第〇三二話
「何故だっ! 何故だっ! 何故なんだーっ!!」
仮面を付けた赤い軍装、赤いサーコートを纏った男は叫んでいた。……大事なので三回叫んだのか?
ただ、何故かと言われても、正直申しまして、私が<魅了>を掛けられても、精神的な中身が六十歳越えのオタクな爺ちゃんなので、男に色目を使われても気持ちが悪いだけで惹かれるものが何も無いのです。
それに、いたいけな少女に無造作に手を触れるとか、コイツ、変態チックな赤い格好をしている割に、私と同じ赤い色の外套を羽織っている仲間同士なのに、紳士の風上にも置けないヤツだ。「Yes! ロリータ。No! タッチ」は基本だろう、この野郎。この身体に触れていいのは私だけなのだ!
「……貴族の、伯爵の、血統に連なる僕の言う事が聞けないのかーっ!!」
はて、貴族の爵位と言うのは子供にまで適用されるのだろうか? それに自分を伯爵と明かしたら現当主のお父さんかお兄さん、お母さんに迷惑が掛かるんじゃなかろうか? ……ああ、まだ家名を言ってないからセーフ、なのか。
「さぁ、早くこっちに来るんだ! さぁ、こっちに来い!! さぁ、さぁ、さぁっ!!!」
さぁ、さぁ、さぁっ、て……十七歳にもなって語彙少なく癇癪を起こすとか子供みたいだな。もうコイツ、赤い小僧でいいや。しかも、一回命を落としている死体のクセして政略結婚とか、相手であるマチルダさんが可哀想過ぎるんですが。
つか、赤い小僧を眷属化した宮廷魔術師の存在が重いな。盗賊に襲われた時に同行して眷属化させたと有ったからこの街に居るんじゃないか? 確か、エンヤさんは私の行動半径が基準にって言っていたから、死神の案件ってそこまで含むんじゃなかろうか? ……まだ小僧の身体から魂を分離させてないけれどエンヤさんを呼んでみるか。
私は後ろに右手を回しストレージからエンヤさんの名刺を取り出し、人差し指と中指に挟んで顔の前面に持ってきてポーズを決める。
「私のターン! ドロー! 私は従僕を召喚っ! このカードは私の好きな時に、従僕に悪戯する事が出来る!! ……そんな願望っ!!!」
「ん な 訳 有 る かーっ!!!!」
おお、エンヤさんがタイムラグ無しの登場とか。しかも、私の赤い外套の襟首部分を片手で掴んで持ち上げた状態で、このツッコミ! そして、なんという腕力。一瞬でここまで出来るのか。……何処かに隠れて見ていたんじゃないかと疑ってしまいそうになる。上司の事を彼是文句を言っていたけれど、エンヤさんも充分にストーカー染みてて怖いね。死神ってみんなこうなのかな。むしろ人は何時も死と隣り合わせって事なのかもしれない。
「ひっ、ひぎぃっ……」
エンヤさんの死神的重圧に気圧されたのか、赤い小僧は蛙が潰された様な声を上げて尻餅を付いた。
「は、はは。ど、どうだ、小僧。お、恐れ、入ったかね、私の従僕は?」
「むぁ だ 言 い ま す くぁ」
私は不敵な笑みを浮かべ、腰を抜かしてガクブルな赤い小僧に対し、襟首を掴まれ持ち上げられた状態で彼を見下ろしながら言葉を掛ける。その言葉を聞いたエンヤさんは私を持ち上げた状態でガクガクと揺する。折角、決め台詞吐いても襟首部分を掴まれ宙ぶらりんな格好になっていると締まらないなぁ。チラリとエンヤさんに目を向けると、眉の両端を上げ目は逆三角形、口をへの字に曲げてプンスコ怒ってらっしゃる。
「じゅ、従僕発言は、て、撤回します。か、確認したい事が有るんですが……」
「確認、ですか? 私に何を聞きたいのですか、カノンさん?」
「そ、その前に、お、降ろして、頂けますか、え、<■■■>さん?」
「うがぁああっ?!」
エンヤさんの名前を出した時に赤い小僧が両手で頭を、耳の部分を押さえて、その場で仰け反った。もしかしたら例のピーギャリギャリな不快音が聞こえたかもしれん。他の人間に真名が聞こえない様に理の外から力が働いて、強制介入されているのだろうか? ……もしかして、私が見ているエンヤさんの姿も他から見ると実は違っているのかもしれない。なんて思ってしまう。地面に降ろしてくれたエンヤさんの顔をジッと見つめる。
「って事は、<■■■>さんの姿って私の趣味嗜好が反映されたって事になるんだろうか?」
「か、カノンさん。急に何を言っているのですか!?」
「うぐぐっ……」
「や、こっちの話。それで聞きたい事なんだけれど……」
目を点にして頬を赤く染めたエンヤさんは可愛いなぁ。と言うか、赤い小僧は彼女の名前を出す毎に耳元を押さえて呻き声を上げている。結構、不快音が苦痛なんだろう。それは置いて例の事を確認する。
赤い小僧の背後にいる宮廷魔術師ルーリエ・セーブルとは何者なのか。こやつの他に、眷属化を行った吸血鬼として始末もしないといけないのか。等等。冒険者ギルドの応接室で結構深くまで教えてくれた事を考慮して訊ねてみた。
「宮廷魔術師ルーリエ・セーブル。ここ<植民地列島イーシン>支配の確固たる地盤を築き上げる為、西の大陸に在るブリタニア帝国本土から送られてきた送られてきた総督府の行政官が一人。不死者であり吸血鬼」
「……なんでそんなに詳しく教えてくれるんです? それもやっぱりお手伝いの対象になるんでしょうか?」
「カノンさんの活動半径に入っているのであれば、ですね。……あれぇ、もしかして入ってましたか?」
「こいつは……」
エンヤさんの、そのニヤけた顔。知っていて黙ってましたね。私はジト目を向けたが彼女は何処吹く風を装い、鳴らない口笛を吹いていた。
「ぼ、僕に手を出すと家が、ゲーノイエ伯爵家が黙っていないからなっ! きょ、去年も僕を襲ってきた盗賊団を報復で壊滅させたんだからなぁ! しかも僕には師匠も付いているんだからな!!」
赤い小僧はヨロヨロと力無く立ち上がり、仮面越しに見える瞳は充血していて口元から涎を垂らして、唾を飛ばしばがらそんな事を口走った。いや、手を出していないしエンヤさんの真名を何回か言っただけで、それ聞いて勝手に悶えていたの君じゃないか。酷い言い掛かりだなぁ。
そんなやり取りの中、私の<気配察知>に幾つかの反応が現れ、同時に少し離れた所から声が掛けられた。
「おいっ、お前達、そこで何をやっている!?」
「ちっ……、邪魔が入ったか。小娘がぁ、次は覚えていろよ!!」
そう言うと赤い小僧は闇の中へ消えていき、入れ替わりで数人の衛兵っぽい者達がそれぞれランタン片手に姿を現わした。何時の間にかエンヤさんも消えており、その場に残されたのは私と血……魔力を吸われ意識を失い地面に横たわっている街娘、アージェンという名の女だけだった。
私は赤い小僧の魂を狩る絶好の機会を逃してしまったらしい。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。