第〇二七話
話を一旦切り上げ、魔力茸も<ストレージ>に保管して晩御飯の準備をする。昨日の朝方、家の前に置いていったホロホロ鳥の肉と香草、食用の薬草類が入ったスープと硬いパンのささやかな食事。鳥と薬草類は昨日と今日で下拵えをしていたそうだ。
「食材のお陰で美味しそうなのが出来ました」
「なんか実家の食生活より豪華な気がするんですが」
「お肉なんて狩りに出ても上手く獲れるか判らないからね。父さんも兄さんもよくボウズ食らったって帰ってきましたし」
「ホロホロ鳥なんて特にそうですよ」
「……明日からホーンラビットにしますか?」
「いや、それも肉という時点で変わらないから」
「男手の無くなっった我が家で肉が食べられるとか有り難いね」
カレン姉さんとリアン義姉さんのやり取りに私が鳥さんより兎さんにしますね。なんて言ったら姉さんにツッコミを入れられ、母さんの最後の言葉でしんみりしながらみんな口数少なく食材を黙々と口に入れていき食事を終えた。
木製の食器を手分けして片付け、カレン姉さんがお茶を用意し全員が再び居間の席に着く。私はなんとなく怪談話をする雰囲気だと思い内心苦笑いをしながらも、至って真面目な顔をして話を始める。
先程の話の続き、冒険者ギルドの依頼を受ける際に母さんの名前を出したと告げる。母さんは「お前、何勝手な事してるんや?」みたいな顔をしてお茶を飲んでいる。それを見ない振りして話し続ける。時期的にも誰も引き受けない塩漬けに近い依頼だった物を母さんが魔力茸の見本を持っている事にして引き受けた。なお、依頼料の幾らかを家に入れる話になっていると言ったら、母さんが片手を挙げ指五本立てていた。
「ご、五割? ……半分って言うと、五百ダラー!?」
「ずぞっ! げっほごほ……」
さっきからお茶を噴出す要員になっている母さんです。しかも今度は吸い込んで気管支に入った様であります。横から「こんな事も有ろうかと」と言わんばかりに布のナプキンをさっと出すカノン姉さん。ちなみにリアン義姉さんはカップを片手に身体を反らしていた。二人共別な意味で出来る女だ。
「……か、カノン。その仕事、いったい幾らで引き受けたのよ? 私は五十ダラーのつもりだったのだけれど」
あ、あれ? なんか自爆したっぽい? ……それでも一応、正直に依頼料の金額を話すけどさ。
「千ダラー。ギルドの姉さんは駄目元で金額上乗せとか言っていた」
「……今の時期を考えれば妥当、なのかな。……と言うか、貴女その歳でギルド登録って事はランクFよね。受注出来る依頼じゃないでしょう、それ」
「いやぁ、それがランクFって書いて有ったけれど、多分、塩漬けだったから全ランクに適用したっぽい感じかなぁ」
「一応、教えておくけれど、魔力茸は珍しくても通常は三百から五百ダラーの間で取引されてんのよ。依頼主はよっぽど切羽詰っているか藁にも縋る思い、だったのかもねぇ」
私としては死神から指し示された何かしらの要因だと思うんだけれど、依頼主が切羽詰ってる感じがするのは同じなので、それは黙っておこう。
「カノン。他にも必要な薬草が有るんでしょう、そっちは大丈夫なの?」
「樹海内の薬草関係は湖までの往復で有る程度の量を一通り採り揃えております」
「カノンのその魔法、異空間庫って言うのかしら、劣化しないんでしょう? 反則的で羨ましいわ。奥に在るって言う湖にも俄然興味が湧いてくるし、さっさと依頼を済ませて帰ってきなさい」
湖より往復で採取出来そうなキノコや薬草類に興味が有りそうだけれど、一緒に行ったら荷物持ちになるだろうなって予想は出来る。まぁ、いいけれど。
