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散文の後/南風  作者: 新辺守久/小珠久武
第〇四幕 死を刈る者
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第〇四四話

 宮廷魔術師ルーリエ・セーブルの全てが灰に変わり、霧散して飛んでいくそれを見て、慌てて<ストレージ>から、手に持っていた弓と入れ替えに、狩った獲物を入れる用のズタ袋を取り出して、彼女だった遺灰を確保する。前世で爺さん婆さんの火葬をした以来の遺骨拾いみたいだ。……つか、今回は素手で集めているけれど。


 膝を付いて、飛び散る遺灰を手で一所懸命に集める自分の姿を、前世の高校野球の甲子園大会で負けて土を持ち帰る球児っぽいな。なんて重ねて考えてしまう。その流れでついつい今回の反省をしてしまう。


 私と宮廷魔術師。最後は互いに警戒して動きを止めて決め手も無いまま、内心、本当にこれでいいのかよ。な急造ハリボテ魔法が上手く機能してくれたから最後を決められたものの、そうじゃなかったら、相手が素早い動きをして攻撃を避けたら、狙いが付けられなかったら、魔法が上手く機能しなかったら、この世界で揉まれた経験値の差で逆に自分が追い詰められて危険だったのかもしれない。彼女にはそんな余裕があった。なんとか偶然で勝利を得られたけれど、内容的には惨敗な気分だった。


 それと、今回のアンデットや吸血鬼ヴァンパイアはなんだかんだで、意思を持った人型で、多少なりと対人戦に忌避感が出るかと思ったけれど、前世でウィルスゾンビゲームをやっていた所為か、倒した事にそれほど嫌悪感が無い。事前情報で怪物という認識があった所為も有るからなのか。以前、開拓村が盗賊に襲撃を受けた時よりも、人の生死に関する感覚が麻痺してきたのかもしれん……気を付けないといけないと思ってしまう。


 彼是あれこれ思考を巡らせていたけれど、身体は無意識に動いていて、質量的に随分足りなくなってしまったけれど、宮廷魔術師の遺灰集め終わった。同じ様に、もう一つズタ袋を用意してレイナードの遺灰も集め終えている。そのタイミングでエンヤさんが話し掛けてきた。


「カノンさん。これが残りの情報、甜菜てんさいから糖分を取り出す手順です。ではこれで。また今度、仕事抜きでお会いしましょう」


 几帳面な文字が書かれたメモ紙を見ながらエンヤさんの言葉を反芻する。んー、前世から通して初めての女性からの有り難い申し出だけれど、これは多分、簡単に仕事の愚痴が言える都合のいい相手だと認識されているだけだろう。上司や同僚に吐露出来ない事も有るだろうし、それならば、お酒でも用意しておけば面白い話が聞けそうな気がする。


「お茶じゃなく、お酒を用意しておきますね」

「中身はアレですが、今の貴女は未成年です。他にもよこしまな思惑もありそうなので遠慮しておきます」


 ばれてたか。私は苦笑いでその言葉を肯定する。彼女は笑みを浮かべて右の人差し指で額を小突いてくる。そして「それでは」と、言葉を残しエンヤさんは姿を消した。


 同時に男爵家の庭から重圧と威圧感が消えた。辺りに居た騎士達は安堵の溜息を吐いて一様に脱力していた。


 よく見ると怪我人が何人かいる様なので、大盤振る舞いで特級ポーションを振り掛けて歩く。少女に制服や鎧を剥かれるいい歳をした騎士のおっさん達の姿はなんともシュールな光景だった。そしてみな大人しい。手間が掛からなくて助かる。


 ひと通り彼等の治療を終えて、キルマ男爵と女騎士に立つ。能面の様に表情を無くしこちらを見上げていた。「討伐部位が判らなかったので取り敢えず、遺灰を集めておきました、ご査収下さい」そう言って、二人の前に遺灰の入ったズタ袋を置いたけれど「あぁ……」とか「えぇ……」とか、返事が曖昧なままだった。まだ現実に戻ってきていないらしい。近くには、いまだに意識を取り戻していない騎士団隊長と泡を拭いて倒れているメイドさんも居るけれどそっとしておく。


 ここに居る者達はお話になりそうにも無かったので諦めて、屋敷の玄関付近の様子を窺う。痩せた方の少女マチルダ嬢はかたきを見るような目で私を睨んで、今にもこちらに向かって飛び出して来そうな感じだった。そんな彼女をもう一人の少女が後ろから抑えている。姉妹なんだろうな。どちらが姉で妹か知らないけれど。……ああ、マチルダ嬢にレイナードの最後の言葉を伝えないとな。


 彼女達に近づくと、そこに居た者達は明らかに警戒感を露わにした顔付きになった。私としては、どうせ顔を合わせるのは今だけだからと開き直って声を掛ける。レイナードの最後の言葉を「マチルダさんと一緒に生きたかった」と、若干脚色して伝えた。彼女は目に涙を浮かべ下唇を噛みながら思いっきり私のほほを平手打ちにして、屋敷の中へ駆けていった。もう一人の少女がそれを追いかける。


 ナタリー夫人とお付のメイドさんはオロオロしていた。セースケ氏は軽くお辞儀をしてくれた。……嫌な役割だ。手の平を張られた頬をさすりながらその場を辞した。他人の家の揉め事に勝手に首を突っ込んで掻き乱して、全然、思った通りの展開じゃなかったけれど。用も済んだので、さっさとこの屋敷からおいとまするに限る。……千ダラー銀貨の回収も難しそうだし、損失の大きさにガックリと肩を落として屋敷の正面門から外に出た。


 キルマ男爵家を出ると壁の隙間、鉄柵部に陣取っていた覗き連中と目が合った。その瞬間、互いに笑顔になる。少し間を置いて彼等は物凄い勢いで散っていった。遠目ながら庭の出来事を一部始終見られていた様だった。また、変な噂が広がりそうだ。


「ふひっ」


 変な笑い声が出た。開拓村でも同じ様な事が無かったか。ここでも同じ事の繰り返しだ。<ストレージ>から朝方屋台で買った串肉を取り出し、精神的ストレスを発散する様にかじりながら小腹を満たし、トボトボと何時もの宿、<新緑屋>に向かう事にした。砂糖のレシピを貰えると率先して絡んでみたらこの有様だよ。学習していないなぁ、自分。そんな事を思いながら。


 とは言え、折角、材料を揃えてエンヤさんから作り方を書いたメモ紙を貰ったんだ。明日の朝方、冒険者ギルドに顔を出したら、しばらく開拓村に雲隠れして砂糖を作ってみよう。と、そう心に決めるのだった。

更新は気分的に、マイペースに、です。

我が妄想。……続きです。


2020/09/06 前話、第〇四三話 一部修正しています。

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