第〇三五話
……ぐう。
食を欲するお腹の音が目覚まし代わりとなり、少し早めに起きてしまった。流石に水を飲んだだけでは誤魔化しきれなかった様だ。むくり、と身体を起こし部屋に設えられた木窓の隙間から外を見るもまだ少し薄暗く寒い。
この惑星は、この世界は、太陽に対して公転面が地球と同じ様な傾きが有るのか、夏場は角度が高く暑い、逆に冬になると角度が低くなり寒くなる。そのお陰で前世と同じ感覚で一年を過ごしているのだけれど、それよりも何よりも、今はお腹が空いている。まずこの空腹を何とかしなければいけない。
市場が始まる時間帯まで身支度を整えつつ、彼是思考を巡らせる。
今日の夕方、どうやって男爵のお屋敷に行こうか、その前に、市場に行ったらまず串焼きの肉が食いたい……じゃなく、昨日は夜だったとは言え道に迷って、そのお陰で標的の一人レイナード・ゲーノイエに出会えたのだけれど、それ以前にこの街の地理に疎い事を思い出し、少し街中の食い物屋を探しに……違う、大通りや路地等を熟知するべく探検するべきではないか、どうせならご飯の為に小銭を稼ぎに冒険者ギルドで何か都合のいい依頼でも探すのもアリだな、とか。
現状、思考のどれもが食い物に絡んでいくのは仕方無いとして、どうにか時間を潰して、市場が始まるであろう頃合を見計って逸る気持ちを抑えながら<新緑屋>のフロントに鍵を渡して、速攻で外に出て市場へと急いだ。程なく市場に到着して目的の屋台を見つた。先日、塩の話を聞かせてくれたおっちゃんの屋台だ。しかし、串焼きのおっちゃんはまだ仕込みの途中で、私は思わず地面に膝を付いてしまった。同時にぐぅーっと、お腹が盛大になって、そんな私を見たおっちゃんは「あっはっはっ」なんて声を上げて笑っていた。
肉の焼ける香ばしい匂いが辺りに漂い食欲がそそられる。私は既に三本を完食して、今四本目に取り掛かっていた。屋台のおっちゃんは「しょうがないなぁ」と言った感じで、仕込んでいる最中の串肉を何本か先行して焼いてくれた物だ。私はおっちゃんの作業を見ながら串肉を頬張り、市場に出る屋台の情報収集、主に昨日エンヤさんに教えて貰った白カブは、……根菜野菜だったか、を扱っている屋台、もしくは家畜用の飼料を扱っている屋台。家のみんなに買っていくお土産小物を扱っている屋台の話を聞いていた。
四本目も食い尽くし五本目に突入していた。前世のバーベキュー感覚で幾らでも食べられる感じがする。五本を食べ尽くした辺りで自制心を働かせ、おっちゃんからそれらしい屋台情報も聞けたのでお礼ついでに串焼きを追加で五本お願いしたら「……まだ食うのかよ」みたいな顔をしながらも「あいよ、用意しておくから先に行ってきな」と気のいい返事をしてくれた。
私はおっちゃんから教えて貰った場所へ向かった。丁度、近隣の村から人力で引っ張り運んで来たのであろう荷車を、自スペースに設置して出店準備を始めている親子がいて、荷台の上には根菜野菜が籠毎に種類別で分けて置いてあった。準備しているお父さんらしき人にカブに似た野菜で甜菜を扱っていないか訊ねてみた。すると荷台の影で作業していた私と同じぐらいの男の子がビクッと身体を揺らしていた。それを見ていたお父さんらしき人が苦笑いを浮かべた。どうやら当たりらしい。
お父さんは言う。村で販売物の準備をしていた時、薄暗い場所での作業だったので男の子がカブの入った籠と牛の飼料用に寄せていた籠を取り違えたらしい。ここに来て物品の確認して初めて気が付いたそうだ。そして売り物にならないからこのまま持って帰るつもりだったと。私は、籠に入っている甜菜全部は持てないので背負い袋に入るだけ買わせて貰った。捨て値らしく、ただでいいと言われたけれど、三ダラーを払った。甜菜を売ってくれた親子にお礼を言って、ホクホク顔で路地裏の影に隠れて<ストレージ>へ収納する。背中がまた軽くなった。
エンヤさんは市場で探して買えと言っていたけれど、死神のデータベースって確実な未来予知が出来て凄いなと感じた。それとも、そうなる様に何かを仕込んだのか……。それは無いな、と結論付ける。
小物屋さんの屋台は時間的に早過ぎる様で、設置予定の場所には、まだ影も形も無かったので後回しにする事に決めて、最初の屋台、串焼き屋のおっちゃんの所に戻ったら、軽めの朝御飯を取る為なのか、数人のお客さんが既に居て、私はその後ろに並んで順番を待ち、先程の五本に追加で更に五本分を購入した。一本、一ダラー。合計十ダラー。表面に艶の有る大き目な葉に包んだ状態で渡された。これもこっそりと<ストレージ>に収納した。
おっちゃんに「また来いよーっ!」と見送られ、私は冒険者ギルドに向かう為、市街地出入り口の東門にやってきた。相変わらず通勤ラッシュ気味な列が出来ては中へと人が流れていく。その後に付いて私も入場する。例の好青年は別の列を担当していたけれど、私と視線が合うと小さく手を振ってくれた。
城壁内に入ってから冒険者ギルドまでの道のりは、人の往来激しく、店頭、軒先に商品を並べる店員等が慌しく動き回っている。昔のアーケード商店街っぽい通りを多くの人達に混じり歩いて進む。緩やかな傾斜を持つ道は遠くまで続く。昨日の夜、赤い小僧に襲われ掛けた後に騎士団の警邏隊に保護され、一緒に出てきた路地前を通り、やがて広場に在る冒険者ギルドに辿り着いた。
広場の隅には馬車が何台か止まっていて、ギルド公認の日雇い派遣業者らしき男が声を上げて人員を募集していた。「南に在る渡し場ヤーロンとアシネイで荷物の積み込み要員と護衛、百二十ダラーで八人までーっ!!」「北の砦ルコーンでゴブリン討伐に十六名っ! 八十ダラー、プラス歩合制っ!!」と言った具合に仕事内容が叫ばれて、その言葉に何人かの草臥れた冒険者崩れの連中が手を挙げ、中には怒号を上げて組み合いをする輩、その隙を縫ってその仕事に有り付く輩、等等。業者はそれを遠目にしながら、次々と争奪戦を制し、或いは権利を掠め取った人員を馬車に乗り込ませている。
そんな光景を横目に、私は、冒険者ギルドの標章が入った看板と開け放たれた鉄の扉の入り口を抜け、光を取り入れる為の高い天井のフロントへと足を踏み入れた。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。