第一一九話
イベント開始はいいけれど、準備をする暇すらなく始まってしまったじゃあないかぁ。なんてこったい!!
こうなると事前準備も無く被害をどれくらい減らせるか、なのだけれど……丁度いい具合に<赤服>連中が時間稼ぎの盾になりそうだから、その間にニッパーゴ村の住人は退避して貰うのが良さそうだな。おそらく、シュコー村長も同じ様に考えているだろう。
ただ、レイモンド一行の消息も気になるし、一応、オーガの侵攻状況に因っては朽ちた祠跡まで行って確認した方がいいのかも。
「……森の妖精殿。渋い表情をしておるが如何がしたのじゃ?」
「このあと如何動こうか考えていたのです。そうそう……」
この場所を離れる前に、この狼煙がペンタグリムで確認されている事を伝えた。まぁ、来る時にチラッと見えた屯所の騎士達と帝国の残留部隊が如何動くかは判らないけれど。それでも、何時もの事だろうし向こうでも何かしらの対策を講じるだろう、と思いたい。
シュコー村長を始めニッパーゴの村人は既に避難の準備を始めているらしく、これから村へ降りて行動を開始するそうだ。それを聞いて私はニコリと笑みを浮かべて一礼する。
「ペンタグリムへ無事に辿り着ける事を祈ってます。それでは皆さんごきげんよう」
そして、その体勢のまま足元へ発生させた<アンチマジックシールド>に乗って、胸壁から後ろへスライドさせ、再び彼等に顔を向けた。
「ンな!? 金色の瞳……」
「おおっ、ちゅ、宙に浮いてる……」
「うがぁっ人外の所業だ!!」
「不吉な娘のっ、お前の祈りなぞいらんわ!!」
「に、二度と我等の前に姿を見せるな!!」
私は夜の闇に溶ける様に狼煙の明かりから離れていく。村の男達が彼是と喚いているけれど気にしない。
「ほっほっほっ、悪戯好きの妖精じゃの。どぅれ、お前達、こうしては居れん。我等も村へ降りるぞ」
さっきまで両膝を地に突けて悪ノリをしていたシュコー村長も大概だけれど、素に戻った彼一人だけが笑いながら村の男達に指示を出していた。その言葉を聞いて彼等は慌しく砦の屋上から退避を始めていた。……ペンタグリムまでの道程、夜の森にはオーガ以外の魔物が多数徘徊しているので気を付けて。
さて、ニッパーゴ村の状況も判ったし先へ進みますか。私はここから更に東へ向かう為、夜の闇に<アンチマジックシールド>を滑らせた。
ニッパーゴ村を越え暫くして、遠くの森の中に大量の魔素の赤や青の色濃い光を発する場所を見つけた。一つ一つがこれまでの魔物と比較出来ないほどの大きさで、赤や青の光点は横に広がり、山火事の炎が侵食するが如く、ゆっくりとこちらへ向かって来ている。オーガの群れだろうか?
その右手奥には一際高い、根元に夜光虫……もとい、様々な色の魔素が高密度に集まって、まるで下からライトアップされているかの様な巨木が見えた。あれがエルフの朽ちた祠跡の在る場所なのだと思われる。
そう思案していると、手前の森の中で二、三箇所、強烈な閃光がチカチカッと輝いたのが見えた。おそらく<赤服>の連中が戦闘中……魔法を行使している光だろう。つか、この世界で魔法を使える人材って貴重だって聞いた記憶があるんだが、帝国ではそんな人材が大量に居るのだろうか?