思惑とは別になったけれど、こっちに帰って来てよかったかもしれない。魔力茸の案件は母さんに了承を得られたという形を整えられた。追跡調査は無いと思うけれど、後日なにかしらの連絡不備とか話の齟齬が有っては堪らないからね。ちなみにキノコや薬草類、ホロホロ鳥を売って岩塩を手に入れた話はしていない。
女子会、じゃない。私の懺悔室みたいな団欒も終わり、少し早いけれど寝る時間になった。空になったカップを片付け、身体を塗れたタオルで拭いて寝る準備を始める。開拓村の夜は早い。灯り用の油が勿体無いので早く寝てしまうってのが主な理由だったりする。私は自分の部屋に戻ったけれど、リアン義姉さんは隣に有る自分の家に戻らず、カレン姉さんの部屋に入っていった。カレン姉さんと母さんもその後に続いた。
数日ぶりに自分のベットへ横になる。秘密基地の長椅子の板よりマシな、でも固い万年布団へ身体を預け瞼を閉じる。暗闇と静寂が訪れた。暫くすると壁越しに、隣の部屋から微かに啜り泣く声が聞こえてきた。姉さんの部屋で誰かが泣いている。私はベットから起き上がり泣き声から逃れるように、居間に向かいのテーブルの自分の席に座った。
先程までの団欒を思い返す。三人と会話をしていた時は普通に見えたけれど、目の前で父さんとアルタ兄さんを亡くして、まだ五日しか経っていない。彼女達の精神的ストレスは計り知れないだろう。夜の闇が怖いかもしれない。目を瞑るとあれこれ思い出してしまうかもしれない。でも心の傷は簡単に癒す事は出来ない。とても遣る瀬無い気持ちになる。
どの位時間が経ったのだろう。姉さんの部屋の扉が開いた。母さんは暗がりの中、椅子に座っている私を見つけ近づいてくる。
「……あら、カノンまだ起きていたの?」
「……母さんは、その……大丈夫なの? 無理、してない?」
「有り難う、私は、大丈夫よ。カノンこそ夜泣きとか……その顔はしてなさそうね」
「詭弁と言われるかもしれないけれど、父さんとアルタ兄さんは私が生きてる限りここに居る。二人は、まだ死んでいない」
私は視線を降ろし自分の胸に手を置く仕草をする。そんな私を母さんは小さく息を吸い込んで見ていた。
「……カノンは、強い子ね。この家で一番歳下なのに。……でもね、母親は、子供の前では泣けないのよ。強がらないといけないの」
「大人でも、母親でも、どうしても泣きたい時は泣いた方がいいと思う。さっき私を引っ叩いた時みたいに」
「カノンは、私を一日に何回泣かせる気?」
「でも、今の母さんはそんな顔をしている」
「……十歳の子供が生意気言ってるんじゃないわよ。これでも私は貴女の母親なのよ」
そう言いながらも母さんは少し腰を屈め椅子に座った私を抱きしめた。
「……知ってる」
微かに嗚咽が聞こえる。先程の再会時と同じく抱きしめられている所為で、母さんの泣いている姿は視界に入っていない。確かにこれだと子供の前では泣いていない、かもしれない。
一家の大黒柱の父さんとアルタ兄さんを失って様々な不安感で寝られなくなった姉さん達を、きっと気丈に五日間毎日横に付いて見守っていたのだろう。でも、その母さんを誰が見るのだろう。
こんな状況になってしまって、本当は泣きたかった筈なのだ。私はこの家に生まれた子供としてみんなを支えなければいけないと思いを抱き、母さんのそっと背中に両手を添えた。身体が少し震えていた。
「……そういえばカノン。斬り付けられた私の背中、治してくれたってね。有り難う」
私の耳元で涙声を誤魔化す様な小さな囁きで感謝の言葉が呟かれた。感情を表に出す事に因ってホンの少しだけど心の重みが取れると思う。
私は母さんが落ち着くまで暫くそうしていた。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。