第〇二三話
私の持ってきた依頼票を見て受付カウンターのお姉さんは表情を変えた。依頼主はこの街の代官の奥さんで娘さんの患った病気に魔力茸が必要なのだそうだ。早ければ早いほどよかったのだけれど、夏場でも入手困難なのに今の時期だと尚更入手が難しいので敬遠されたいた依頼であり、その分、駄目元で金額も上乗せされているとの事。
私は自分の伝を使えばもしかしたら入手出来るかもしれないと話すと、それを聞いて受付のお姉さんは稀少なキノコをそんな簡単に譲って貰える物なのかと難色を示した。なので少し前に母から標本を見せて貰ったので現物は有るし、後で必要経費を家に入れるので、多分大丈夫だと説明する。
「お母さん、ですか。失礼ながら、お名前を聞かせて頂けますか?」
「カーヤ、と言うのですが……知ってます?」
「……カーヤさん、……カーヤ、カーヤ。あ、あぁ、開拓村にいる腕がいいって評判の薬剤師っ!!」
下手に誤魔化すと拙そうなので母さんの名前を出す。ごめんなさい。勝手に名前を使わせて貰いました。つか、カウンターから両手を付いて身を乗り出してくる受付のお姉さん。そんなに驚く事だったのかな?
「開拓村は盗賊に襲われたって聞いて、カーヤさんは、カーヤさんはご無事だったんですか!?」
「あ、はい、無事です。盗賊に背中を斬り付けられましたがポーションを使って治りました」
「……さすがカーヤ印のポーションですね」
なんでも、カーヤ印のポーションは高品質で劣化も遅く、これのお陰で助かった冒険者も結構いる話振りだった。この冒険者ギルドでも何本か常備しているとの事。先日の開拓村の盗賊襲来で安否情報も無く心配だったそうだ。思ったよりも薬剤師としての母さんの名前が売れていた。
「は、はぁ、そうですか。と、取り敢えず、家に戻れば魔力茸が有る筈なので貰ってきます」
「そ、そうね。往復に時間はどのくらい掛かるかしら?」
「片道一日で往復二日ぐらい、ですかね」
「……結構距離が有るのですね。戻ってきたら一応物品が本物かどうかの確認をするので、その後、先方に連絡と云う形でいいかしら?」
「それで構いません。ここに持って来ればいいんですね」
「はい、それでお願いします。帰り道、赤い目の悪魔に出会わない様に気を付けて下さいね。なんでもうら若き乙女の生き血を吸うらしいので」
そんな笑い話にもならない冗談を仄めかす受付のお姉さんへ苦笑いを返す。なんかもう赤い目の悪魔が蛇足や尾ひれが付いて都市伝説化し始めてる感じがする。
「あ、私、ミュンと言います。以後宜しくお願いしますね、カノンさん」
ニッコリと笑顔を作り名前を教えてくれる受付のお姉さん。そういえば名前を聞いてなかった。受付のミュンさんに挨拶してカウンターを離れ出口に向かう。
テンプレっぽい出会いや諍いも無く、……いや、少年に絡まれたのと、屑な兄ちゃんに絡んだぐらいか。両方とも中途半端な絡みだったので変なフラグは立っていない、と思う。
依頼の本番は魔力茸を持ってくる約束をした明後日辺りからだと思われる。当初の目的であるギルド登録も果たしたので、あとは塩を買って帰ろう。
冒険者ギルドの建物から広場に出た。
建物の近くで屯っていた人達は数人を残し居なくなっていた。日雇い派遣業者に今日の仕事場まで連れて行かれたのだろう。
それとは別に少し離れた立派な建物の前に人々が集まっており、人垣の向こうには馬に跨り無骨で重厚な揃いの装備で整えた騎士団と思しき一団が列を作って並んでいた。
興味本位で人垣の合間を縫い隙間から身体を乗り出してみると、身なりの汚いボロボロの衣服を纏った男達が死んだ目をして縄に繋がれていた。……開拓村を襲った盗賊連中だった。
周りに耳を傾けてみると、これから南に有る領都<シューロクロス>まで護送され鉱山送りか、戦奴隷として戦場の最前線に送られ肉壁として服役する事になる。と、噂話が聞こえてきた。
遠目に騎士団と盗賊団を見ていた私の視線と、諦念からか目を虚空に漂わせていた盗賊の一人の視線が交差した。
「……!? ひっ、ひぃぃぃ、ま、魔女だ」
「……おい、あそこだ、あそこに赤い目の悪魔が居る!」
「き、騎士の皆さんっ、ヤツですっ、ヤツはホントに居るんですよ!!」
「玉を獲っただけじゃ飽き足らず命まで獲りに来やがったのか!!」
「お、お願いします、なんでもしますから助けてくだしゃいいぃ」
最初の一人の言葉に連鎖する様に盗賊の視線がこちらの方に集まり私を目視すると精神を取り乱し声を上げ騒ぎ始める。騎士団の人達は「お前等、静まれいっ! 何事か!?」と叫び、繋がれている盗賊達を持っている武器で威嚇しながら騒ぎを抑えようとしていた。
私の周りに居る一部の人達もこちらに向く盗賊の視線を感じとり「なんだ?」「誰だ?」と言いながら辺りを見回し始める。騒ぎ始めた辺りで何食わぬ顔をして人垣の裏に隠れたけれど、速攻でこの場から離れた方が良さそうだと私の魂が囁いた。
素直にそれに従い離脱しようと思うも、直ぐに行動に移せば怪しまれるかもしれないので、一旦人垣の外側に出て、内側が見られない風な子供を装い時機を見て改めて離れる計画を立案する。そんな思案をしている私の肩の上にポンと手が置かれた。
「そこのお嬢さん。ちょっとお話を聞かせて貰ってもいいかな?」
ハスキーボイスな女騎士に声を掛けられてしまった。一番前列に姿を晒していた時点で見ている人は見ているモノで、盗賊が指し示した方向で怪しげな動きをしていれば直ぐに気付かれる。如何考えても、最初から破綻していた子供騙しの計画だった模様。
更新は気分的に、マイペースに、です。
我が妄想。……続きです。