直ぐに現場上空へ差し掛かったので、その疑問を解消するべく観戦武官みたいに<赤服>の戦闘を拝見する事にした。
オーガの行進。と言うよりは横隊を組んで隘路に沿って前へ進んでいると言った感じだ。オーガは森の木々を薙倒しながら進んでいるけれど、所々で突出している個体が居るのはその障害物が少ない比較的歩き易い場所だからなのか。
……どうやら、これから<赤服>の一部隊がその突出した固体に対して攻撃を仕掛ける様だった。オーガの前方に素早く展開した二十人の<赤服>が、手に持った魔杖を銃の様に構え戦列を作っていた。
オーガは、目の前に居る<赤服>に気付いている様子だけれど、踏み潰す気でいるのか、歩くスピードを緩めずそのまま進んでいる。私は上空に待機して木々の隙間から見える範囲で様子を窺った。
そして、<赤服>とオーガの戦闘が始まった。
隊のリーダーらしき者の号令と共に、戦列兵の杖先に魔法陣が造り出され、そこから二十個の炎の弾がオーガへ向かって飛んで行った。着弾と同時に爆炎がオーガの身体を包み込む。炎の弾の幾つかは外れて背後の森に着弾し木々を燃やしていた。
着弾を合図として、近くに身を潜めていた獣人達が飛び出して被弾したオーガを囲い込み、手に持った槍や剣で近接戦を挑みオーガの肉体を削っていく。オーガも爆炎と斬り傷にもがき苦しみながら、近接戦を挑んできた獣人に対して反撃とばかりに手に持った剣鉈を横薙ぎに振って吹き飛ばしている。そんな攻防が何度か繰り返された。
獣人達は体勢を立て直す為か、吹き飛ばされた仲間を担ぎ上げて間合いを取った。そのタイミングで<赤服>の持つ魔杖から第二弾が放たれる。全弾着弾とはいかなかったけれど、地に膝を突けるくらいのダメージを与えていた。そして、間髪居れずに間合いを詰めた獣人達が畳み掛ける様にオーガを攻撃していく。最後は獣人の一人がオーガの喉元に槍を突き刺し倒していた。
<赤服>……いや、帝国の兵隊達は魔杖に拠る遠距離攻撃と奴隷の獣人達に拠る近距離攻撃の役割を持って連携しながらオーガと戦闘をしていた。
最初は大量の魔法使いや魔術師が居るものだと思ったけれど、<赤服>連中は魔法陣が発生する魔杖を使って魔法攻撃していた。周囲から魔素が消費された気配はなかったので、彼等が天然の魔法使いと言う可能性は無いだろう。
それでも、彼等全員が放った魔法は均一化された炎の弾であり、余程の訓練を行って漸く体現出来る技術だと思われる。しかし、それとは裏腹にムラのある命中率だった事を考えると、普段から魔術を扱っている様にも見えない。彼等の持つ魔杖は魔術を以って造られた魔道具ではないだろうか?
そして、宮廷魔術師であるダーニッチ某も同様に魔杖から連続して魔術を行使していた事を考えると、<赤服>連中が使っている魔杖は、彼が造り出した物と推測出来る。<赤服>の持っている魔杖が連続使用出来ない事を考えると劣化版だと思われる。……一つ欲しいな、鹵獲出来ないだろうか。
<赤服>の考察はこれぐらいにして倒されたオーガに視線を移す。背が獣人の倍ぐらい。最低でも三、四メートル程だろうか。マスロープ村で会敵したキバオウよりデカイとか、まさに巨鬼。
右手に持っている幅広の剣鉈が、その巨躯の所為で大きい目の出刃包丁に見えてしまう。頭には兜を被って胸当てや腰当を装備してるし、何処から調達した武装なのだろうか?
その身形から察するにそれなりの文化を持っていそうだけれど、モンスターパレード以外でその姿を目撃した話は聞いていない。何処からやって来ているのだろうか? 一番怪しいのはエルフの朽ちた祠跡なのだけれど、取り敢えずは後回しだな。
等等。考察の為に思考を巡らせていると、<赤服>の他の部隊が別のオーガに対して攻撃を始めたのでそちらに目を向けた。
着弾した爆炎の明かりに浮かび上がったゴツイ巨人の姿が、とんだ流れ弾として前世の記憶にヒットしてしまった。
日本は東北地方の西にある半島の観光地で置物だったけれどその姿が重なって見えた。あれって鬼っぽい姿形だけれど、実は鬼じゃなく神の使いなんだとか。
子供を泣かせたり、女性が入っている浴場に乱入したり、家々を回って酒飲んで去っていく……中の人は独身男性らしいけれど、それじゃ結婚出来ないんじゃ……なんてのは余計なお世話か。
そんな遠い記憶から現在へ思考を戻す。
今度の部隊もなんとかオーガ一体を倒していたけれど、戦列歩兵としては森の中という戦闘に不向きな場所の所為もあってか徐々に損害が増えている様子だった。
そんな中、一人だけタイマンでオーガと対峙する者が居た。白い長髪を後ろで結んだ眼鏡を掛けた十代半ばぐらいの少年っぽい男、ダーニッチ某。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。