第一二五話
ペンタグリムから森の中を野生動物や魔獣を狩りながら獣道らしきものを辿って東へ移動して二時間ぐらいの場所。バリスタが設置された要所の一つに辿り着いた。
既に現着している、冒険者ギルド所属の者達や鍛冶屋の親父達が、迎撃準備や設備点検をして慌しく動き回っていた。
先日ニッパーゴ村へ向かう際、上空から見たけれど、森の木々に覆われて砦の存在は判らなかった。森の中、地面を歩いて辿り着いて初めてこの場所の存在を知る事が出来た。
要所と言っても、周辺より一段高くなった丘の様な場所で、東面が崩れて岩肌を見せるオーガの巨体でも簡単に登れそうにない崖になっている。
オーガがやってくる方向の東面は急勾配で守り易く、西面は緩やかな降り坂になっていてスムーズに逃げられる、そんな場所。その上に申し訳程度の石垣とバリスタが設置されているだけの簡易砦。
ぶっちゃけ、少し崖に沿って歩けば緩やかな坂が存在していて、迂回しようと思えば簡単に出来る。野生動物やら魔獣が我が物顔で簡易砦まで侵入してくる訳で、私達や冒険者達はそれらを駆逐するお仕事に従事しているのである。
ちなみに、簡易砦の役割は遠距離からの打撃であり、近接戦は想定されていない為、オーガがそのルートをやってきたら総員この場所から速攻で撤収する手筈となっている。
こんな感じの簡易砦が、ここを含めてペンタグリムまでの間に、地形的に集約していくような形であと四カ所ほど在るそうだ。
これ等合わせて五箇所、通称<五砦>と言い、私達が宿泊している宿の名前はここから来ているのだとか。出発前、宿の受付嬢がそう教えてくれた。
なお、近接戦は、ペンタグリム常駐の騎士団の方々が、散々遠距離攻撃に曝されて弱りきっているオーガを、集団で囲んで攻撃する美味しい所取り……セオリーとなっているそうだ。
私達四人は、地元冒険者達と協力して、この場所を拠点として休憩を挟みながら、オーガに追われてやってくる野生動物や魔獣を駆逐していた。それも時間が経ってくると森の奥から連続して現われていた野生動物や魔獣も、随分と会敵する数も減ってきた。
そろそろ太陽が真上に上がる頃。私達は昼休憩を取る為、拠点である簡易砦に戻ってきた。オリガさん達は休憩所で軽食を頂くらしい。
私はそれ程お腹が減っていた訳でもないので、彼女達とは別行動、散歩がてら砦の石垣が組まれた一番高い場所までやってきた。
等間隔でバリスタが設置され矢弾となる槍が所狭しと置かれ、鍛冶屋の親父達が各々の設備を点検している。そんな彼等の邪魔にならない端の方に移動する。
そういえば残念な事に、拠点に戻ったら地元冒険者から、死人は出なかったものの重傷者が数人出て、後送されたと聞かされた。
今のところ、このモンスターパレードでの死人と言えば、ダーニッチ某率いる<赤服>に連れられていた奴隷獣人だけだ。これ以上、死神連中の仕事が増えなきゃいいのだけれど。
朝食時、連中の情報が出なかったけれど、この簡易砦に向かう際も戻ってきた気配が無かった事から、まだニッパーゴ村辺りに居るんだろうか。
オーガを一旦やり過ごしてから、後ろを取ってペンタグリムと挟撃? ……なんて事はやりそうに無いな。かと言って、撤退するにしてもこちらへ戻るしかないのだし、むしろ、もう一度レイモンドを探しにエルフの朽ちた祠へ行く、か……何故に?
いや、昨日見たエルフの少女の存在……もしかしてレイモンド捜索が目的じゃない? ダーニッチ某の目的はエルフの存在そのもの? ……んん、レイモンドは何処に行った? 実は男の娘でエルフ少女だった、とか? ……ははは、無い無い。
「カノンここに居たか」
「……ふぇいっ!?」
そんな益体もない連想ゲーム的な考え事をしていたら、不意に後ろから声を掛けられた。思わず身体をびくりとさせてしまう。
「スマン、驚かせてしまったか」
「お、オリガ様。二人と食事を摂っていたのでは?」
「お前一人別行動をしたからな。何かするんじゃないかと気になって様子を見に来た」
「えー、ただの散策ですよ。普段では見られない物もありますし。って言うか、私も好きで何時も何時もやらかしている訳じゃないんですがー」
横目にバリスタと作業中の鍛冶屋の親父達を見ながら抗議の言葉を返す。つか、オリガさんが来てから親父達の挙動が不審になっているんだが。しかも微妙に腰が引けて視線が一極集中している。……気がする。
なるほど。確かに男の視線が何処に行ってるかよく判る例えだな。でも何故そんな事に? と思ったら、さっきまでは全身を隠す様に羽織っていた外套の裾を背中へ回しているから、その弾力で全ての攻撃を無力化出来そうな凶悪な胸部装甲がいやでも目に付くな。うん、納得。
「そ、そうだな。それでだな、クリスとイーサの援護なんだが助かった」
「地味に穴掘ったとか、そんなのばかりで大した事はしてませんよ」
「そうは言ってもな。地味に見えてカノンはいい仕事をしてくれた」
オリガさんもその邪な気配を感じたのか、なんとなく自分の胸元を気にし始めながら言葉を続けた。つか、私の視線から察しないで欲しい。
「まぁ、二人は気が付いて無さそうだったがな。それでもそれなりに自信は付くだろう。ありがとう」
ああ、もしかしてこの事を言う為にここへ来たのか。オリガさんも戦闘中だったから、気付いていないと思っていたけれど、しっかりと見ていたんだな。
「……それで、アレはなんとかなりそうか?」
オリガさんが向ける視線の先は、見渡す限り森が広がっており、そして少し前から、遠くの方で力任せに薙倒された、まさに木々が上げる悲鳴といった感じの破壊音が聞こえてくる。鳥も既に逃げてしまったのか、騒ぎ立て飛び立つなんて事も無く、オーガが森の中をこちらに向かってくる音だろう。自然破壊もいいところだ。
「何時も地元の人達だけで対処しているから大丈夫なのでは?」
「そうかもしれんが……やはり不安でな」
「オーガは遠距離攻撃のバリスタで弱らせ、近接戦闘は地元騎士団が行う手筈です」
「……一応私も、ここじゃないが騎士団所属なんだがな」
「でも今は冒険者の肩書きな筈です。私達の仕事はあくまでオーガの先触れの野生動物や魔獣からの拠点防衛で、危なくなったらみんなでとっとと逃げる。深く考え過ぎでしょう」
ペンタグリムで長年培ってきた対オーガの手順通りにやれば被害は最小に抑えれられると思うんだけれど、オリガさんはオリガさんで騎士としての矜持みたいなのがあるんだろうな。
オリガさんと二人森の方を見ていると、生い茂る木の葉の隙間から巨大な灰色の影が見え始めた。それと同時に辺りで作業をしていた鍛冶屋の親父連中が騒ぎ出す。
「オーガが見えた!! 先頭のが来たぞっ!!」
「休憩所の冒険者連中に連絡だ!! 武器を持て、矢弾を番えろ!!」
「狼煙を上げさせろ!! 一の砦戦闘準備だ!!」
鍛冶屋の親父達が慌しく声を掛合いながら動き始める。
私とオリガさんもその様子を見て、休憩所に居るクリスさんとイーサさんと合流する為、彼女達の所へ戻る事にした。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。