第〇六〇話
騎士爵持ち、オリガ・ゼーフェルヴの「お嬢さんを下さい!」の問題発言で居間の中が微妙な空気に包まれている。
私はこれを聞いて「コイツ、何言ってんだ? その前に言う事があるだろう」みたいな視線を彼女に送ったけれど気付いていない様子だったので、私を介して、ノーセロの女騎士オリガ・ゼーフェルヴとして、ウチの家族として母さんと姉さん達を、それぞれの紹介をした。
やはりウチの家族は紹介を聞いて再び固まってしまい、オリガ・ゼーフェルヴはその間、自己紹介を忘れた事、自分の発した言葉が余りにもな内容に気が付いたのか、謝罪しつつ、慌ててここに至る経緯を話してくれた。
ノーセロの街で、暫く私を見掛けなかった。非番の日に飲みに出た時に冒険者ギルドのミュンさんと一緒のなったので、ちらっと訊ねてみたら「村の実家へ帰った」と話をされて、村の所在を訊ねてみたら近々行商人が向かう開拓村なのだと聞かされた。
そこで、ふと思い立ち、街道の警邏も兼ねて、部下と一緒に今回の商隊に同行したのだそうだ。……気になったから来ましたってストーカーかよ。
とは言え、先頃、ノーセロの街で面談という名の口止めの後に「いい返事を期待している」と言っていた割に、期限は設定されていない……筈だし、さっきの発言から興味本位で来た感じでもなさそうだ。もしかして直接来たのは、家族に対して早めに根回しの為に来たんじゃなかろうかと邪推してしまう。ちなみに部下の人達は以前の盗賊騒ぎの件もあり、開拓村をひと回りしているらしい。
「先日、カノンさんと騎士団本部で話した際、他に沢山の聞きたい事があったんだが、それも兼ねて、彼女がどんな環境で育ったのかも興味が有ってきた」
ただの興味本位だった!!
「そこで、お母様にお聞きしたいのだが、カノンさんは本当に十歳そこそこの娘、なのだろうか?」
「それに付いては、私の方もなんとも言えないのです。最近は親の私よりも年上に感じる時もありますし、ガサツで男勝りな部分もあるんですよねぇ」
「あ、あー、確かにカノンさんにはその様な雰囲気が多々見受けられたな」
「……ふぅ」
母さんの言葉にオリガ・ゼーフェルヴは半ば同意して、二人は胡乱げな視線で私を見てきたけれど、子供のフリをしながら、我関せずな素知らぬ風に両手でカップを持ちお茶を啜った。上手く誤魔化せたとは思えないけれど、外見は子供なのできっと大丈夫な筈。二人は「お前のそのしらばっくれた態度がだよ」みたいな顔をしてこっちを見ていたけれど、反応したら負けな気がする。
「いずれにせよ、カノンさんには魔法使いと言ってもいいぐらいの魔法技術と胆力が備わっている。田舎の村に埋もれさせるには勿体無い人材だと思ってな。是が非でも、騎士団所属して欲しいと勧誘に来たのだ」
「……はあ、先日娘から聞かされましたが本当だったのですね。実は私達家族も娘の魔法ギフトに付いては最近知った話なので、この子の将来をどうしたモノかと、正直悩んでいたんです」
「ほぅ、それは重畳。如何だろう、今なら騎士団所属するに当たり、成人するまでセーレム魔法学園で勉学に励める特典もお付けするが、まぁ、これは本人次第、なんだがな」
チラリとこちらに視線を向けてくる。ここまでされると、今更「勉強したくないでござる」なんて言える雰囲気じゃないんだよなぁ。正直、魔法学園に興味が無い訳じゃ無いんだけれどね。気分的に面倒臭いなぁ、ってのが先に立ってしまう。
「え、カノン、騎士様になるの!? ……ああっ、それでお嬢さんを下さい、なんだ!!」
「凄い凄いっ!! あっ、でも、そうなるとロイドとトマソ辺りが羨ましがるんじゃないかな?」
「多分、きっとそう。あの二人、家の事情で開拓村から出られないからそうなりそう」
「んー、でもあの二人の性格から、出られたとしても街の自警団とか衛兵ぐらいが関の山だね」
「だねー」
