第〇三三話
衛兵と思われた一団は、片手に持ったランタンを使って「他に誰か居るのか?」「何も見あたらない、気配も無い」「こっちもだ」と声を掛け合いながら辺りを確認して回っている。
その場に残った者達は、私と地面に横になっている街娘アージェンの保護を始めた。彼等は騎士団の警邏隊を名乗った。
先日、街の広場で盗賊の護送時に見た無骨で重厚な揃いの装備で整えた格好と違って、今日は青と白を基調とした軍装を纏い右側が開いた状態で外套を羽織っていた。外套の下に帯剣しているのがチラリと見えた。騎士と言っても常時鎧を着ている訳じゃないのか。
対応してくれた騎士に彼是質問されたけれど「冒険者ギルドからの帰り道で迷ってしまった」「暗がかりで人影を見かけたので道を聞こうとしたら仮面の赤い男と女だった」「その時、既に女性は意識を失っていたようだった」「仮面の赤い男に襲われそうになった」一部、省略と脚色して適当に答えた。
彼等の一人は「また怪人赤マントが出たのか」「おっと、ごめん、ごめん。お嬢ちゃんも赤い外套だったか。似合ってるよ、その外套」なんて私を見ながら取って付けた様な言葉を苦笑いしながら言っていた。私は気にせず愛想笑いを見せながら別の事を考えていた。
ナイトウォーカーの赤い小僧を鑑定した時の最後の文言、<私と出会う。怪人赤マントと呼ばれている>の表記。これがもし、<私に狩られた>或いは、<エンヤさんに魂を屠られた>と表記されていれば、この場で赤い小僧の対処を確実に出来ていただろう。けれど、表記はそこまでされていなかった。となると今回のエンカウントは偶然とは言え、顔合わせ以上の出来事は起きなかったと考えるべきか。
それよりも、赤い小僧の背後に居るのであろう、大元の吸血鬼、宮廷魔術師ルーリエ・セーブルの存在が確認された。エンヤさんは知っていた様だけれど。そいつの所在は何処なのか、吸血鬼を如何すれば相手に出来るのか、今回の事で警戒心を与えるのではないか、等等を考えると頭が痛くなってくる。私の手に余る案件だととすら思えてくる。宿に帰ったら、来るか判らないけれど、もう一度エンヤさんを呼んでみよう。
騎士団の警邏隊は手際よく、何処から持ち出してきたのか担架を用意していて、意識を失っている女性をそっと乗せ運んだ。私は、手を繋がれていないけれど、囚われの宇宙人の写真みたく、両脇を騎士団の男に固められ、彼等と共にその後へと続いた。通りを三本ぐらい過ぎた辺りで見慣れた場所に出た。こんな近くだったのか、あと少しの距離だったじゃないか、なんて思ってしまう。
城壁から冒険者ギルドに続く坂道の途中、登っていくと冒険者ギルドへ向かい、降っていくと城壁の門へ続く道。ぐるっと回り道をしていた様だった。ここまで来ると疎らだけれど人の姿も見えてホッとする。安心したらお腹が空いた。
騎士団の警邏隊とこのまま別れ、帰りに何処かで買い食いでも出来る場所が無いかを尋ねる為に、一緒に歩いている騎士団の男に話し掛けたら「何を言っている。これから調書を取るので本部まで来て貰う」なんて言葉が返ってきた。
えっ、ちょっと待って、それ聞いてない。私、お腹が空いてるんですが、せめて、せめてカツ丼ぐらいは出して貰えますよね? そんな期待を込めた目で彼を見たけれど、何も答えてはくれなかった。その代わり徐に頭に手を乗せ撫でられた。おお、判ってくれたのか? なんて思っていると「直ぐに家へ帰してやるから心配するな」って言葉を掛けられた。……私の期待返せ。
冒険者ギルドの在る広場に、向かい合う様に騎士団本部は建っていた。私達は建物内部へ通され、女性は救護室へ連れて行かれた。私は奥に在る小部屋に案内され、改めて冒険者ギルドのカードで身分証明を行い、彼等も名前と所属を述べてから、三対一の形で先程現場で話した内容と同じ質問された。一人は後ろの壁際で書記っぽく何かに羽ペンを走らせているけれど、それでも二対一でのやり取りって、向こうはその気は無いんだろうけれど、なんとなく圧迫面接を受けている感じがして居心地が悪かった。
彼等の質問に対し、私が返す形で受け答えをした。お茶は出たけれどカツ丼が出される事もなく、十数分ぐらいで調書は取り終えた。そのやり取りの中で彼等も過去の目撃例から、赤い小僧の正体を有る程度掴んでいるようだった。
何時も同じ女性が不定期で被害に遭っていて、現場も何度か目撃されている。ただ被害者も目撃者も記憶が曖昧で共通しているのは赤い軍装とサーコートを纏った男。赤い軍装とサーコートはブリタニア帝国本土の正規陸軍の正装で、ここら辺の地域で帝国本土と所縁の有る貴族は領都シューロクロスのゲーノイエ伯爵家のみ。その伯爵家から政略結婚の為、四男が、盗賊に襲われながらも、この街に来訪した時期と被害者が出始めた時期が重なる事。
逗留先であるゲーノイエ伯爵家ノーセロ別邸に状況証拠から捜査協力を打診するも、付き添いの魔術師が伯爵家に対する越権行為だと言って取り合わない。四男も盗賊に襲われた後遺症で引き篭もって出てこない。あとは後手になるけれど同じ被害者を出さない様に、あわよくば現場を押さえられる可能性を求めて街の警邏隊の人数を増やす事しか出来なかったらしい。
状況証拠だけだと限りなく黒に近い犯人、多くの士爵持ちが存在する騎士団とはいえ、更にその上の貴族、その息子にすら手を出せない。ならばその現場を押さえよう。そんな彼等騎士団の悲哀が感じられた。調書を取った二人は「内緒だからな」と釘を刺してきたけれど、勝手に愚痴ってきたの貴方達じゃないか。なお、書記は途中からその手を止め彼等の言葉に頷いていた。
そんな愚痴を聞かされた私も、その間、お茶を飲みながら、お腹空いた。せめてお茶受けの菓子でも出てきたら腹の足しになるのに。そもそもこちらに転生してきて十年以上、狭い開拓村で過ごした所為も有るけれど、お菓子なんてお目に掛かっていない。甘いお菓子か……エンヤさんにお願いするの砂糖とか甘い物にするか。って事件とは関係の無い事を考えていた時点で彼等に文句は言えないだろう。
ひと通り、手続きを済ませ漸く、彼等から開放される辺りで、お腹が空いたので何処か小腹を満たす場所等無いか訊ねてみた所、今の時間帯だと酒場ぐらいしかやっていないと言われ、私の晩御飯が絶望的な状態と知り、仕方無くトボトボと宿に戻るのであった。今だから思うけれど、二十四時間営業のコンビニや牛丼屋ってホント便利だったのな。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。