第〇五〇話
エンヤさんに貰ったメモ紙を片手に砂糖作りを始める。横から母さんがそれを覗いてきたけれど「……何書いているのかさっぱり判らない」と言っていた。日本語で書いてあるから当然だ。誤魔化すのが面倒臭いので言い訳はしない。
買ってきた鍋でお湯を沸かし始めて、その横で甜菜の皮を適当に剥いて均一な大きさでサイコロ状に切る。甜菜と知らなければ鍋物に投入する野菜みたいだ。丁度よくお湯が沸騰前ぐらいになったので、ミトンを使って鍋を竈から外して、切った甜菜をぶち込んで一時間ぐらい放置する。「手順がポーション作りや薬剤作りに近いかもしれないわね」とは母さんの弁。
三分間で調理するテレビ番組宜しく、簡単に出来れば最高なんだけれど、仕込みも無しに、影からこっそり途中経過の出来合いの物を出して省略する裏技を使える訳も無く、ただ、ただ、適した時間が来るのを待つだけだ。
母さんと二人きりなので騎士団に勧誘された話をする。母さんは「冒険者の仕事をするって言っていたのに、如何して騎士団から勧誘を受けるのか……、しかも魔法学園って……、ノーセロの街で何をすればそうなるのよ……」なんて口にして頭を抱えていたけれど、最終的に「私達の生活は現状でも如何にかなる。貴女の人生なのだから、それは自分で決めなさい」と言われた。
信頼されてると見るべきか、放置されたと見るべきか、家の事は大丈夫だから好きにしろって前向きに考える事にした。
会話をしている最中、母さんは先の盗賊騒ぎで消耗したポーションや傷薬の素材の下拵えをしていた。竈の火が勿体無いし、盗賊騒ぎから、道具類に触っていないらしく、調合部屋の片付けはしていたらしいけれど、折角なのでポーションや傷薬を作ろうって話になったからだ。こちらの下拵えがひと通り終わった辺りで再び砂糖作りに移行する。
メモ紙の手順に従い、鍋の中にある甜菜の欠片をザルで濾して、再び汁を強火で灰汁を取りながら煮詰める。やがて汁を掻き混ぜる手にほんのりと抵抗感が出てきたので、火から少し放しつつ更に煮詰める。白っぽい水飴状になったので火から降ろして固まり始めるまで掻き混ぜる。うーん、思ったよりも重労働だ、腕が痛い。この間に母さんは私の作業を横目にポーションや傷薬の仕込を始めていた。
頃合を見計り、固まり始めた薄茶色の物体を皿に移して冷えるのを待つ。なんと言うか、想像していた様な白いお砂糖じゃない。メモ紙の最後にエンヤさんのコメントが書いてあった。
「日本で見かける精製された白いお砂糖は体内に吸収しやすく体質にも依るそうですが成人病のリスクがあるらしいです。こちらの手作り砂糖の方が健康的かもです。だからと言って余り糖分摂取し過ぎない様に気を付けて下さいね」
……健康的に健やかに長生きしろって死神のお姉さんからの指示だ。糖尿病にならない様に気を付けよう。私は冷えて固まった薄茶色の塊を砕いてひと欠片口に入れてみる。今世で初めて食べた手作りの砂糖は、ほんのりとした甘さが口の中に広がり、砂糖作りの作業で感じた疲労を払拭するに値する出来栄えだった。……久しぶりの甘味うんめぇ。
なんて感動している私の脇からにょっきりと現れた母さんも欠片を一撮み口に含んで「……家畜の餌で本当に砂糖が出来たよ」と呟いていた。私は心の中で「また甜菜を仕入れねば」と誓うのであった。
料理の基本、調味料のさ行。「さ」であるお砂糖ゲットだぜ!「し」は塩で岩塩が有るし、「す」は酢で酸味の有る物を代用すればいいかな。「せ」はお醤油で塩の「し」と被るから「せうゆ」と読んだっけ? 「そ」は味噌の「そ」だっけか。この二つ「せ」と「そ」は大豆を使うのは知っているけれど、確か麹菌を必要とした筈。……どうやって手に入れるんだよ? って事で、知識チートや生産系チートなんて持ってないので「せ」と「そ」は造るのを断念。そもそも私は料理自体出来ないし、無い物強請りはしない方向で。
母さんがポーションや傷薬作りの傍らで出来る事を知って「自分でも作ってみようかしら」と言っていたので「良薬って苦いじゃない。丸薬に限定されるけれど、砂糖で包めば子供なんて嫌な顔しないで飲んでくれるんじゃないかな」って答えたらパチンと指を鳴らして「それだっ! 流石私の子供! カノン偉い、偉い!!」って私に抱きついてきた。うぐっ、確かに今の私は子供だけれど、なんだけれどー……まぁ、前世では普通の事だったんだけどね。そんなこんなで午前中に砂糖作りを終えた。ついでに母さんのポーションやら傷薬等等も出来た模様。
居間に戻るとカレン姉さんがホーンラビットの下拵えを終えたのか、ひと段落してお茶を飲んでいた。リアン義姉さんが実家の方に一羽持って行ったと話をしていたら、丁度よくリアン義姉さんが戻って来たらしく、玄関の扉を開け閉めする音が聞こえ直ぐに居間に入ってきた。
実家にホーンラビットを持っていったら向こうのみんなが凄く喜んでいたけれど、お父さんが触発されて「盗賊の所為で村の雰囲気も暗いし、もう直ぐ冬だから、それに向けて食料の、いや、元気の源である肉の確保に、明日の朝から有志を募って狩りに出る!」って、村の狩り仲間の所に出掛けて行った話をリアン義姉さんがしてくれた。リアン義姉さんのニコニコした顔を見ると、お父さんがやる気が出したので嬉しかったのだろう。家だけじゃなく他の家でも、村中で鬱屈した気分を味わっていたのかもしれない。
それならばと、私もみんなに元気になって貰いたいと思い、以前話した湖の秘密基地へ、私は魔法を背負っていけるのでそれ程掛からないけれど、普通は片道半日以上掛かるので一泊二日のキャンプの形で気分転換に行ってみませんか? と誘ってみた。母さんは以前から薬の素材採取を兼ねて樹海の奥に行くのに乗り気だったけれど、カレン姉さんとリアン義姉さんは少し悩んだ後「野宿の一泊二日って初めてだけど大丈夫、だよね」「足手纏いになるかもしれないけど行ってみたい」と色々と不安がある様だけれど最終的に了承してくれた。
開拓村では朝晩の一日二食なので、昼はお茶で一服した後「必要な物が有るなら<異空間庫>に入れて持って行くから用意してね」って事で、午後からみんなそれぞれに明日明後日のキャンプの準備を始めた。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
読んで頂き有り難うございます。