第〇四九話
これと言った土産話も無く、冒険者ギルドで請け負った魔力茸の依頼と街の中を彼方此方郵便物の配達して走り回った依頼の話ぐらいしかなく、当然、キルマ男爵家の顛末、吸血鬼とその眷属の話は出来ないまま、それでも家族は私の話を興味深そうに聞いてくれた。久しぶりのまともな晩御飯は美味しゅうございました。あとで母さんに騎士団の勧誘の話をしなければ……。
食後の一服の時間。みんなにお茶が配られる。部屋の中にほんのりと柔らかなハーブの匂いが漂い、一口飲むと気分が落ち着付く感じがする。母さんがみんなの精神安定の為に調合したのだろう。そんな雰囲気の中、みんなにお土産を買ってきた事を話をして、それぞれをを三人に手渡した。母さんには魔力茸の依頼料金の半分を約束をしていたので、銅貨五枚、五百ダラーもプラスして渡した。「……本当に五百ダラーだよ」と呆れていた。
カレン姉さんとリアン義姉さんは喜んでくれたのだけれど、母さんから「アンタ、自分の分は?」って聞かれたので「みんなのお土産なので自分のは買ってない」と答えたら「お洒落に気を使えといって送り出したのにアンタって子は……」と頭を抱えていた。私は話を誤魔化す様に、明日の午前中、薬剤調合部屋を貸して欲しいと申し出た。母さんは少し思案顔になり、私が何をするのか興味が湧いたのか了承してくれた。
街の市場で見つけて買ったカブに似た甜菜を見せて、これを使って砂糖作りをしたいのだと説明した。したのだけれど「カノン。それって家畜の餌……」「しっ、黙ってなさい!」とはカレン姉さんと母さんの小声での遣り取りが聞こえた。みんなは生温い笑顔で私の話を聞いていた。……どうやら信じていないらしい。
そんな会話を交わしながら、お茶を何杯かお代わりして、ちょっと早いけれど寝る時間になったのでトイレに行って湿らせたタオルで身体を拭いて寝る準備をする。……久しぶりに秘密基地のお風呂に入りたいなぁ。なんて思ってしまう。
カレン姉さんとリアン義姉さんは母さんに連れられて彼女達の部屋に向かった。精神安定のハーブを使ったお茶で心を落ち着けさせても、夜になると当時を思い起こして悲しみや辛さ、恐怖が溢れ出るのかもしれない。
前世で両親を共に病気で亡くした時に妹が情緒不安定になって似た様な感じになっていた。自分は喪主として葬式の準備やら色々な手続きやら、親戚や仕事交友関係先との連絡の遣り取り等等。何も考えられないまま彼是動いていたから悲嘆に暮れる暇も無かったけれど、四十九日を過ぎてひと段落した辺りに、突然、ぽっかりと穴が開いて何も考えられなくなって、緊張の糸が切れたのか倒れこむ様に横になって眠りに落ちた。
その日、見た夢は未だに忘れられない。夢の中で普通に会話をしていた両親が突然「さようなら」とひと言呟くと、二人の身体がグズグズに崩れ落ちて、私はそれを両手で懸命に掬い上げ、泣きながら口の中に入れて咀嚼して食べる。そんな夢。この時に初めて両親の死を噛み砕き受け入れたのだろうと目が覚めてから思い至った。爺さんと婆さんが亡くなったのはその暫く後で寿命と云う事もあり両親ほどの衝撃は無かった。
そして自分が五十歳で、両親が病死した年齢に近い年齢で過労死して、死神に因ってこの世界に飛ばされた。人の死に、慣れたくはないけれど、目の前で父さんとアルタ兄さんが殺されて母さんの背中を傷付けられた時は逆上してしまった。それでも現実を受け入れ淡々としている自分が居る。前世の記憶持ちの自分と比べる訳にはいかないけれど、家族には乗り越えて欲しいと思う。
私はそんな事を考えながら彼女達を見送って、自分の部屋に戻って眠りに付いた。
顔を洗って準備された軽く朝食を摂って朝の団欒。お茶で一服した後、流れる様に母さんの薬剤調合部屋へ移動する。その前に、カレン姉さんには<ストレージ>から取り出したホーンラビット二羽を渡す。一羽は我が家の晩御飯用で、もう一羽はリアン義姉さんの実家へお裾分け用で、一緒に下拵えをして貰うつもりだ。
「その分だと、まだ隠し持ってそうね」
「うそっ、まだ温かい。ちゃんと血抜きして冷やさないと折角のお肉が不味くなる……」
「カノンさん、有り難うっ! お父さんも、向こうの家も喜ぶわっ!!」
お母様、在庫は大量に抱えているんで暫く肉には困りませんよ。つか、ブラックベアを出すタイミングが全然無いんですけど!? 今暫くは死蔵が続きそう。カレンお姉様、<ストレージ>の機能を説明していたけれど、実際に時間が止まってるのを目にすると吃驚しますよねぇ。
つか、その二羽のホーンラビットは締め方が判らなかった初期頃の物です。済みません、一応、新鮮だけれど古いヤツなんです。リアン義姉さん、昨日の夜、実家のお父さんが「盗賊の影響でまだ狩りに出られないって、肉が食いたい」って、ボヤいてたって言ってましたよねぇ。我が家の分まで親横行してあげて下さい。
カレン姉さんとリアン義姉さんの二人にホーンラビットの下拵えをお願いし、私は母さんと薬剤調合部屋で砂糖作りを始める事にする。ちなみにホーンラビットの角は、他の薬草と煎じて調合すると風邪薬になるので、後で調合部材として貰う事になっている。
母さんが道具は如何するのかと聞いてきたので、ノーセロの街で買ってきた鍋とザルを取り出す。……包丁と灰汁取り用のお玉を買い忘れてた。慌てて台所に行って、作業している姉さん達に断って包丁と灰汁取り用のお玉を取ってきた。
私のそんな姿を見て母さんは「本当に大丈夫なんでしょうね」みたいな表情で苦笑いしていた。……正直やってみないと判りません。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
読んで頂き有り難うございます。