第〇三八話
夕暮れ時、キルマ男爵の屋敷の庭で、ノーセロ騎士団と仮面を着けた赤い小僧、レイナード・ゲーノイエが対峙している。
多対一、騎士団が複数人で赤い小僧を取り囲んで幾度と無く剣撃がぶつけ合い火花を散らしている。今の所、双方とも均衡を保っているけれど、騎士団の方が数が多く言葉遣いも荒くて悪者みたいな感じがした。時代劇の悪代官の手下さながら、赤い小僧相手にチャンチャンバラバラな殺陣を演じている。
赤い小僧は時折、魔法を使っているのか、口をもごもごと動かし最後に魔法名なのか「<ストーンバレット>っ!!」と言葉にして石礫を飛ばし、騎士団を牽制、または細かいダメージを与え翻弄しながら相対している。
この世界の人間が魔法を使うのを初めて見たけれど、呪文らしきモノを唱えて発現させるのか。しかし、赤い小僧、剣も魔法もなかなかの使い手の様だった。ただの変態仮面じゃなかった模様。……こうやって見てると、どちらが正義が悪玉か判らんもんだね。なので、一応確認。
「で、あれは何をしているんです?」
「部外者であるお前には関係の無い」
ですよねー。女騎士は素気無く答えを反してきた。確かに私は不法侵入者なただの通りすがりで怪しさが大爆発だからねぇ。
「……先日、領都へ盗賊を護送した報告を騎士団隊長様ご一行が報告にいらしていたのですが」
「そ、その面談中にレイナード様がお見舞いに来たと連絡が入ったのです」
おお、女騎士の代わりにキルマ男爵と騎士団隊長の介抱していたメイドさん達が、片方が一瞬「えっ、話しちゃうの?」みたいな顔をしたのだけれど、一人が話し始めたら堰を切ったように連携して教えてくれた。
「旦那様は予ねてよりお嬢様の結婚には反対の立場を取っており」
「て、丁重にお断り、お帰りして貰う様に指示を出したのですが、彼等は門番の制止を振り切って敷地内に入ってこられまして……」
「改めて旦那様がお出になり、無断で侵入するとは礼儀も弁えられないのかと叱責した所」
あ、済みません。礼儀知らずで……。
「ぼ、僕はマチルダに会いに来たんだ、邪魔する者は排除する。と言って腰の剣を抜いて突然旦那様に斬り掛かり戦闘が始まりました」
「旦那様の不利を悟り、門番が応接間に駆け込み騎士団隊長様を呼んで仲裁に入って貰おうとしましたが」
「す、既に旦那様は怪我を負って地に伏しており、騎士団隊長様も同様に剣撃を受けて応戦を開始しました」
うーん、赤い小僧は自分に楯突く者、意に沿わない者の排除に走るとか、狂犬並みになんにでも噛み付く怖い思考しているなぁ。
「これはただ事じゃないと、騎士団長のお連れの一人が緊急で本部から他の騎士の派遣要請の為に本部へ走った様です」
「暫くして、騒ぎを聞きつけ奥様とマチルダお嬢様とエレクトラお嬢様がやってこられ、その現場を見たお嬢様が悲鳴を上げまして」
玄関先ではナタリー夫人っぽい人と健康そうな少女、あとセースケ氏の三人掛かりで、何かを叫んで暴れているやつれた感じの少女を抑えている。多分、あれがマチルダ嬢、かな。余所見している間もメイドさんの話は続いている。
「それに気を取られた騎士団隊長様の隙を突くようにレイナード様が斬り付けて倒しました」
「流石にこれは拙いと護衛の騎士団の方々と屋敷の門番、警護が取り囲んて応戦を始めたのです」
「私達は旦那様と隊長様の救護を始めたのですが、傷が深く屋敷の治療薬では如何しようもないと諦めかけていた所へ貴女がやって来て」
「これほど効果の有るポーションを融通して頂き、有り難う御座いました。メイド一同代表して改めて感謝致します」
……ペコリと頭を下げて、事のあらましを教えて貰えたのは有り難いけれど、守秘義務ってなんだろう? なんて心の中で苦笑いしてしまう。女騎士の人は苦虫を噛んだ様な顔をしている。まぁ、上が幾ら抑えてもこういった話の好きな下の者達は好奇の対象として噂するからねぇ。ポーションの代金として受け取っておこう。
ふむ。取り敢えず、片方の話しか聞いてないけれど、状況的に仮面の赤い小僧レイナードが一方的に斬りかかって来たという感じだろうか。悪いヤツだな。しかし、この人数相手に無茶しよる。そう思いながら現場に目を向けると赤い小僧が徐々に押され始めていた。魔力切れなのか魔法も使っていない。このまま押さえ込めるか?
「レイナード様っ、もうお止め下さい!!」
ナタリー夫人っぽい人と健康そうな少女、セースケ氏の制止を振り切ったのであろうか。何時の間にかマチルダ嬢が両腕を広げ庇う様に赤い小僧の前に飛び出していた。
一瞬、場の空気、時間が止まった。
赤い小僧が、昨日の夜、私を見た時と同じ様に、獲物を見つけた目をしている。凄ぇ、いい笑みを浮かべている。あっ、これは拙いかもしれん。
私は咄嗟に自分の外套を翻し、<ストレージ>から弓を取り出して、矢を番え弦を引き絞る。軌道修正する風魔法を付与して、直ぐさま矢を放った。多少オーバーアクションなのは<ストレージ>から弓を出したのを外套の中で腰に掛けておいた物だよと誤魔化す為だが、……誤魔化せたら良いなぁ。
矢は風魔法に因って意思を持った様に軌道修正しながら勢いを増して周りを囲む騎士団の者達を避ける様に飛翔して、今にもマチルダ嬢に噛み付こうとしていた赤い小僧の仮面にガツンと音を立てて突き刺さる。
「な、今のはなんだ!?」
「何処から矢が飛んできた!!」
驚きの声を上げている騎士団の連中の目の前で、小僧の仮面が半分に割れて地面に落ちる。
「!?」
「……っ!?」
「んなっ!!」
「……レイ、ナード……さ、ま?」
赤い小僧、レイナードを取り囲んでいる者達が言葉を飲み込む。辛うじてマチルダ嬢が赤い小僧の名前を呼んだ。仮面の下に隠されていた部分は皮膚が爛れ腐っていた。エンヤさんが言っていたアンデット。この分じゃ、顔だけじゃなく身体の至る所が同じくなっているのかもしれないと嫌な想像してしまった。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
2020/08/29 前話、第〇三七話、一部修正しています。