第一三一話
ここ第三の砦から見えていた陽は、山間の影に隠れ始めて、辺り一帯は暗くなりかけている。
特にこの辺りは樹木に覆われた山陰になるので、影から作り出された暗さの所為で、場所に寄っては大変見辛くなってきている。
これまで、ペンタグリムの騎士団はその名に恥じぬ働きをして、ニッパーゴの奥からやってきた、第五、第四、そしてここ第三の砦で受けた手負いの傷が有るとは言え、十数体のオーガを屠る事に成功していた。
オーガが倒される度、騎士団は僅かな休息のインターバルを取り、地元の冒険者達は歓声を上げながら現場まで降りていって、騎士団のサポートと戦闘に支障が無い様に、素早くオーガの解体をして戻ってくるといった作業を繰り返していた。
その光景をクリスさんとイーサさんは感心しながら眺めている。そして、私は何故か接待役としてペンタグリムの冒険者ギルド受付のトーメさんと、ギフト持ちの魔法を使える若い者は夢を追って地元から離れて都会へ出ていくと言った、世知辛い無い会話をしていた。
そんなひと時を過ごしていると、ここの現場責任者へ報告に行っていたオリガさんが、これまた何故か、背が高く筋骨隆々で身体がっしりとしている、現役の戦闘職っぽい年季の入った革鎧を装備して、顔や腕には幾多の戦いで付いたであろう傷が刻まれている外見をしたおっさんを、ペンタグリムのサブのギルドマスターを連れて戻ってきた。
オリガさん曰く、第五の砦でオーガを屠ったパーティーに興味をと言っていたのだけれども、挨拶を交わした際の中身まで見透かそうとする様な纏わり付く鋭い視線から、明らかに私へ興味を持って付いて来たのが丸わかりな態度だった。
彼はジーン・オータムと名乗った。挨拶を交わして、第五の砦でのオーガ討伐の快挙を褒められ、ついでにペンタグリム専属の魔法使いとしてやっていかないかと、社交辞令的な冗談半分で勧誘も受けた。オリガさんのパーティの一員として動いているので彼女の承諾無しでは受けられません。と、お断りをした。
ちょっとした会話のやり取りから、恐らくオリガさんも、サブのギルマスからペンタグリムをホームにして欲しいと言われたのではないかと推測出来た。なお、私はこの間、サブのギルマスを睨み付けながら、彼に取られまいするトーメさんに抱きつかれたままだったりする。オリガさんはこの状況に苦笑い気味だった。
そうこうしていると、騎士団達の戦闘に動きがあったらしく、援護しながら観戦していた冒険者達がザワ付き始めた。
そのザワ付きに何事が起こったのかと、私達は社交辞令的な挨拶接待を止めて、サブのギルマスとトーメさん一緒に、崖下を観戦しているクリスさんとイーサさんの元へ近付いて現在の戦況を確認する事にした。
クリスさんとイーサさんの説明で、騎士団は手負いのオーガ一体をまだ倒しきれていない状況で、森の奥から、彼等の側面を突く感じで新手のオーガが木々を薙ぎ倒しながら姿を現した、との事。
如何やら、崖上の冒険者達から見ていると森の奥から近付いてくるオーガに気付けたのだけれど、騎士団の目線からはその接近にまったく気付けなかっ様子で、突然現われた新手のオーガに虚を突かれて奇襲を受けた騎士団は戦闘隊列を崩してしまったのだとか。
軽歩兵隊が、倒しきれていないオーガに止めを刺そうとして近付いた所に、突然現われた新手のオーガが現われた事に因って、先制攻撃の騎馬隊と分断された格好となった。
身体中に、第四の砦で受けたと思われる傷が付いている手負いとは言え、人の三倍以上の大きさがある巨躯の唐突な出現に、動揺したのは仕様が無いと思う。打撃を受けて地にひれ伏したオーガとは違うのだ。私達は、クリスさんの話を聞きながら、騎士団達の動向を見据えた。
オーガに止めを刺さずにその場に立ち尽くす者、蜘蛛の子を散らす様に、てんでんばらばらに逃げ出す者。混乱が場を支配していた。
騎馬隊も、その様な状況の軽歩兵隊の援護に入ろうと、狭い隘路ながら素早く馬を反転させて、新手のオーガに対し肉薄しようとするが、それを嘲け笑うかの様に軽歩兵隊に対する蹂躙が始まる。まずは、立ち竦んでいる軽歩兵隊の一人を目標として、天高く振り翳されたオーガの拳。その瞬間――――。
――――私の記憶に、昨夜見たニッパーゴの森の奥で行われた戦闘がフラッシュバックする。宮廷魔術師ダーニッチ某が率いる帝国兵達の戦闘で、いとも容易く命を失われた獣人達の姿が重なった。
私は咄嗟の判断で、距離的に届くのか、はたまた使えるとして衝撃に耐えられるのか、それ等の思考を差し置いて、オーガの振り下ろされた拳の元へ、その場で為す術がなく棒立ちしている軽歩兵の頭上に【アンチマジックシールド】を五枚分の厚さで発現させた。
パキィン。
同時に、振り下ろされたオーガの重厚で勢いを持った拳を受けたにして、余りにも軽い音を響かせて、五枚分の【アンチマジックシールド】は光の粒子を撒き散らしながら粉々になって割れた。……いや、割れた音が聞こえたのは私だけなのかもしれない。
標的となった軽歩兵は、頭上で見えない壁にぶち当たり急停止したオーガの拳を見上げたまま、その場へ呆然と立ち尽くして手に持った長剣を力無く地面に落とした。
そして、騎士団の駆る騎馬の蹄の音も遠く、すべての動きが止まったかの様に、周囲一帯の喧騒やザワ付きが一瞬途絶えた。前世のおフランス的に、「Un ange passe.(天使が通る)」と言ったっけか。……想像以上に上手くいったお陰で、過去の知識が掘り起こされる程度には、思考に余裕が出来た。
……ここにきて脳内にひとつ閃きが起こった。なるほど、そうか、そう言う事な。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。