第一二三話
商隊のお偉いさん達の宴会場と化していた部屋。
「オリガさん、カノンさん、残念なお知らせ……ってオリガさんはなんで頭を抱えてるんだ?」
「私の報告を聞いてこうなりました」
オリガさんに報告を丸投げようと画策して、ニッパーゴ村往復時の話をした。彼女は鹵獲品、他にも数本在る事を伝えて使用方法も教えた、魔杖を片手に持って観察しながら「……で、魔物、オーガの数と動きはどうなってる?」とのツッコミが入った。
そう言えば、ニッパーゴ村の避難と<赤服>の戦闘の話だけでオーガの話をしていなかったなと思い至ったので追加で報告。
数は約二百ぐらいで、その内の半分、百体ぐらいが谷間全域に広がりながらペンタグリムへ侵攻している。到達は侵攻速度から考えて明日の昼ぐらいに到達する見込み。<赤服>……帝国正規軍の足止めはそれ程の効果は望めない。
それと残り百体は谷間の奥から折り返し後続としてやってくるだろうと、シュコー村長から聞いた前例の話を交えて教えた。あと、ここまでの合間に魔物の気配が点在していた事を付け加えた辺りで、オリガさんは魔杖をテーブルに置いて「……<赤服>に村人の避難はいいとして、オーガの数に魔獣の動き、エルフに鹵獲品。情報量が多過ぎる」と頭を抱えた。
「……それよりサツキ、残念な知らせとはなんだ?」
あ、頭を横に振って思考の放棄、或いは保留したっぽい。サツキさんに残念な報告の続きを問い掛けている。
「あ、ああ、やっぱりマチルダお嬢さんは解毒魔法を知らないそうだ」
「……そうか、仕方が無いな。カノン済まないがさっき言っていた方法で毒が抜けるまで休んでいてくれ」
さっき私が思い浮かべた考えが図星じゃなければいいのだけれど、取り敢えずマチルダ嬢は解毒魔法を取得していない様だ。
まぁ、最近治癒魔法に覚醒したらしいし、これからシスイ侯爵領都イヨムロにあるセーレム魔法学園で知識を蓄え経験を積んでいけば、或いはその内時間が経てば覚えるんじゃないかね。
「アイサー、マム」
「……カノンさんの、それはなんですか?」
「上官に対する敬礼です」
今は深夜だし元気も無いので、靴音を鳴らさず静かに挙手注目の敬礼を行った。私の姿勢を見た物知りのサツキさんもこれは知らない様子だ。やはりこの世界にこの形の敬礼は無いのだろう。
「……サツキ、カノンから聞いた報告とお土産がある。シガート達が戻ってくる前に纏めよう」
「あ、はい。カノンさんの報告はどんな内容なんで?」
「ニッパーゴ村から上がった狼煙は本物で現在二百体のオーガがこちらへ向かってきているそうだ」
「ファッ!?」
「あと<赤服>連中が使っていた魔杖を鹵獲してきたらしい。これがそうだ……」
「魔杖? 木剣じゃ……はぁーっ!? こ、これ材質は恐らく……エルダートレントのですよ!! 高級品じゃないですかー!!」
「そうなのか、あ、取り扱いに気を付けろ。その根元の穴に指を突っ込むと魔術が発動するらしい。他にも……」
オリガさんは二度目の敬礼なので無反応で、内心呆れ返っているのだろうけれど、大変有り難い配慮である。いや、それ以上に私の持ち帰った情報に付いてサツキさんと話を纏める事を優先したのだろう。
二人が話し合いを始めたのを横目に……つか、サツキさんの驚きの声を聞きながら私はそっと部屋を出た。情報整理頑張って下さい。
私は割り当てられた部屋に戻った。当初の方法。大量に水分摂取で毒抜きをする為、部屋に据付られた水差しから水をコップに移して飲み干した。お漏らしに要注意だ。
