第〇六七話
晩御飯前のお風呂場。オリガさんから来年の春先に於けるタイムスケジュールを聞かされた。
三月辺りにキルマ男爵領ノーセロへ交換出張の要員がやって来て、それと入れ替わりで四月にシスイ侯爵領の領都イヨムロに向けてオリガさん達が出発する。その際、シスイ侯爵家御用達の商隊が同行して、私はそれに便乗すると言ったものだ。
私とオリガさんは、クリスさんとイーサさんが先に上がってから三十分ぐらい後にお風呂場を出た。
「いいお湯だった、ご馳走様」
「ふぅ、スッキリした……痛っ!!」
「カノンっ! こっちに来なさいっ!!」
「痛い、痛いっ!」
「…………」
居間に戻った瞬間、待ち構えていたのであろう母さんに耳を抓られ調合室へ連行された。オリガさんは目の前でいきなり繰り広げられた母娘のやりとりに付いていけず、首に掛けたタオルの両端を掴んだまま呆っとした感じで見送っていた。
その際、晩御飯の準備をしていたのであろうカレン姉さんとリアン義姉さんは刑が執行される罪人を見る様な目で私を見て、同様にクリスさんは私の方を見て動揺したのか木製の食器を落としていた。その顔は赤く染まっていた。イーサさんはクリスさんを正気に戻しながらも、彼女の落とした食器を拾うと言った光景が展開されていた。
母さんに調合室へ連れ込まれた私はそこへ入るなり「女の子の身体はデリケートなの云々」、「いったい何処からそう云った知識を得たのか云々」「カノン、まさか自分でっ!? その歳でまだ早い云々」等等の大目玉を食らった。
どうやらクリスさんとイーサさんが、私のお風呂場での所業を報告した模様。石鹸を大量消費して念入りに一所懸命身体の汚れを落としただけなのに、疲れや緊張が取り除くつもりで、両手に魔力を纏わせて電動マッサージ機の超振動を再現しながら揉み解しのご奉仕しをしたのに、この有様だよ。
小一時間ほど、小言の通過儀礼を終え、私と母さんはすっかりと晩御飯の準備が終わった居間に戻る。と言うか、みんなは私達を待っていた。先に食事を摂ってても良かったのに、大変申し訳の無い事をしてしまった。待っている間、唯一の共通話題に上げられる私をネタに彼是と話に花を咲かせていた様子だった。
晩御飯はオリガさん達騎士様一行が優先で摂る様にと勧めたのだけれど、「郷に入っては郷に従え」のスタンスなのか、家族達も一緒に摂っても問題ないと言われた。最初はウチの家族達も遠慮していたけれど、最終的に押し切られて一緒の食卓を囲む事になった。
席順は身分的に上座であるお誕生日席にオリガさんに座って貰い、左右にクリスさんとイーサさん配置される。クリスさんの横に母さん、リアン義姉さんが続く。イーサさんの隣に私が座り続けてカレン姉さんの順だ。年齢的にカレン姉さんを上座に近づけようとしたのだけれど、騎士様の近くだと緊張するからとの理由でこの配置となった。気持ち、イーサさんが私から少し離れて座っているのは、お風呂場での所業を見ていた影響か。
オリガさんから音頭を執って貰い晩御飯の時間が始まる。食事を頂くお祈りを済ませて、一番先にオリガさんが料理に手を付け、続いてクリスさんとイーサさんの順で食べていく。「まさか行軍訓練先で、暖かくて美味い食事に有り付けられるとはな」と言いながら、三人共、大変喜んで食事を口に運んでいた。
それとは逆に、ウチの家族は全員が食後まで緊張感マックスだった様子で、折角のご馳走も味が判らなかったらしい。それでも粗相をせず、何とかやり過ごせたとホッとしていた。そんな塩梅で晩御飯の時間は終わった。
普段の我が家では食後の一服タイム。
私は家族の為にお風呂のお湯を入れ直しに浴場へと向かった。その間、母さんにはオリガさん達の相手をお願いする。特製のリラックスハーブを使ったお茶を用意して貰った。姉さん達は台所に入って食器洗いをしていた。私が戻るとそれを見計ったかの様に、母さん達はさっさとお風呂場に行ってしまった。この場から、居間から逃げたとも言う。そんな家族の様にオリガさんは苦笑いを見せていた。
そんな彼女とクリスさん、イーサさんにお茶を勧める。
「ウチの母特製のリラックス出来るお茶です。味の方は口に合いますか?」
「とても心落ち着く、匂いも味もいいものだな」
「それは何よりです」
「……カーヤさんの特製、か。身体にも良さそうだ」
「オリガ姉様。これって街で商品としても扱えそうな味ですよね」
「詰め所のお茶よりも美味しいのです」
オリガさんはお茶の入ったカップを持って、揺らめく湯気に含まれた匂いを楽しみつつ、ゆっくりとひと口づつ含んで舌で味わっている。クリスさんもイーサさんも続けてカップを手に美味しそうに飲んでいる。
正直、平民や農民が普段飲んでいる茶の木から取れた葉を使っているので味はそれ程でもないのだけれど、母さんが薬剤師として薬草やハーブをブレンドしているので、健康に優しくそれなりに美味しく仕上がっている。
私はここで更に取って置きを投入する。母さんと二人で作った、例の甜菜から作った薄茶色のお砂糖。それが乗ったテーブルの上に小皿を差し出した。
「お好みに合わせてこちらを入れて下さい。甘くなります」
「……薄茶色。多少濁った感じもするが、これは、もしかして砂糖、なのか?」
オリガさんの問いに私は頷いた。
「えっ、お砂糖!?」
「ぜ、全部使っていいんですか?」
「カノン。この砂糖は高い物じゃないのか?」
「大丈夫です、オリガ様。先日、母と薬剤の調合中に偶然出来た産物です。レシピも控えているので、気にしないでお使い下さい」
「そ、そうなのか。ここに来て砂糖が出るとは思わなかった……」
「やったー!」
「どんどん入れるです!」
「あぁ、でも余り入れ過ぎるとお茶に溶けなくなるので程ほどにがいいですよ」
私の言葉を聞いているのか聞いていないのか。二人は小皿に乗っている砕かれたお砂糖の塊をスプーンで何杯も掬ってお茶に投入していた。そして「甘くなった!」「美味しいです!」と言って幸せそうな顔してお茶を飲んでいる。如何やら二人は甘物に目が無いようだ。
甘味の投入でお茶が進んでいる二人とは別にオリガさんは自分のペースでお茶の味を楽しんでいる様だった。本当はお茶請けになるような物が有ればいいのだけれど、残念ながら貧乏な開拓村には存在しないのですよ。
まぁ、問題があったとすれば、お茶を飲み過ぎたクリスさんとイーサさんが利尿効果も有ってか、夜中にオネショをしてしまった事か。
当然、次の朝、二人の名誉の為、オリガさんを始め、我が家全員に緘口令が布かれたのだった。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。