第〇四六話
私は、女騎士オリガ・ゼーフェルヴに首根っこを掴まれ、まるで親猫が仔猫を運ぶ様に、では無いけれど、彼女に片手でぶら下げられて、騎士団本部の廊下を好奇の目に晒されながら、奥に在る小部屋に連れ込まれた。
以前、警邏隊の者に連れ込まれ三対一の圧迫面接から一転して愚痴を聞かされた取調室っぽい部屋。真ん中に置かれた机を挟み、今回は私とオリガさんの二人だけで、対面になって座っている。
「さっさと用件を済ませて欲しいのですがー、えーと、ゼーフェルヴ、様?」
「そう、だな。先ずは昨日のお礼を言っておこう。カノンさん、キルマ男爵と騎士団隊長と騎士団の皆にポーションによる治療をしてくれたお陰で大した怪我も無く、凶悪な暴漢も撃退出来た。騎士団から心より感謝を伝える」
そう言って彼女は頭を下げた。ふむ、特級ポーションの効果が有って後遺症も無さそうで何より。それに串焼き屋台のおっちゃんが噂していた通り、凶悪な暴漢の対処、撃退という事にしたのか、な? そのお礼のお招きですか、ご苦労様なこって。
「……如何致しまして。ただ、私は私の為にした事なので気にしないで下さい」
私の言葉に彼女は少し前屈みになり机の上に胸を置いて肘を突き顎の辺りで組んで笑みを浮かべながらこちらを窺っている。国連所属でどこぞの特務機関の指令宜しくポーズを……って、胸を机の上に置いただとぅ! 会話中に視線誘導とか、思わず目が行ってしまうだろうが! なんてけしからん女だっ!! 私が男だったら引っ掛かるだろうが!! ……あ、精神的には男だった。
「ふふ、君は本当に十歳の少女なのか? その瞳、以前もそうだったが、普段は黄金色なんだな。昨日の紅い瞳と違って随分印象も変わって見えるよ」
私の揺れ動く視線を如何捉えたか判らないけれど、多少の勘違いを含んでいる様で助かった。いや、私の外見は少女なのだ、彼女に対して、大人の女性に憧れる者として、決してヤマシイ心で見ている訳じゃないんだ。と言い訳をして、ちょっと冷静になれ自分。よ、よし、話を続けるぞー。
「そ、それだけの為に私をここに?」
「それだけとは言ってくれるな。まぁ、そうだな、端的にお前に興味が有る。なんと言っても騎士団ですら把握していなかった存在、吸血鬼と眷属を知っていた者として、な」
思わず目を逸らしてしまう。自分の欲求で甘味を、砂糖の作り方を知りたかった代償とか、ましてや死神の言葉に従っただけなんて言えない。言える訳が無い。
「……他にも色々だ。あの特級ポーションの事とか、その歳で何故あそこまで魔法を使えたのか。……それを別にして、強いていえば、今回の件の口止めと、脅迫」
笑顔でそんな言葉を吐かないで欲しいなぁ。それでなくても顔立ちが綺麗に整っている美人さんだから怖さに凄みがあるのですが……。
「その二つの単語は、穏やかじゃなく、とてもキナ臭い言葉ですね」
「まぁ、そうだな。あとは……お前の将来に付いての提案、だな」
「うへぇ……」
提案という名の強制っぽい。人の将来を、未来を勝手に決めないで欲しいと、私は渋い顔をする。
「まぁ、そんな顔をせずに聞いてくれるかな、カノン。先ずは、話の建前、から……」
凶悪な暴漢は赤マントを羽織り、昨日の夕方頃キルマ男爵邸を襲撃した。その際、キルマ男爵家所属の騎士団が賊の迎撃に当たった。相手は中々の手練れでキルマ男爵や騎士団隊長が倒され劣勢に立たされた。賊は世間を騒がせている怪人赤マントだった。
そこへキルマ男爵の次女マチルダのお見舞いに来ていたゲーノイエ伯爵家四男レイナード・ゲーノイエと御付の宮廷魔術師ルーリエ・セーブルが助っ人ととして介入した。だが二人は運悪く怪人赤マントの凶刃に倒れる。そんな物語。
ちなみに、怪人赤マントの噂、イコール、レイナードが街娘を襲っていた事案に便乗する形で、幻の凶悪な暴漢を仕立て上げたそうだ。
ここからが口止めの件。宮廷魔術師と四男の話。
ブリタニア帝国より送り込まれた宮廷魔術師ルーリエ・セーブルは植民化推進派の急先鋒。イーシン総督府に働きかけ独立派の連携を切り崩す為、キルマ男爵家に対し、ゲーノイエ伯爵家四男レイナードとキルマ男爵家の長女マチルダとの政略結婚を持ちかけた。
更に裏では盗賊を煽動してキルマ男爵領内の混乱と本国に対する恭順を促し他の独立派に対する牽制を行う。近隣の貴族領、同じ独立派として約一年ほど前にシスイ侯爵から情報共有と連携の為に彼女、士爵オリガ・ゼーフェルヴが従士と共に派遣されてきたのだそうだ。
ちなみにキルマ男爵はレイナードとの初見時に、当時既に宮廷魔術師ルーリエ・セーブルの眷属と化していた彼から死臭を嗅ぎ取っていて、本能的に反対していた。が、当人達は父親の思いに反し、宮廷魔術師の思惑通りに動いた。
