第〇六二話
女騎士オリガさんを筆頭に従士二名、クリスさんとイーサさんは、男爵領にある近隣の村々を警邏する名目で商隊に同行して開拓村までやって来た。行軍訓練を兼ねているらしく、現地調達で晩御飯を確保用意すべく、樹海の探索に出る事になった。そして私は樹海の道案内として現地徴用された。
少し前の、ブラックベアの時は冬越えに向けて獣達は餌を大量に確保して脂が乗っていたけれど、今の時期は寒さも厳しくなり、獣達は巣篭もりを始めて、活発に動く物は少なくなっているので、食料の確保は難しいかもしれない。
ところで弓矢を持っていない騎士様御一行なのだけれど、狩りはどの様にするかと聞いた所、私が獲物を発見した際、従士二人が散開して勢子の様に追い立て、オリガさんの方へ獲物を誘導して仕留めて貰い捕獲する形に持って行くそうだ。……なにそれ面倒臭い。何時も遠距離攻撃や待ち伏せ、罠で仕留めていた身としては大変に面倒臭い。狩りをするなら弓矢ぐらい準備しようよ、罠を設置しようよ、君達。
だがしかし、私の様な農民風情が騎士様の言う事に彼是意見するのも憚れるので黙っている事にする。最悪、<ストレージ>に保管している兎かホロホロ鳥を放出しようと思う。接待役として、お客様に気持ちよく過ごして貰う為に、影でこっそりと物事を進めるつもりなのだよ。ふふふ。
さて、私達は開拓村の横を流れる小川を樹海の奥へ、上流へと向かった。ちなみにオリガさんは開拓村まで馬に騎乗してきたそうで、村長さん宅に預けていると教えてくれた。オリガさんに樹海へ馬を乗り入れるか確認したら、下生えの草や木立ち等の障害物が多そうだから徒歩にすると答えてくれた。
樹海内は私が<気配察知>を使いながら先行して進み、後方ではオリガさんを守る様に、前後にクリスさんとイーサさんが挟んで続いている。幸い小動物の<気配察知>が出来ているので余程のヘボじゃない限り何とかなりそうだ。それ程時間は無いので、最奥までは行かず途中で引き返す予定だ。一番近場にある小動物の気配、ホーンラビットの位置を探り出したので、足を音を立てずに三人の下へ戻りその事を告げた。
「向こう左斜め前方三十メートル程先、立ち木の根元に兎発見」
「……嘘は言ってないでしょうね?」
「何処に居るのです? 見えないのです。判らないのです」
「クリス、イーサ。カノンさんの言った場所にホーンラビットが居ます。回り込んでこちらへ追い立てて下さい」
「あれ、オリガ様、私は?」
「カノンはここで待機だ」
オリガさんより名前呼びを許可された後、彼女も私を「さん」付けするのを止めて、カノンと名前を呼ぶようになった。先ほどは思わず天邪鬼を発症させてしまい、つい「オリガ嬢」と呼んでみたけれど、流石に体面もあるので名前を口にする際は「オリガ様」と言っている。
それよりも兎の追い立てをクリスさんとイーサさんだけに任せてもいいのだろうか? 二人は不満そうな顔をしながら私の方を見て、それでも上司であるオリガさんの指示の元、渋々ながらガサガサと音を立てながら道を逸れて小さな立ち木や下草の生えた藪の中を掻き分けながら進んでいった。その後ろ姿を見ているとオリガさんが小声で話し掛けてきた。
「どうせ、カノンの事だ。あの二人では追い立てる前に見つかって逃げられると思っているのだろう?」
「既に駄目な気がしています。そもそも罠を仕掛ける訳でも無く、弓矢で仕留める訳でも無く、こちらに追い立てるだけでオリガ様は捕獲出来るもんなんですか?」
「あぁ、簡単に出来るぞ。こちらへ上手く追い立ててくれば、って条件が付くが、これは訓練だ。今はあの二人に経験を積ませるのが目的だからな」
簡単に出来るらしい。どうやら失敗前提であの二人を送り出した模様。上司の期待を良い方で裏切る様に失敗せず上手くやるんだぞ、二人共。なんて心の中で応援してしまう。
