第〇三一話
既に陽は沈み、一部の繁華街や盛り場を除き、街を歩く住民の姿も疎らになった時間帯。
私は、開拓村には無かった街灯や民家から漏れる明かりを避け暗い場所を選び周囲に警戒しながら、冒険者ギルドで依頼の取引をした相手、キルマ男爵家に仕える執事セースケ氏の後を、彼の持つランタンの灯りを目印に尾行していた。
街並みの続くなだらかな坂道を十分ぐらい歩くとセースケ氏は通りに面した商店と民家が合体した感じの建物に入っていった。近づいて入り口に掲げられている木製の看板を目にすると匙と天秤のマークが彫り付けられていた。先程渡した魔力茸を魔力回復薬に調合して貰うのだろう。
暗がりに隠れ様子を窺っていると店舗の出入り口にセースケ氏が姿を現した。その後に続いて、店主らしき男が見送りの為か出てきてしきりに頭を下げていた。調合を依頼されたのだろうか。ひと言ふた言のやり取りを交わしてセースケ氏は再び歩き始めた。
やがて高級住宅街に入ったのか道の側面は一辺の長い壁が並び、街灯の数も増えて少し視界も明るくなってきた。冒険者ギルドの在った場所より少し高台になったその区域に、街灯で薄っすらと照らされた、周りに見える住宅よりも更に大きい、前世の感覚で言うと、小学校ぐらいの大きさが有る木造の建物があった。建物を囲う壁に阻まれ中は見えないけれど庭も結構広そうな感じがした。
セースケ氏は立派な装飾が施された金属の格子で出来た門の横に在る守衛所へ入って、そこに居た守衛らしき男に声を掛け、通用口から屋敷敷地内へと入っていった。
理由なく屋敷敷地内へ侵入する訳にもいかず、私はこれ以上の尾行は無理だと諦める。時間も時間だし、ナタリー夫人……キルマ男爵の屋敷の場所を確認しただけで良しとして、踵を返す。
執事セースケ氏を尾行してきた道を戻る。緩やかな坂道を下り、幾つかの通りを抜け、角を曲がり歩く事数分。そこでハタと気が付く。……さっき通った道が違う、感じがする。彼の後を追う事に集中し過ぎて帰り道が判らなくなった。……しまった、道に迷った。まだ高級住宅街区域なのか道の両側には同じ様な壁が連なっている。私は気配探知を展開して人の居そうな所、ランドマークになりそうな建物、或いは通りを探す事にした。
大通りの道を目指し、幾つかの小道を通り抜けると<気配探知>に何か引っ掛かった。街頭の光から避ける様に向こう側の暗がりに一組の男女が立っている。女が男にしな垂れ掛かっている感じだ。その様子から逢瀬の途中だろうか。
邪魔しちゃ悪いと思い、その場から離れようと振り返ろうとしたその時、男の方がこちらに気が付き、女を抱えながらゆっくりと街灯の下に歩いてきた。薄暗い街頭に照らされた男は仮面を付けた赤い軍装、赤いサーコートを纏った格好をしていた。女は普通の街娘っぽい格好をしているが身体を弛緩させてぐったりとしている。
「へぇ、その溢れ出る魔力。君の様な娘が居るなんて、この街も捨てたモンじゃないなぁ。もしかして、ギフト持ちかな?」
仮面越しに見える目が上向きの弧を描き口元は愉悦に歪んでいた。その瞳は妖しい光を発している。ニヤけた顔が気持ち悪いなぁ。そう思いながら、この妖しげな男に一応、鑑定を掛けて見る。個人的に、鑑定は他人のプライバシーを覗く行為になるので、余程の事がない限り見ない様にしているけれど、今回は赤ら様に姿格好が変態チックなので使ってみた。「あからさま」の字が違うけれど見たままなのでそう当て字する。なんて心の中で誰となく補足しておく。
<名前、レイナード・ゲーノイエ。領都シューロクロスにて、ゲーノイエ伯爵家の四男として生まれる。四歳、……―――……。八歳、魔法の才能に開花してブリタニア帝国から派遣された宮廷魔術師ルーリエ・セーブルに師事を乞う。十四歳、……―――……。……―――……。十六歳、ノーセロ街のキルマ男爵家長女マチルダと政略結婚の為来訪する際、盗賊の襲撃を受け命を落とす。同行していた宮廷魔術師ルーリエ・セーブルに因り眷属化を果たす。以降、ノーセロの街に逗留。マチルダ、テトラ、シャーリー等を魔力の糧として夜の徘徊者となる。十七歳、アジェーンの魔力を捕食中に狩人カノンに出会う。怪人赤マントと呼ばれている>
「ぶふーーーっ!?」
必要そうな箇所を以外を流し読みで鑑定した結果、色々とツッコミ所の有る概要を見て私は思わず噴出した。怪訝な顔を向ける怪人赤マント……もとい、レイナード・ゲーノイエ。ナイトウォーカー。……なんだよ、この偶然。御都合展開のどストライクかよ、何でこんな場所でぶち当たるかなぁ。
噴出した私に怪訝な表情を見せるも、赤い男はそのまま私に語り掛けてくる。
「さぁ、こっちにおいで。その美味しそうな魔力、存分に味わってあげる」
そう言って距離を詰めて近づいてくる。私は同じ距離を取る為後退る。
「んなっ!? な、何故、後退る? 僕の、僕の<魅了>が効かないと言うのか!? この僕の言う事が聞けないと言うのかーっ!!」
赤い男は激高し、瞳に先程より強烈な妖しい光を宿し、抱えていた女を手放して、掴み掛かってきた。私は咄嗟の判断で小柄な体型を生かし、その手の下を潜り抜け、手放された女性が地面に倒れる寸前で掬い上げ、素早く女に対し鑑定を行い最後の文章<……―――……。<魅了>に因って呼び出され魔力を吸われる。記憶を無くしている>を読み取り、命に別状が無いのを確認すると、そっとその場へ横に寝かせた。
鑑定と男の言動から察するに先程から私に対して<魅了>の魔法を使っていた様である。振り向いた赤い男の表情は仮面で上手く読み取れないが、なんとなくな雰囲気で、折角、美味しそうな獲物を見つけたのに<魅了>は効かないし、ちょこまか逃げ回って捕まえられない。思惑通りに、期待通りに、事が運ばない。そんな不満げな気配が感じられた。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
2020/08/11 前話、第〇三〇話の最後の部分を訂正しています。