第〇三六話
冒険者ギルドのフロントロビーは朝早くから人が溢れかえり賑わっていた。
掲示板に張り出しされた依頼票を物色する者。椅子に座って、或いは壁際に寄って仲間と駄弁っている者。他のパーティーと情報を交換している者。受付カウンターで依頼の受付をしている者。私と同じぐらいの少年少女達もうろついている。屋内にも拘らず、中々の喧騒だ。そして昨日と同じ様に私に対して幾つかの好奇の視線が集まった。今度から顔を隠せるフード付きの地味な色の外套に変えよう。
掲示板を物色する人垣を避けながら、ランクFやランクEの依頼票が張られている端の方に目を走らせる。何か街の大雑把な配置を覚えられるような都合のいいものは無いものか……。
「おい、お前。お前だよな、あの塩漬けになった仕事請けて終わらせたってヤツは?」
下に張られた物から順に確認しているけれど、これと言って良さげなのが見つからない。「おい、無視すんなよ、お前っ!」おっ、他の街から来た商隊が預かってきた手紙の配達、郵便配達か。街中を彼方此方歩き回りそうだから丁度良さげだな。
「聞いてんのかよ、お前だよ、お前」
「……ああん?」
さっきからお前、お前、五月蝿いな。私が不機嫌そうな目をしてひと睨みすると少年は少し後退った。って、またコイツか。少し前に同じ様に絡んできた例の少年じゃないか。おかしいな、フラグは叩き折った筈なんだが。
取り敢えず、配達の依頼票を剥ぎ取り、保護者連中を探して辺りを見回す。呆れた目をしてこちらを見る一団を見つけた。少年の後ろの襟首を掴んで「ちょ、て、てめぇ、何すんだよっ!」」無理矢理引きずって仲間であろう少年少女の場所まで連れて行く。
「く、苦しいだろ、放せっ! 放せよっ!!」
「この駄犬。アンタ達の仲間でしょ。しっかり首輪を付けて管理して貰わないと困るんだけれど」
「……ぷっ!」
「あははっ、駄犬だってよ」
「な、何言ってんだよ、てめぇはよ!!」
「あ、貴女この前の子、だよね。髪の毛切って纏めてるから、見間違えちゃった」
絡んできた少年は私の言葉を聞いて不満顔になり、それを聞いていた仲間達は噴出したり笑い出したりした。その中のボーイッシュな少女が私に言葉を掛けてきた。同性と云う事もあり、少女は絡んできた少年を仲間に預け、私達は恨めしそうな表情をする彼とその仲間から少し離れた場所に移動して会話をする。
先ず始めに、少女から「私はシャロン、って言うんだけど、毎度ウチの馬鹿が迷惑掛けて、ごめん」と頭を下げて謝ってきた。なので私もカノンと名乗り返す。どうやって少年に付いて文句を言ってやろうかと思っていると、少女、シャロンはそのまま話を続けた。
先程の会話に出てきた塩漬けの依頼だけれど、料金は破格でよかったけれど、時期的に手に入れるのさえ難しい素材で長々と放置された仕事を、冒険者ギルドに登録して間もない女の子が片付けたと、それが私だと聞いて、お近づきに、あわよくば仲間に入って貰いたいなぁ。なんて、みんなで話していたら馬鹿が勝手に先走って不評を買ってしまったので、そんな淡い目論見が外れてしまった。途の事。
「……うーん。シャロンの様に可愛い娘さんから誘われたのであれば多少心がぐらついたかもしれないけれど、基本、私は少年に、男に興味は無いか……あっ!」
「……ッ?!」
わっ、拙い。まだ少し気が立っていた所為か、心の声が駄々漏れになっていた。私の言葉を聞いてシャロンは目を見開いて顔を赤くして固まっている。
「……うわぁ、あの歳で百合とか。マジかー」
「やべっ。俺と付き合う目が殆ど無くなっている!?」
「誰がお前なんか相手にするんだよ、このロリコン野郎がっ!!」
「……あの娘にならお姉様と呼ばれてみたい、気がする」
「……えっ!?」
しかも近場で仲間と相談とか雑談とかしてる風を装い、耳を欹てていた冒険者達も、一部、変な言葉を吐いている輩が居るけれど、私達の会話を聞いていた模様。「君ら盗み聞きとか品が無いなぁ」なんて視線で八つ当たりをする。彼等はそっぽを向きながら苦笑いしていた。
その所為もあり、高揚していた気分も沈み、その場に居た堪れなくなった私は「ご、ごめん。私、この依頼受注するからもう行くね」と依頼票片手に靡かせながら「あ、うん」と辛うじて生返事をしてきたシャロンを残しその場を離れた。
ミュンさんの座っている受付カウンターの列に、さっきの自分の言動を反省しながら並んだ。自分の順番が回ってきた時にミュンさんが「見てましたよ、カノンさん。女垂らし、なんですねぇ」と声を掛けてきたので、自分が蒔いた種とは言え、憮然としながら依頼票を提出したら「あらあら」と、それで居てにこやかに事務処理をしてくれた。多分にからかわれたのだろう。
ランクF<郵便物の配達。計二十ヵ所。依頼料、二十五ダラー。依頼主、商隊代表シガート>
子供のお駄賃ぐらいの料金だけれど、それ以上に市街地の建物や施設の配置を知る為に請け負うので料金の安さは二の次ある。別の窓口で郵便物が入ったケースと受領サイン記入用の筆記用具、街の概略が描かれた地図を受け取り配達場所を回る事にした。
貰った地図を片手に、南東に位置する商業地区や西の職人地区は、店舗を構えている表通りからではなく、裏口から回る様に小さく入り組んだ路地裏を歩き、城壁外縁部の地区も回った。高級住宅街ではそれぞれの屋敷の門番に一つ一つを確認しながら、市街地全体を満遍無く歩き回った。
地図を持っていたにも関わらず、結構な時間を要し、朝から始めた配達作業は、途中休憩を挟み、夕方頃に全部を片付け、漸く冒険者ギルドに戻って依頼終了の手続きを終えた。地形を把握していればもっと早く終わったのかもしれん。
そう思っていたら、受付のミュンさんが、普通は他の依頼と掛け持ちで、期限内、もしくは二,三日ぐらい掛けて配達するのだと話してくれた。……なんと、その日の内ににやらなくても良かったのか。もっと早く教えてくれれば良かったのに。ああ、だから依頼料金も安かったのね。
昨日の夜、エンヤさんが言っていた時間帯。夕方頃に例の二人がキルマ男爵の屋敷を訪れ、その場に私も居るような話をしていたけれど、現状そうなっていないので、自分から動いた方がいいのだろうか? と、思いながら、冒険者ギルドの建物から外に出ると、広場の騎士団本部前で青と白を基調とした軍装と外套を纏った者達が慌しく動いていた。騎士団の無骨で重厚な揃いの装備を纏ってガチャガチャと音を立てて歩いている者もいた。
その慌て振りが気になり、そっと彼等の後に付いて行くと、向かっている先はキルマ男爵の屋敷が在る方向だった。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。