これはレイナードの<魅了>の所為なのか、今となっては確かめる事が出来無いけれど。その後、時間が経つにつれて理性が失われ眷属化していくレイナードが街の者達を襲う様になり、暴走の果てに今回の一件へと繋がった。
あの御大、キルマ男爵は幾多の死線交わるの戦場を渡り歩いた猛者で有ったが故、死の臭い関しては敏感だけれど「まさかレイナードのお付の宮廷魔術師ルーリエ・セーブルが吸血鬼だとは思わなかった」とは、昨晩の事後に口にした言葉なのだそうだ。そう目の前の女騎士、オリガ・ゼーフェルヴは補足した。
最終的に凶悪な暴漢の撃退として処理されるが、宮廷魔術師ルーリエ・セーブルの正体、吸血鬼の存在は余程重要らしく、今回の一件でゲーノイエ家に対してアドバンテージが出来て、最良で独立派に引き揉めるか、最悪でも中立派の立場を取らせる事が出来そうだ。との事。既に工作に動いているそうだ。
机の上にジャラリと小袋が置かれた。中身は銀貨三十枚で三万ダラー。一介の冒険者に成り立ての十歳少女に払うお金としたら破格。これは私に対する口止め料、なのだそうだ。ここまでが内緒の話らしい。で、徐にオリガ・ゼーフェルヴはそれを机の端に寄せる。そして―――――。
スラリと抜かれた剣が私の喉元に突き立てられる。ここからが脅迫、か。私の頬に冷や汗が流れる。その状態で女騎士の口から衝撃的言葉が発せられた。
「さて、先の物語に登場していた人物、凶悪な暴漢なのだが、それはカノンさんいや、カノン、貴女だった」
な、なんだって―――――っ!!!???
私は、ただの通りすがりの村人Aは、街娘を襲って、歴戦の猛者である男爵と騎士団を相手に一歩も引かずに、お貴族様の四男と宮廷魔術師を単独で屠れる凶悪な暴漢と言う事になってしまった模様。……字面にすると確かに恐ろしい手練れだな。野放しにしちゃいけないヤツじゃん。
オリガ・ゼーフェルヴは言葉を続ける。昨晩の目撃者は屋敷の敷地内に居た者達と壁の外で中を窺っていた野次馬達。中に居た者は口裏を合わせればいいし、外の者達は嘘と真実の曖昧な情報をリークする者としての利用価値がある。……では、第三の存在、実際の襲撃者撃退の立役者の少女の扱いは?
あぁ、口止め料を払わずに、物理的に口止めする訳ね。貴族らしい発想である。
伯爵貴族の係累と総督府所属の宮廷魔術師を殺めた大罪人としてイーシンを含めた帝国領全土で指名手配されるか、今後はこいつ等に協力して、まんまと逃げおおせられるか。或いは今ここで私が消されて何もなかった事にされ、こいつ等は淡々と素知らぬ顔で事後の処理を進める、か。私の選択肢はそんなに多くない。
凶悪な暴漢は所詮彼女とキルマ男爵辺りが作り出した幻。当該人物は生きていても死んでいても構わない。むしろ死んでいた方が情報の漏れる可能性はゼロになる。他に、迂遠な方法だけど家族を人質にする事も出来る。この場の主導権はこいつ等、独立派の侯爵や男爵、騎士団が握っているといったアピールか。……でも、そうする理由が弱い。
あくまで脅迫という名の虚勢だろう。実際、彼女は突き付けていた剣を引き、言葉を続ける。本命は……。
私の将来に付いての提案、もとい、懐柔。その魔法使いとしての才能が惜しい。将来的にオリガ・ゼーフェルヴの主であるシスイ侯爵家に仕官する気は無いか? という事らしい。費用はシスイ侯爵家が持つので、成人年齢の十五歳まで独立派の運営するセーレム魔法学園の門戸を叩かないか、と。落とされてから持ち上げられたくさい。どうやら私をイーシン独立派、自分達の手駒として取り込みたいらしい。
なんとなくオリガ・ゼーフェルヴの発する匂いから、彼女の独断専行っぽい話な気もするけれど、キルマ男爵は最終的にシスイ侯爵家の決定に従うそうだ。現状、ドラフト仕官の優先権はシスイ侯爵家にあり、の様だ。
ただ、今更、精神年齢六十歳で、好奇心が惹かれる事を別にして、また勉強なのかと、私は全力で嫌な顔をしてしまった。そんな私を見てオリガ・ゼーフェルヴは苦笑いして、直ぐに決めなくてもいいと言ってくれた。
冒険者ギルドから拉致られて、一時間にも満たない面談。私は銀貨三十枚の入った小袋を受け取り騎士団本部を後にした。見送りの為、本部入り口までオリガ・ゼーフェルヴが出てくれたのだけれど、その際に「いい返事を期待している」と言葉を掛けてくれた。士爵位を持つお姉さんは私が断る事を考慮していないらしい。
私の今世の目標は田舎でまったりスローライフなのだけれど、自分で突っ込んでしまった片足は、己の思いとは別の方向へ、一歩も二歩も遠退いた気がする。
読んで頂き有り難うございます。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
2020/09/13 ひと晩開けて読み直したら、書き忘れの部分と若干気に入らない部分が有ったので、700文字ぐらいの追記修正しました。