第一一一話
夕方。
私達は狩りと獲物の解体を終わらせザキセルオンの冒険者ギルドへ向けて荷馬車をゆったりと走らせている。先行してオリガさん、クリスさん、イーサさんの馬の影が地面に長く延びている。
昼休憩時、クリスさんの身の上話で思考がそっちに持っていかれた所為で、私が天然の魔法使いだと言う事は軽く流され、<赤服>の行軍隊列で繋がれていた獣人の話題に触れる事すら忘れていた始末。
なので帰りの馬車でサツキさんに獣人の話題を振ってみた。
サツキさん曰く、獣人はエウテルベ大陸の南、セントルイス海を挟んだ黄金大陸と言われる地に在り、魔物とは違って人種に近しい存在で、多様な種の獣人が独自の文化と己の身体能力を武器に生活しているのだそうだ。
そんな彼等の身体能力に目を付けた奴隷商人達が、体のいい労働力として現地で徴用して、各地へ送り貴族の荘園労働や鉱山採掘等の仕事をさせている。そして、中には兵隊としても使役させられる者も居る。先程、繋がれて行軍に従事していたのは恐らくそれだろうとの事。
なお、現地で徴用とは、所謂奴隷狩りの事である。獣人達も奴隷狩りに対しエウテルベ大陸の各国へ抗議の声を上げたり抵抗しては居るものの、例えとして畑から収穫出来るぐらい簡単に労働力が確保出来る為、各国は然程効果が有る対策を採らないまま、奴隷商人達の奴隷狩りが横行しているの現状なのだそうだ。
当然、彼等も従順にそれに甘んじた訳では無く、黄金大陸北部沿岸で奴隷狩りの商人を襲って仲間を解放したり、大陸中央から南方に掛けてにエウテルベ大陸各国に対する勢力を作り上げて抵抗しているらしい。
サツキさんは最後に「一応、利害関係やら互いを尊重する仲のいい繋がりもあるらしいけどな」と付け加えていた。大陸の反対側の話なので彼是想像するしかないけれど、人と獣人の関係も中々に面倒臭そうな感じである。
話をしていると時間の経つのも早いモノで、何時の間にかザキセルオンの町に入っていて、視界には冒険者ギルドの建物が見えてきていた。
到着すると、オリガさん達三人は冒険者ギルド入り口近くに有る馬の繋ぎ場へ自分の馬の手綱を繋いで、係りの少年にひと言ふた言話して小遣いを握らせ馬を見ている様にお願いしていた。
ザキセルオンの冒険者ギルドで、一部を除いて狩ってきた獲物と素材を換金する。オリガさん達は森の奥でゴブリン達を見つけ出して八つ当たり……狩っていたらしく、討伐証明の右耳が大量に入っていた麻袋を渡していた。丁度、春先の繁殖期に当たっていたので職員達から大変喜ばれていた。
狩りで得た肉や素材の換金分に関しては五人で均等に分けた。当初、オリガさん達は常設依頼として在ったゴブリン討伐の分も一緒に分配していいと言ってくれたのだけれど、私とサツキさんが固辞したので、最終的に参加した三人で分けていた。
ゴブリンの魔石は商隊で確保しておきたいとの事で冒険者ギルドには渡さなかった。
余談として、冒険者ギルドで換金を終えて宿である<新港>へ戻る際、サツキさんが「やっぱ冒険者ギルドで換金するより民間の商人に卸した方が幾分か儲かるなぁ」なんて金勘定を念頭に置いた発言をしていた。って、サツキさんは商人だったか。
宿に帰ると、オリガさん達は馬を厩舎に連れて行って手入れを始めていた。
サツキさんは冒険者ギルドで換金しなかった分の肉の調理をお願いする為、宿の受付へ話を持っていった。一応、他のお客さんにも出せる量があるので無碍に断られないだろう。
晩御飯までの空いた時間、私は一足先に疲れ解して汚れ落とす為、宿の温泉へ向かった。
掻け湯を浴びて身体を磨いて広々とした湯船にゆったりと浸かる。
「ふぅー……っ、温泉はいいねぇ。魂が洗われるようだ」
……たましい、魂か。精神霊体。
この世界で、我が死神のエンヤさんを構成する、現実物質では触れる事すら出来無いと言っていた幽霊みたいな身体。
昼前に会ったダーニッチ某の言葉を思い出す。
「見た事の無い精神霊体の構成」
彼の言を根拠に想像すれば、私の身体もそれを含んだ肉体構成であり、その所為で以前エンヤさんの身体を触れる事が出来たのだと考えられる。
そして、見た事の無い構成とは、私の他に別の構成を見た事が有ると言う事だ。例えばルーリエ・セーブル然り、ダーニッチ某然り、見た目は若々しいのに対して中身は高齢だった。もしかしたら宮廷魔術師達は精神霊体に付いて何かしらの研究を行っている可能性が有って、何かしらの技術を以てそれを弄ったり視たりする事が出来るのかもしれない。
それに付随して<死の堕天使>を考察する。いらないあだ名を付けられたものだ。や、確かに転生時は空を落下していたけれど……「堕」は合ってても「天使」じゃないよな。それに一緒に墜ちてたエンヤさんの方が似合いそうだ。……死神だけれど。
あと、ダーニッチ某はルーリエ・セーブルの魔術を想像で複製した事よりも殺した方に驚いていた。
彼女は吸血鬼って前情報があったから、肉体を損壊させても復活しないように銀貨を弾丸代わりに使って倒したけれど、実は精神霊体が元になってて、それも破壊しない限り完全に殺せない存在なんじゃないのだろうか? 実際に最後はエンヤさんが飛び上がってトドメを与える動きをしてたし……。
そうであれば、極論として考えると精神霊体に触れられるエンヤさんと私は、宮廷魔術師達にとって天敵と言った所なのだろうか。それにしてもダーニッチ某の<死の堕天使>と面白おかしく笑っていたのはなんとも解せないのだが……。等等。
色々と思考を巡らせていたら長湯をしてしまったらしい。知らぬ間にオリガさん達が馬の世話を終えて温泉に入ってきて身体を磨いていた。
私とした事が、大好きな女体が目の前で泡踊りしているのに気付かなかったとは、湯中りでのぼせ気味だったのかもしれない。そう思いながら湯船から出て脇に置いてある編み椅子に腰を掛て火照った身体を冷ました。……浴室に充満する湯気が心地いい。
私達は温泉から出ると晩御飯の準備が出来ていて、サツキさんのお願いが通ったのか、肉のおかずが一品増えていて給仕の人に感謝された。
私達は席に付いて、オリガさんだけは相変わらず地酒を頼んでいたけれど、それらを頂く。現地でワイルドに焼いて食べるのもいいけれど、きちんと味付け調理したのも美味い。
晩御飯後のお茶を楽しんでいると、シガートさんが席までやってきて、オリガさんに話し掛けていた。
内容は、シューロクロスからの定時連絡有り。ゲーノイエ伯爵当主は厳重な<赤服>の警護によって会えなかったが次男バーニッツと挨拶が出来た事、それに伴い明日の午前中にマチルダ一行が戻ってくる事が簡単に伝えられた。
早ければ明日の午後以降もしくは明後日の朝に出発すると思うのでしっかりと準備を整えておく様に、との事だった。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。