第〇二九話
ノーセロの街城壁内中央広場に続く緩やかな坂道を、私は人の流れに乗り歩みを進める。目指すはそこの一角に在る冒険者ギルドの建物。
街道を進んで来た時は余り人に会わなかったのでそれ程気にしていなかったけれど、市街地に入った辺りから人の数が増えた所為なのか、結構な数の好奇に満ちた視線が自分に向けられる様になった。
女性体として開き直るにしても、前世五十年で培った嗜好の所為で未だ私の好意の対象は女性にしか向かないので、男の欲情に満ちた視線なんて苦痛や拷問でしかない。一部を除き、男性から向けられている視線は気恥ずかしいを通り越して怖いとさえ感じる。なので前世と今世を通してもうソロプレーヤーでもいいや、なんて思えてしまう。
童貞三十歳で魔法使い、四十歳大魔導師宜しく、肉体は元気でも精神は諦めもあり半ば枯れていたからなぁ。しかも精神的年齢五十から六十歳で魔法少女に転職して……このまま処女で精神年齢重ねたらどうなるんだろうか。ソロプレイで魅惑の黄金デルタゾーンに奥深く分け入って悟りばかり啓いていけば更なる大賢者とかになれるんだろうか?
待て待て、私は前世で変態が付くけれど仮にも紳士だった人間だ。この身体に興味が有るけれど今はまだ見守るのだ。昔からお花を摘んだ後に水魔法で洗浄する際は気持ちよくて多少力を入れる時は有るけれど、本格的なのはもう少し成長してから……って、違う、そうじゃないっ!
そ、そうだ、成長と言えば娘をお姫様に育てるゲームなんてのも有ったよな。この身体を使ってはリアル育成ゲームでも始めてみるか? って対象は自分になるから単なるナルシストで終わるんじゃないか? ……それでもいいか別に。等等。
自問自答を繰り返し、変な思索の渦に揉まれていた所為で、何時の間にか冒険者ギルドに辿り着いており、無意識の内にその扉を潜り抜けていた。
場の空気がザワリとした辺りで、ふと我に返り周りを見ると冒険者が溢れるロビーで注目を浴びている事に気が付いた。夕方の人が多い掻き入れの時間に無防備に冒険者ギルド内に突入してしまった様だった。
「うわぁ……」
「ン、どした? って、あの娘誰だ? 見た事ないな?」
「くそぅ、あの年頃だと仲間に誘うの無理そうだなぁ、俺がもっと若ければ速攻誘うんだが……」
「止めとけ、お前が声掛けるとモロ事案発生なるから衛兵がすっ飛んでくるわ!」
「あれ、なんか見た事有る気がするんだけれど、お前知ってる?」
「うーん、言われてみれば、確かにそんな気がする……かな?」
なんか変な言葉も聞こえてくるけれど、遠目に見るだけでホイホイと声を掛けてくる輩が居ないだけマシかと考え、好奇の視線を浴びながらミュンさんの姿が見える受付カウンターの列に並んだ。何組かの依頼達成報告と成功報酬の受け渡しが行われ私の順番になった。
「お待たせしました、お嬢さん。本日のご用件はなんでしょうか?」
「依頼の現品を手に入れてきたので報告に来ました」
そう言って、先日貰ったランクF<薬剤の調達。黒の樹海に自生する薬草と魔力茸の採取。依頼料、千ダラー。依頼主、ナタリー夫人>の依頼票を差し出す。彼女は差し出された依頼票に目を通し私に視線を向ける。
「あ、あれ、あのこの依頼票って……か、カノンさん!? ……えっ、マジで?」
はい、マジです。営業スマイルゼロダラー。でも百万ダラーの笑顔を湛えていたミュンさんは私の変わり様に驚いて普段は窓口カウンターで使わないであろう言葉を口にした。つか、こっちの世界にもマジって言葉が有るのか。
「家に戻って母さんから品物を仕入れてきたんですが、如何しましょうか?」
「お、思ったよりも早く着きましたね、しょ、少々お待ちください」
多少の動揺を見せつつミュンさんは席から立ち上がり、カウンター裏の事務職員らしき人に言葉を掛けてこちらを見ながら何か相談している。少し時間が掛かりそうだった。「……チッ」後ろに居た男が舌打ちをした。その目は「小娘が、さっさと用件済ませろ」といった感じだった。私が振り向いたらバツの悪そうな顔をして横に向けた。
「ちょっとリーダー、小さい子に向かって何やってるのよ。ごめんねー、お嬢ちゃん……って、うわっ、何この子、かわいい」
「ウチのリーダーに悪気があった訳じゃないんだ。ちょっとミスしてね、虫の居所が悪かっただけなんだ。許してくれ」
「お、お前等早いなっ、買取の方は終わったのかよ!」
「石は通常価格だったけれど、素材の方は残念ながら破損が大きかった分買い叩かれた」
「……やはりそうか、みんなスマン」
「気にすんな、次で取り返せばいい」
「それより八つ当たりしたその子に謝まんなよ」
「そうだった、ごめんな、お嬢ちゃん」
横から仲間っぽい男女が絡んできた。依頼の報告と素材の買取で別々に行動していた様だ。話の流れからリーダーと言われた男が素材を何かしらの原因で破損させた様で買取が安くなった。そのミスの所為で他の仲間に迷惑を掛けて虫の居所が悪かった。と言う感じで、さっきの舌打ちはお姉さんの言った通り八つ当たりなのだろう。それだけで謝罪しろとか、優し過ぎだろう。私としても大した被害も受けていないし、素直に謝った感じから悪いヤツに見えないし、ねっとりがっつり絡まれた訳でも無いので「いえいえ」と言って愛想笑いをした。
「……やっべぇ、天使だ。天使がいた」
「いいな、俺なんて父性愛に目覚めそうだわ」
「はぁー、ホント可愛い子だね」
「同感だ」
「だな」
愛想笑いでこの反応とか、母さん達のの施したお洒落魔法は余程絶大だった模様。道中で知り合いの反応を見て面白さを感じていたけれど、遠巻きに見ていた周りの反応も一歩パーソナルスペースの内側に入るとここまでくるのかと逆に怖くなってくる。
「カノンさん、カノンさん。少しお時間を頂いて宜しいですか?」
「あ、ミュンさん。はい、大丈夫です」
そうこうしてると受付カウンターの方から声を掛けられた。
「いま先方に使いを出したので二階の別室でお待ち頂きたいのです」
てっきり現物の確認と受け渡しは明日になると思っていた。宿は多少遅くなっても大丈夫と言われていたので了承する事にした。
ミュンさんは受付カウンターの応対を別の人に代わって貰い、私を冒険者ギルド二階に有る応接室らしい場所まで案内してくれた。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。