第〇三〇話
冒険者ギルド二階の接客用応接間らしき場所でクッションの効いた椅子に座ってミュンさんが出してくれたお茶を飲んでいる。
如何やら先日、私が依頼を受注した後、ギルドの方から依頼主へ連絡を入れたらしく、受注者が戻ってきたら改めて連絡が欲しいとの返答を受けたのだそうだ。そして私はその依頼主が来るのをこの部屋で待っていた。
依頼主に会う前に死神のエンヤさんにも連絡しようと彼女の名刺を取り出し念を込めた。時間を置かず、全身が黒で統一された色合いで丸い形の帽子、丸い眼鏡、髪はお下げにして後ろで纏め、身体のラインに合った喪服のドレスを纏った女性が目の前に現れた。
エンヤさんは相変わらずの姿で椅子に座り、何処から出したのか自分用のティーカップを手に、少し怒り顔をしながらお茶を飲んでいる。そんな彼女に声を掛けられず、お互い無言で五分ぐらい時間が過ぎていった。
彼女は飲み終えたティーカップを置くと漸く口を開いてくれた。曰く、「私の呼び出すタイミングが遅い」から始まり「自分の知らないうちに仕事が割り振られていた」「個人的にカノンさんと約束していた事を知っていた。実はストーカーなんじゃないか?」等等。上司に対する愚痴のオンパレードだった。
正直、前世の頃に上司の埒外で理不尽な指示や過剰な干渉の話が結構有ったし耳にもしていたので、何処にでも有る話なんだなぁぐらいの気持ちで、吐き出される言葉に相槌を打っていた。その一方で愚痴を聞いている間、今も監視されてるんじゃないのか? とか服装も黒で統一しているからブラックな職場で合ってるじゃないか。なんて、口には出さなかったけれど、そんな益体の無い事を考えていた。
エンヤさんの十分程続いた愚痴も、吐き出すだけ吐き出したのか、当初より気分が落ち着いたらしく、やっと本題に入ってくれた。
「……ふうっ。それで、ですね、今回カノンさんにお願いしたいのは、吸血鬼に因って眷属化したナイトウォーカーの始末です」
「……ゾン、ビじゃないだと?」
「生死の理から外れ成仏出来ずに魂を肉体にこびり付かせた輩なので或る意味で同じですよ」
「いやいやいやっ、何も考えずに血肉を求め彷徨っている死体と訳が違いますよ! そもそも眷属化ってご主人様が居て思考力も備わっているって事じゃないですか!?」
「元凶は遠い西方の大陸に在って直ぐに大元を絶てないんですよ。取り敢えず近場の目に見える所から、ですね」
「……ちょっと待って。その言い方だとゆくゆくは私がそのご主人様とやらと相対する話に聞こえるんですがー」
「一応はカノンさんの行動半径を基準にするので大丈夫ですよ」
……それは、私の活動半径が広がると範囲に引っ掛かった対象全てが該当案件にします。と言ってる様なモノなのですが。余りふらふらせずに黒の樹海に引き篭もるのがベストな気がしてくる。っと、思考が逸れた。エンヤさんはまだ話を続けているので大人しき聞きに徹する。
今回ナイトウォーカーの被害に合っている者が依頼者ナタリー夫人のお子さんでマチルダさんであり、その眷属に因って魔力が定期的に吸われ続けている事。……肉、じゃないんだ。
本人は最初期の頃、倦怠感を覚え家族に相談して医者に診て貰った結果、魔力欠乏症と診断された。倦怠感が表れた時に魔力回復薬を服用して症状を抑えていたが夏前に在庫が無くなってしまったのを切っ掛けに、日に日に彼女の体力と精神が衰え始め、それを見て心配した家族が色々と手を尽くして薬や原料を探し始めた、そのひとつが今回の依頼らしい。
幸いにも眷属化したの者は一定の力を持たないと他者を従属させる事が出来ないので、まだマチルダさんは自我を保っているが最近はベットに伏せる時間も増えてきているそうだ。家族としては少しでも延命の為にと魔力回復薬を作りたかったのだろう。けれど、これは原因を排除しないと治らない病気。
私は小さく相槌を入れて彼女の話を聞いていた。一応、標的の名前も教えてくれたけれど、レイナード・ゲーノイエって誰よ? ……取り敢えず、判らない事は横に置いて端的に話すと<眷属化したナイトウォーカーの魂の回収>。これが今回の死神のお手伝いだった。
さて、エンヤさんが消えて彼此三十分は過ぎただろうか、扉にノックがなされ少し間を置いてロマンスグレーな髪を後ろに撫で付けた背の高い執事っぽい服装の男が入ってきた。続いてミュンさんとギルド職員も入ってくる。
私は椅子から立ち上がり、厳しい表情の執事っぽい男に目を合わせられず少し伏せてお辞儀をする。ギルド職員に促され四人は、応接室のテーブルの椅子に、私の対面に執事セースケ氏とギルド職員。横にミュンさんが座る形で腰を降ろした。ミュンさんの「遅くなって御免なさい」の謝罪の後に続き執事っぽい男が口を開く。
「初めまして、お嬢さん。私はキルマ男爵家に仕える執事セースケと申します。早速ですが、貴女が今回の依頼を受領してくれた冒険者、で宜しいですかな?」
「は、初めまして。私、東の開拓村から来たカノンと申します。ご所望の魔力茸と薬草を持って参りました」
背筋を伸ばし丁寧な挨拶と依頼受領の確認をしてきたので、私も同じ様に名前と依頼品を持ってきた事を明かした。そこで執事セースケ氏は目を見開いて、改めて魔力茸が手に入ったのかを確認してきた。
なので私は現物を見せるべく、背負い袋へ手を入れる振りをしながら<ストレージ>から魔力茸を取り出しテーブルの上に乗せた。執事セースケ氏の他に一緒に同席していたミュンさんにギルド職員も息を飲み唸り声を上げて驚いた。
「……本物、ですか?」
「本物の様ですね。間違いありません」
「……この時期に見つかるとは……なんと言う僥倖」
ミュンさんの言葉にギルド職員は肯定し、それを聞いた執事セースケ氏は感無量の声を上げていた。ちなみに樹海内で採れる薬草の方は既に入手済みだった模様。四方八方手を尽くしてみたけれど、如何しても魔力茸だけが手に入らなかったのだそうだ。入手時期も限られるので半ば諦めていたそうだ。
ギルド職員同席の元、現物の確認が済み、依頼票に依頼主ナタリー夫人代行の執事セースケ氏から依頼達成のサインを貰い、それをギルド職員に渡した。ギルド職員は依頼票を確認し依頼料金、銀貨一枚、千ダラーを差し出してきた。私は差し出されたお金を受け取った。面倒臭いけれど手続きは大事なので仕方が無い。
魔力茸の取引も済み部屋を退出する際、執事セースケ氏に呼び止められ改めて御礼を言われた。そして彼は先を急ぐように裏口の方へ向かっていった。
ここで終わるとナイトウォーカーへの手掛かりが無くなると思った私はミュンさんに自分も裏口から出ていいか確認して了承を貰うと執事の後を追って外に出た。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。
2020/08/11。一部、修正しました。
最後の、男爵家に晩御飯の招待を受け了承する。行の部分を執事の後を追って外に出た。に変更しました。