第〇六四話
開拓村のみんなに内緒の話なのだけれど、我が家では裏に簡易の流し場と衝立を設けて、二日に一回の割合で入浴している。
内緒、と言うのは、私が魔法を使ってお湯作りの作業をしているという現状で、もし、作業者が居なくなればそれには大変な労力が必要となり、とても現実的ではないので、今のところ、私達家族内だけの密かで贅沢な楽しみとなっている。
家の裏に回り、衝立の扉を開くと、すのこが置かれた簡易的な脱衣所と、丸太二本を地面へ平行に置いた足場の上に、更に大きな丸太を半円柱の縦二メートル、横幅一,五メートル、深さ六十センチメートルで中を刳り貫いた特製の浴槽が鎮座している。
「……丸太の浴槽とは、なんとも荒々しい湯船だな」
とは、苦笑いを浮かべたオリガさんの言。クリスさんとイーサさんは想定していなかったのか言葉を無くしていた。そんな三人にお湯を沸かす間、着替えを用意する様に声を掛けた。一旦、村長さん宅に戻らなければいけないらしい。一応、必要最低限の荷物を馬に乗せてきたそうで、まだ村長さん宅に預かったままなのだそうだ。
「荷物を取りに行くのはオリガ姉様の従士である私達の仕事です」
「オリガお姉様はここに居て下さいです」
クリスさんとイーサさんが村長さん宅に向かう事になった。一応、オリガさんが家の母さんから話が行っている筈だけれど、私達からもきちんと連絡する様にと二人に託けをしていた。当然、私の方からも、お風呂に入る事に付いては内緒にして欲しいとお願いしておいた。
「カノン、私達が居ないからと言って、オリガ姉様に色目使っちゃ駄目ですよ」
「もし、オリガお姉様に不敬を働いたら私達が手討ちにするのです。大人しく待っているのです!」
「お、おぅ」
クリスさんとイーサさんの本気とも取れる脅しの台詞に思わずおっさん臭い返事をしてしまった。そう言って、二人は脱兎の如くこの場を離れていった。どれだけ自分達からオリガさんを取られる事を心配しているのか。取らないから安心して欲しい。
さて、気を取り直して私は自分の作業に掛かろうと思う。近くでオリガさんが期待した目で見ているけれど特に問題無いだろう。……多分。
お手玉をする様に手の平を上に向け、左手で水魔法に依って生み出した水玉を宙に浮かべる。右手に火魔法で発生させた火の玉で下から炙って暖めて頃合を見計りながら順次浴槽へ投入していく。……代用品が有ればいいのだけれど、この世界にドラム缶があれば、燃料は必要だけれどもっと簡単に大量のお湯が作れるのに。なんて事を考えながら、丸太の刳り貫いた部分にお湯を流し込んでいく。
「魔法に付いては余り詳しくないのだが、本当に器用な物だな」
「多分、みんなの言うギフトのお陰だと思いますが、それってみんなが持っている物じゃないんですか?」
「……話しながらの作業って、大丈夫そうか。まぁ、それに関しては人それぞれだと思うがな。私は<剣技>に<身体強化>と<気配察知>も有る様だな」
「作業中の話は、多少なら大丈夫です。つか、有る様だって、なんとも漠然とした感じなんですが、何か指標みたいなものって無いんですか?」
「指標と言うより、誰もが持っている得手不得手、みたいな物だろうな。得意な物はどんどん延びるし、苦手な物は延び方が悪い」
「得意な物がなんなのかは、彼是に手を出してみないと判らないって事ですか。で、オリガ様は<剣技>と<身体強化><気配察知>が得意、だったと」
「そう、私達の様な貴族は多少裕福である分、家庭教師を付けたり色々と試す事が出来るから適正を探し易いのだが、平民になると厳しいだろうな」
「平民や、特に農民だと余裕なんて無いですよ。今、出来る事を最優先になんとか精一杯に生きていますからね」
「だろうな。そう云った意味ではゲーノイエ伯爵の四男レイナード君は<剣技>に<魔法>と色んな意味で恵まれていたのだろう」
私はオリガさんの話に耳を傾け相槌を打ちながら、お湯作りの作業を続ける。ゲーノイエ伯爵四男、レイナード・ゲーノイエ。ブリタニア帝国の宮廷魔術師ルーリエ・セーブルで吸血鬼だった彼女が眷属化した赤い軍装を纏った仮面の小僧、か。
ゲーノイエ家では子供の才能を発掘、開発するべく幼少から剣術指南や魔術指南の家庭教師を付けて、色々と試させていたらしく、その中で彼は<剣技>と<魔法>の両方に才能を開花させた魔法剣士だったそうだ。ただ四男という微妙な立ち位置の所為で、総督府から家庭教師として派遣されたルーリエ・セーブルに依って、派閥の違うキルマ男爵を懐柔する為の駒に使われた。顛末としてはキルマ男爵邸怪人赤マント襲撃事件として処理された。
オリガさんが続けて後日談、と言うか、最近の話を教えてくれた。彼の元婚約者だったキルマ男爵の娘マチルダさんが漸くにして精神的、身体的に復調をみせた。ところが、彼女の主治医がちょっとした身体に異変に気が付いて色々と確認したところ、以前より魔力が上がっていたらしく、彼是と調べていった結果、<治癒魔法>に関して適正が高くなっていたそうだ。これを聞いたキルマ男爵は大層喜んで、現在は彼方此方の知り合い等に手を回しているらしい。
こういった具合で後天的な切っ掛けで自分の能力に目覚められれば、そこからどんどん能力を伸ばしていける様なのだ。中には歳を取ってから己の得意な能力を知って、老いて益々盛んになる者も居るのだそうだけれど、大多数の人間は自分の得意能力に気が付かず、或いは明後日の方向へ技能や能力を伸ばし続けて、生を終えるらしい。そう云った得意分野に目覚めて活躍をする者をギフトを持った者としているらしい。
まぁ、何をやっても駄目な人も居るらしいけれど。
最後に「誰の師事も受けずに魔法を使える様になったカノンは素晴らしい才能だけど、数少ないイレギュラーの一人だな」って付け加えられた。つか、オリガさんのデカイ胸も天から与えられたギフトなんじゃ無かろうかと小一時間程問い詰めたい。
私が自分の能力を知っているのは、この世界へ運んでくれた、我が死神のエンヤさんのお陰だからね。ただ、<鑑定>と<ストレージ>は能力とは関係無さそうだから、これはまた別物かもしれん。
「……ふぅ」
溜息を付く。イレギュラーと言われた事に対してではなく、お湯を入れる作業がひと段落したからだ。魔法を連続使用した所為か、湯気の所為か、思わず額に浮かんだ汗を袖で拭う。ひと仕事を終えてお湯の満たされた浴槽を眺めていると、丁度頃合良く、クリスさんとイーサさんが、母さんから渡されたのであろうタオルと自分達の着替えを抱えて戻ってきた。
さぁ、お三方よ、入浴の時間だ。私に構わず、ゆっくりお湯に浸かるがいい。ふははは。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。