第一一五話
シュコー村長は庭先に集まった男達を宥めて、その場を一旦収束させた。私は彼の預かりとなり、村長宅に集まった男達も三々五々と解散していった。
私はシュコー村長に、ひと悶着なりそうな、雰囲気を治めて貰って感謝の意を伝えた。シュコー村長は笑って気にするなと答え、玄関先だったけれどもハーブ茶で持て成してくれた。
私はちゃっかりと軒先に居た猫をしっかりと回収し、現在は膝の上に乗せて撫で回している。村長宅の飼い猫だそうだ。茶虎の猫は凄く迷惑そうにして幾度か手や足を動かして脱出を試みていたけれど、逃がさなかった。……ああ、精神的に極楽だ。
一応、その間もシュコー村長と色々と会話をしていた。森の妖精の思い出話に始まり、山師として資源の調査で彼方此方の山々を渡り歩いた話。その先で美人の奥さんと結婚出来た事。等等。
シュコー村長から私を見る目、話の最中に相槌を打ちながらも繰り広げられている猫可愛がりに対する、呆れている視線を感じたけれども、村長も自分の昔話を気持ち良さそうに小一時間程語ったのだし、お互い様だと思う。私は気にしない。
そして、最近の正体不明の黒い影の愚痴が入って漸く本題の部分に差し掛かった。
一週間程前から、村の樵が山の仕事場の往復で黒のボロ衣を纏った骸骨を見たのを始めとして、村の猟師が狩りへ出た時は人が近寄れない崖上に黒くヒョロリとした背格好の騎士がぽつんと立っていたとか、川に洗濯場で村の奥さん方が対岸で蠢く黒い塊を見て悲鳴を上げたとか……。
シュコー村長の所に、他にも結構な数の黒い影の目撃情報と報告が寄せられた。村や村人に脅威が無ければいいのだけれど、放置したままだと何かしらの危険な事態が起こる可能性を考慮して、村人達と相談。その結果、村の共有財産から報酬を捻出して、ペンタグリムの冒険者ギルドへ調査依頼を出したけれど、未だに人員が派遣されてこない。その間も日に一度か二度ほど目撃情報と報告が上がってくる。
そこへ先日、ゲーノイエ伯爵家の長男レイモンドが供の騎士達を連れて、シュコー村長の所へ挨拶に来たのだそうだ。最初は騎士を派遣して来るほどにここを重視して貰えているのかと内心で喜んだものの、彼等と会話をして目的が別に有ると知って失望に変わった。
ただ、その時のレイモンドは、切迫した様な追い詰められた様な、焦燥感の漂う表情をしていたらしい。そして、見送りの際「私は東に向かう。村長には迷惑を掛ける」と言ってオクロウマン街道を更に東へ向かったそうだ。
シュコー村長は、レイモンドが何を言っているのか判らなかったけれど、その後、一日遅れで帝国の軍隊がやってきて、レイモンドの所在と食料の提供と供出を要求された事で、彼はこの事を言っていたのか、と思い至ったそうだ。
村人が帝国の軍隊相手に粗相をしてしまっては、目を付けられては大変だと、直ぐ全員に家の中へ入って不要不急の外出は控える通達を出して、村長が前面に出て彼是と話し合いを行ったそうだ。
帝国の軍隊は思っていた以上に紳士的な振舞いを見せていたそうで、軍隊を率いていた、白い長髪を後ろで結んだ眼鏡を掛けた十代半ばぐらいの少年と言っていい若者が、規律をしっかり守るよう隊長に厳命していたらしい。
兵隊達は隊長の指示に従い出合った村人に物腰柔らかく接していた様だ。そしてこの辺境に在って物珍しい獣人の奴隷も見受けられたけれど、オーガに比べればまだ可愛い部類の犬系の種族だったと、外見上は人とそれ程変わりのない容姿をした種族だったと、話し合いの時に白髪の若者が教えてくれなければ判別が付かなかったと、シュコー村長の感想。
そのお陰なのか、今朝方の、準備が整い出発するまでの間、問題らしい問題は発生しなかったのだけれど、食料の供出分が結構な量になったらしく村の倉庫の蓄えが殆ど持っていかれたのだそうだ。
当然、不満を感じた村の男達がシュコー村長のやって来て先程の騒ぎを起こしていたのそうだ。まぁ、騒ぎと言うか文句と言うか、やり場の無い怒りと愚痴をぶつけていたらしい。
シュコー村長は上手く聞き流しながら応対していたそうだけど、長引きそうな抗議を如何に纏めようかと思っていたそうだ。
そう云った意味で、私が現れたタイミングはシュコー村長にとっては渡りに船で一旦騒ぎを収めるに丁度よく、話の締めで「助かった」と礼を言われた。
その頃になると、私の膝元にいた猫は脱出を諦めて、全身を弛緩させながら喉を鳴らしていた。ふふふ、勝ったな。……や、ちゃんとシュコー村長の話も聞いていましたよ。と、誰とも無く言い訳をしてみる。
さて、シュコー村長から話を聞かせて貰ったお礼として、冒険者の嗜みの七つ道具の一つであるポーションを幾つかを背負い袋から取り出して、「件の黒い影が悪さした時か、次回のオーガの襲来時にでも使ってください」の言葉を添えて渡した。
シュコー村長は「……黒い影はまだしもオーガ襲来の当たり年はまだ先、じゃがヌシの気持ちありがたく頂いておこう」と言って受け取ってくれた。そして、受け取ったポーションの瓶を見ながら何かを考えている様子だった。
その表情を読み取って私が「我が家秘伝の特別製法なので未開封だと消費期限は数年持つ筈です。安心して使って下さい」と付け足すとシュコー村長は驚きつつ安心した顔になった。……数年持つというのは嘘だ。恐らく直ぐに使う機会が訪れるだろう。
ド直球で「近々オーガのモンスターパレードが発生しますよ」と忠告しても信じて貰えそうに無いので適当な理由を付けてみた。テヘペロン。つか、正直な話、これだけじゃ足りないかもしれないけれど、事が起こった時はシュコー村長を始め村の皆が無事でいて貰いたいと言う偽善的な下心も入っている。
エンヤさんの仲間だと思われる黒い影の話は噂程度の情報だけだったけれど、ゲーノイエ伯爵家長男レイモンドと<赤服>の連中は更に東へ向かった情報が得られた事で良しとしよう。
……んー、時間的に更に東へ行けるだろうか? それとも一旦ペンタグリムに戻って明日の朝から出直した方がいいのか?
会話中に膝上で玩んだ猫に後ろ髪を引かれ精神的に辛い別れをした後、シュコー村長宅を辞去し、表に出ると思った以上に陽が西へ傾いていて山々の陰が辺り全体を覆い薄暗くなり始めていた。
これに由って、今日の東へ向かう方針は諦めてペンタグリムへ戻る事にした。時間の流れを狂わせる猫の癒し効果恐るべし。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。