「本来、小物は勢子を使って追い込みするのだろう。そう言えば、先頃、カノンが仕留めたって言う大物、ブラックベアは流石に苦戦するだろうが、小物程度なら私一人で充分だな」
「……左様ですか」
オリガさんの言う通り、本来は獲物を追い立てるにしても、何人かで待ち伏せして逃げ道を潰す必要がある。開拓村の男達は出来るだけ散開して例の滝の地形効果を利用して追い込んで獲物を捕獲している訳だし、前回はその地形が災いしてグレイウルフやブラックベアに囲まれてしまったけれど。
つか、ブラックベアの話まで伝わっているのか。彼女達は商隊に付いて来たって事だし、開拓村に到着した際、村長さん宅で交易品の遣り取りを見ていたのかもしれん。今回はグレイウルフやブラックベアの素材があるから、その時話題に上ったのだろう。……あ。
そろそろクリスさんとイーサさんが迂回を終えて、ホーンラビットの居た場所へ距離を詰め始めているのだけれど、獲物の気配は既に無く、危険を察知してその場からとっとと逃げ果せた模様。私は徐に腰に掛けていた弓を取り出した。
「如何かしたのか、カノン?」
「……やっぱり駄目だった」
「ここからだと様子が判り辛い……あぁ、逃げられたのか。もう駄目だな」
「ギリギリ届く、かな。オリガ様がご用命と有らば仕留めますが?」
どうやらオリガさんも逃げる獲物を察知したようだ。彼女も<気配察知>を取得しているっぽい。
「なら、カノン頼む。訓練と言っても晩御飯が携帯食だけだと味気ないからな」
「それぐらい我が家でご馳走しますが」
「それならご家族の分も確保しないといけないな」
「家の分は用意してるので大丈夫ですよ」
そんな会話をしながら、背負い袋から矢を取り出し、弓の弦に番え、逃げている獲物の気配へと放った。風魔法を付与された矢は木々の間を抜け、いまだ指示した場所の側面から追い立てる体勢をしている二人を避けて上空を、その更に向こう側へ飛んでいった。私とオリガさんはその後を追う様に動き出した。
「随分と矢の射程があるんだな。命中精度も高い。何か仕掛けでも有るのか?」
「魔法を付与しているので通常の二、三倍の飛距離があります」
「へぇ、凄いな。独学か? そういえばキルマ男爵の所で使っていた魔法は使わないのかな?」
「……時と場合によります。ただ基本として身を守る為か、生活の為。平和利用に役立てる感じですかね」
「そう、なのか? 勿体無いな」
「勿体無くないんですー」
オリガさんの勿体無い発言に、私は心外ですー。と言わんばかりの口を尖らせて返した。少しでも子供っぽさを演出しておけば要らない憶測や詮索が減るかもしれないという個人的願望が有ってそうしたのだけれど。オリガさんの苦笑いを浮かべている所を見ると無理そうだね。
オリガさんは、先行して追い立て役をして貰ったけれど不発に終わった、クリスさんとイーサさんに声を掛けていた。既に獲物が逃げた事を伝え、追い立ての際の注意事項を教えていた。憧れのお姉様に対して、見せ場も何も無かった二人は目に見えてガックリと肩を落としながらオリガさんの話を聞いていた。
私はその間、射った獲物を確保して手早くナイフを使い、血抜きと内臓の抜き取りを行っていた。内臓は魔法でサクッと掘った穴に埋めて、獲物本体は近場の小川で、流れない様にロープで川面の木に括り付けて沈めた。
一応、村の誰かがこれを発見しても、私の狩った獲物だと判る様に矢を目印として添えてある。開拓村に戻る際、回収すればいいだろう。
私達四人は更なる晩御飯の確保の為、獲物を求め樹海の奥へと進んだ。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。