しかも、今まで固まっていた姉さん達がオリガ・ゼーフェルヴの言葉を聞いてはしゃぎだす始末。こんな田舎の開拓村だ。まさか身内からそんな話が出るとは想像もしていなかっただろう。つか、ロイドとトマソの評価ってそうなんだ。へぇー。
話し終えた母さんは内容を知っているだけに、無反応でお茶を飲んで口を湿らせているけれど、やはり騎士様相手に緊張している感じが見受けられる。
「あと、もう一つ。先日カノンさんがノーセロの街で使ったポーションにも興味が惹かれてね。カノンさんが持っていたのは、お母様が、カーヤさんが制作したポーションだと聞いたのだが、是非、騎士団お方へも卸して貰えないかと話が出ている」
「と、とんでもない。私が造れるのは、精々中級ポーションまでです。それに私は商品として在庫管理しているのでカノンにはポーションを一切渡していません。この娘が使用したのは自分で作った物だと思いますよ」
そう言ってお茶のカップを置いて、苦笑いを浮かべた母さんは首を横に振って私の方を見た。
「ほ、ほぅ。実は薬剤効果が高くて騎士団でも常備したいと話が出たんだが、出来れば製作をお願いしたいと思っていたんだが。そうか、カノンさんが……」
オリガ・ゼーフェルヴはニコリと口元を笑みを浮かべ、けれども目は笑っておらず獲物を狙い定める様な感じで私を見た。再び二人の視線に晒された。なんとも居心地、座り心地が悪いので、露骨に話題を変える事にした。
「えーっと、それでゼーフェルヴ様。今日はこの後、如何するんですか?」
「如何する、とは? 開拓村を巡視している部下と合流して、時間が有れば樹海の浅い範囲だけでも探索するつもりだが」
「となると時間的に街まで戻るには厳しいと思うのですが、商隊に同行してきたって事は行商人達と一緒に村長さん宅に泊まるのですか?」
「空いている部屋があればそのつもりだったが、無ければ最悪、村の広場を野営キャンプの訓練がてら使わせて貰う予定になっている」
「えっ、この寒い中ですか!? ……流石に今の時期、外と言うのは厳しくないですか?」
「先日の一件もあるし、丁度いい機会だからな。我々も色々な事に対処出来る様、多少は厳しく鍛えるべきであろう」
私が話し掛けるとそれに乗っかってくれた。先日の一件とは、例の口止めされたキルマ男爵邸での顛末。あの時はタイミングと相手が悪かったと思う。それに鍛え直すにしても、この寒空でキャンプは辛いんじゃないかなぁ。
「あ、あの差支えが無ければ、隣に息子夫婦の家があるので、そこに泊まって頂くと言うのは如何でしょう?」
「大変有り難い申し出なのだが、構わないのだろうか?」
「リアンさんも良いわよね?」
「あ、は、はいっ! 中を少し片付けなけないといけませんが大丈夫です」
「みなさんのお心遣いに感謝する」
「なら、午後から私とカレン、リアンの三人で片付けましょう。カノンはゼーフェルヴ様の接待ね! あと、アレもお願いね」
母さんの提案に、オリガ・ゼーフェルヴが乗った。案外、厳しい寒さは想定内でも暖かい場所があるのであれば、それに越した事はないのだろう。話はスムーズに決まり、あとで母さんが村長さんへ話を通しておくとの事。
ちなみにアレとは<ストレージ>に入れて持ってきた半分に割った丸太の浴槽の事である。秘密基地に行った際、母さん達三人は相当にお風呂を気に入ったらしく、しきりに持って帰る様に言ってきた。今では家の裏に簡易の流し場と衝立を設けて、二日に一回の割合で入浴している。その際のお湯作りが私の新しい仕事である。
と云う事で、母さんの指示の元、急遽、午後から母さん達はアルタ兄さんとリアン義姉さんの新居の荷物を片付けて、オリガ・ゼーフェルヴ一行に空いた部屋に泊まって貰う事になった。
そして私は、その間、オリガ・ゼーフェルヴ以下二名の警邏隊メンバーの樹海の探索案内といった接待をする様に仰せつかった。つか、面倒事を振られた。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。読んで頂き有り難うございます。