第〇四七話
女騎士オリガ・ゼーフェルヴに見送られ騎士団本部を後にするも、冒険者ギルドまでの広場を横断する短い道すがら、何度か気になって振り返ると、その度に彼女は本部内に戻らず笑顔を湛えこちらをずっと見ていた。その溢れ出る期待感と言うか誘いを断るなよって言う重圧なのか、そんな思いが透けて見えて苦笑してしまう。
冒険者ギルドの中に入ると書き入れ時を過ぎてしまったのか、先程よりも人は減っておりフロントロビーの喧騒は少なくなっていた。依頼票の張り出されていたボードの前に行くも結構な枚数が抜き取られて歯抜け状態で、自分が受けられそうな依頼も、これと言って無さそうだった。
口止め料という名の臨時収入も有った事だし、家族に何かしらのお土産を買って帰ろうと思い、ミュンさんに開拓村の方へ戻る事を告げる為に受付カウンターに向かった。ここも並んでいる人が少なく、それほど間を置かず私の順番になった。
「……開拓村へ帰郷、ですね。了解しました。ちなみに話は変わりますが、騎士団の出頭要請なんて、何をやってオリガ……彼等に目を付けられたんですか?」
「あぁ、今朝もそんな感じの話をしようとして拉致られたんでしたね。別に、悪い事はしていませんよ。ただ、ちょっと……」
「冒険者ギルドとしては変な揉め事など遠慮して欲しいのですけれど、そこ等辺は大丈夫なんですね?」
「あ、はい。何を如何したって訳じゃないんですが、どこぞの貴族に仕官しないかって勧誘を受けまして……」
「えっ、えぇっ? カノンさん、騎士団の、貴族の勧誘を受けたのですか!?」
「……ミュンさん、声が大きいのです」
「す、すみません。予想外の話に驚いてしまったので……」
その通りなのだけれど、こんな小娘に騎士団が出頭要請して来るんだ。悪い方を想像していた様だから予想外もいい所なのだろう。とは言っても、勧誘自体は秘密にしている訳では無いので聞かれても構わないのだけれど、最近悪目立ちしている感じがするので、変に目立ったり、噂とかされるのも嫌だなぁって願望。現在フロントロビーに人が少ないといっても他に聞こえている人も居るだろうから、その願望は無駄なんだろうけれど。
実際、隣に居る別の受付のお姉さんは目を点にしてこちらを見ているし。ミュンさんと隣のお姉さんの反応を見ると騎士団や貴族の勧誘って珍しい事の様だし、今朝の人が多い書き入れ時に騎士団の人に有無を言わせず拉致られたのだ。タンカーの原油流出が如く、気が付いたらあっと言う間に知らない場所にまで広まってる可能性は有りそう。なんて思っていると、ミュンさんは先程より音量を絞った声で興味が有りますって感じの言葉を続けてきた。
「騎士団や貴族の方が勧誘すると言うのはその人に余程の才能を見出したからだと思いますが、その誘いを受けるんですか? あと勧誘された理由をお聞かせ頂いて宜しいですか?」
「誘いに関しては正直迷っています。仕官する前に成人するまでセーレム魔法学園で勉強して来いって言われましたし……」
「せ、セーレム魔法学園ってイーシン東北州で最大の魔法使い養成学校……ま、まさか、カノンさんに魔法の才能が……」
ミュンさんはガタリと音を鳴らして椅子を後ろへ跳ね飛ばし、カウンター越しに両手を付いて身体を乗り出しながら小声で訊ねてくる。その行動を見て隣のお姉さんは何事かと聞き耳を立て、こちらを窺っている。小声での会話は余り意味が無さそうだ。
「使えますよ。それを騎士団の方に見られた所為で勧誘されました」
「そう、でしたか」
私が簡潔に答えるとミュンさんはカウンター越しだった身体を戻して天を仰ぎ力尽きた様に、椅子を後方に跳ね飛ばしていたのに気が付かず座ろうと腰を下ろして、そのままお空振り、バランスを崩して勢いよく尻餅を付いていた。
カウンターの影になっていてよく見えなかったけれど、なんとなく痛そうな音がした。椅子が横に倒れていた様でその上に尻餅を付かなくて良かったと思う。隣のお姉さんも寄ってきて介抱していた。ミュンさんは隣のお姉さんに「大丈夫、大丈夫、有り難う」と言いながら椅子を引き戻して座り直した。
「ふぅ、痛たた……。恥かしい所を見られました」
「凄く痛そうな音がしたんですが大丈夫ですか?」
「お、お尻が二つに割れてしまいました」
「……お、おぅ」
ミュンさんは苦笑いをしながら照れ隠しの為かそんな冗談を言っていた。先程の会話から私が昨晩の男爵家での騒動、凶悪な暴漢の襲撃と撃退に絡んでいると察した様だった。溜息をしながら「あまり危険な事には首を突っ込まないでくださいね」と釘を刺されてしまった。
その流れで、補足事項っぽい話を付け加えられた。「貢献度だけ注意して貰えれば、騎士団の所属、貴族の所属でも継続して冒険者ギルドに加入出来るので、このまま在籍していて下さい。それと移動の際には現地の冒険者ギルドに一度は顔を出してくださいね」と言われた。
冒険者ギルドでも人材確保や登録人員の所在をはっきりさせて置きたいのだろうと推測出来た。こちらとしても他の場所に行って再登録とか面倒臭い事はしたくない。私はひと通りの会話をして挨拶を済ませ、冒険者ギルドを後にした。
さて、家族にお母さんや姉さん達に何のお土産を買って帰ろうか、そんな事を考えながら街に出た。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。