騎士様と言った所。
そのタイミングを見計っていたか商隊の先頭が動き出した。オリガさんが馬上から声を掛けてきた。
「カーヤさん。大変世話になった」
「こちらこそ娘が大変ご迷惑を掛けました。何も無い所ですけれど、またいらして下さい」
「カノン、さん。もし冬の内にノーセロまで来る機会が有ったら騎士団本部に顔を出して欲しい」
「あ、はい」
「か、カノン。今度会う時は、クリス姉様、と呼んで下さい。私の妹にしてあげます」
「えっ、クリス本気で言ってるのですか!?」
えっ、マジですか? っつか、なに顔を真っ赤にして言ってるんですか、クリスさん。イーサさんも驚いてるよ、ほら。
「私は本気です。カノンには将来騎士になった私の従士になって貰います」
「……私の拒否権はー」
「いいですね、カノン」
……無いですか。オリガさんはクリスさんを見て目が点になっている。イーサさんは言葉を発せず私を睨んでいる。ウチの家族は全員が呆れた顔をしている。考えられる理由は、お風呂の一件かね。……アカン、やらかしたで候。
商隊の列が徐々に流れて行き、やがてオリガさん達騎士の乗った馬も歩き出した。馬上のオリガさん達は凛々しく商隊の後に付いていく。ウチの家族を始め、開拓村の人達が隊列に手を振っている。
私は何処か別世界の風景を眺めている感じで、呆然として商隊と騎士の列を見送っていた。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
……就活の履歴書を書くのに難儀しています。