ところで部屋にはクリスさんもイーサさんも居ない。二人はフロントロビーでも見掛けなかったし、何処に行ったのだろうか? そんな事を思いつつ寝台へ横になる。そして、疲れが出たのか緩やかに眠りに入った。
明け方前、尿意を感じて目が覚める。左腕を動かしてみたけれど痺れは無くなっている。取り敢えず、漏らすのは不味いと、部屋を出て宿の共用トイレに行って用を足しスッキリする。
ついでに、ちらっと宿のフロントロビーを覗いてみたけれど、宿泊客も自分の部屋に戻ったのか姿も疎らになっていて、斥候任務から帰ってきた時に感じた焦燥感は無く、比較的落ち着いた雰囲気になっていた。
壁に据え付けられた薄暗いランタンの明かりを頼りに廊下を歩いて自分の部屋へ戻ると、用足しで心が落ち着いた所為か、出る時に気が付かなかった、空いていた寝台から静かな寝息が聞こえてきた。
廊下から入ってくる薄明かりを頼りに目を凝らしてみると、寝台にクリスさんとイーサさんが一緒になって眠っていた。そして彼女達の寝台脇には衣装箱とその上に胸当てやら篭手等の軽鎧が置かれている。
二人はペンタグリムの慌しさから状況を推察して、荷馬車に積んでいた自分達の防具類を衣装箱ごと部屋に持ち込んだのだろう。
今のところ、オリガさん達商隊首脳陣がオーガの襲来に対してどんな判断を下すのか判らない。そんな中で、二人共変に先走らなければいいのだけれど。そんな事を考えながら、もう一度水分補給をして自分が横になっていた寝台の布団へ潜り込んで二度寝を決めるのだった。
寝惚け眼のまま、私の右手は自動的に用意された千切った黒パンを口元へ運び、固いソレを何度も口腔内で咀嚼して胃袋へ流し込んでいく。
今は少し早目の朝食の時間。二度寝の夢の中、オリガさんが部屋にやってきて私は……と言うか、私達は起こされて身支度させられた後、宿の食堂まで、夢遊病者の如くふら付く足取りのまま、連れて来られ朝食を摂らされていた。
そんな半覚醒の状態でオリガさんから商隊の方針を聞かされる。
「商隊は後方支援としてペンタグリム防衛戦に参加。キルマ男爵家騎士チュワとその部下は商隊の護衛。ただし、私オリガとクリスにイーサの従者二名、ならびにパーティー<明星一番>は冒険者ギルドの下、緊急依頼の名目で召集の体で、防衛戦に参加する事になった」
クリスさんとイーサさんが、ゴクリと、咀嚼中の固いパンを飲み込んだ様な大きな音を鳴らした。とても十代前半の乙女が出す音じゃないと思うだけれど、流石に本人達もそれが恥かしかったのか、顔を赤くして俯いている。
「そんなに緊張する事は無い。我々の仕事はオーガの前哨戦。オーガに因って森から押し出されてくる魔獣の掃討がメインになる。オーガはこの都市の鍛冶屋が街道の要所と城壁に据え付けたバリスタで迎撃する。こんな日の為に彼等は仕事の合間で維持補修やら矢弾を大量に造っていたのだそうだ」
それを見たオリガさんは苦笑いを浮かべフォローの言葉を続ける。……って、アレ? 商隊の方針内容に、鈍い思考を改めて反芻させてみるも私の名前が無い。
「あ、あのオリガ様。私の名前が出ませんでしたが如何すれば……」
「基本的には私達と一緒に行動だ。前みたいに魔法支援だな」
前みたいに……マスロープ村の時にオリガさんの駆る馬に一緒に乗って魔獣共を魔法で蹴散らすって事だね。特等席再び。ってか? やったね!!
あ、私を見るイーサさんの目が、今なら魔獣どころかオーガもいけるんじゃね? ってぐらいに据わっていて怖いんだけど。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。