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散文の後/南風  作者: 新辺守久/小珠久武
第〇九幕 使と笑う者
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第一〇八話

 また、絶妙なタイミングで登場しやがって、……なにが実にいいんだよ。こっちは全然宜しくないんだが。


「……へぇ、その紅目は魔素の影響かな。それに見た事の無い精神霊体アストラルボディの構成だね」

「!?」


 コイツ何を言って……いや、私はそれを知っている。随分前にエンヤさんが口にしていた言葉だ。彼女の身体を構成しているとか、そんな話していた。私の身体もエンヤさんと同じ精神霊体なのか? それが視えているって事はダーニッチ某も同じ精神霊体持ち? ……なんだよそれ。


「スマンがそいつはやれん。うちのパーティーの大事な稼ぎ頭なんだ」

「……貴女は何者ですか? 僕は今、彼女と話しているんだけど邪魔しないで欲しいな」

「私は、このパーティーのリーダーをやっているオリガという。行軍の邪魔をしたのなら謝る。彼女の馬乗りの練習をしていたら暴走してな」

「……ふーん、なるほど、ね。僕はダーニッチ。そんな事よりも僕からすれば、天然とは言えこんな素材が辺鄙な田舎で腐らせるには勿体無いと思うんだけどね」


 馬の暴走は嘘である。オリガさんは咄嗟の判断でそう言ったのだろう。そしていまだ仰向けで横になっているクリスさんの方へ視線を向ける。白髪眼鏡の少年の姿をしたダーニッチ某は釣られてクリスさんの方を一瞥したけれど、そんな事扱いで興味は無さそうだった。私の事も華麗にスルーして欲しかったわぁ。


「こんな辺境でも掛け替えの無い仲間なんだ、引き抜きは勘弁して欲しい。……しかし、物々しい兵隊の数だな、軍事行動か何かか?」

「答えられない」

「お前があの行軍している兵隊達の責任者か?」

「責任者は後ろにいる男さ。僕は……まぁ、オマケの様なものだね」


 オリガさんは会話の流れで何かしらの情報を引き出す為なのか世間話を始めた。肝が据わっている。私のその間、放心しているクリスさんに近寄って起こしに掛かる。気絶していないから思考が回復したら、また突っ掛かって行きそうだけど。


「……クリス姉様、お身体は大丈夫ですか?」


 一応、風魔法のクッションで怪我は無い筈だけれど、彼女の身体を気使って問い掛けた。


 クリスさんは仰向けの状態でしばほうけた視線をこちらに向けていたけれど、頭の中で現状の整理が付いたのか、それまでの事を思い出したか上体を勢いよく起こした。


「クリス姉様、無事で何よりです、何事も無さそうでホッとしました!!」


 私はかさずクリスさんの上半身に全体重を乗せて抱き付いて、普段なら合法的に少女の身体に抱き付いたと喜んでいたかもしれないけれど、また彼女を暴走させたら拙いと思い、そこから立ち上がれない様に無事な事に安心したていで地面へ押さえ付けた。


 うーん、抱き心地はいいのだけれど、残念ながら冒険者装備で革の胸当てとか外套で余り柔らか味を感じられない。


「……カノン退いて、邪魔しないで。赤服は弟の、家族の仇なの」


 真面目にと考えていた筈なのに、よこしまな思考が脳内をぎった瞬間、耳元で彼女の殺気の篭った低く乾いた声が聞こえた。その声に肝が冷えた。


 そして、クリスさんの灯台兼見張り台の展望台での取り乱し方はそれにあったのか、と思うのと同時になんとなく雰囲気で想像が付いていた。……私も開拓村で同じ様な思いをして盗賊を殺めたのだ。目の前に対象が在ると負の感情は簡単に抑えられない。


 とは言え、恐らく立ち上がらせたら最後、クリスさんは勢いに任せてまた突っ掛かって行くだろう。逆上した小娘一人の力じゃ何も出来ない。ましてや相手の<赤服>は多勢に無勢で更に宮廷魔術師まで居る。何も出来ずに返り討ちは必死。オリガさんが居ても無理だろう。数の暴力で押し潰される。


 今も彼女は立ち上がろうと、私の束縛から逃れ様と、普段使った所すら見た事がない罵倒と怨嗟の声を上げながら身体を激しく揺すってもがいている。殺気も駄々漏れだ。


「クリス!! カノン!!」


 オリガさんが私達の名前を叫んだ。視線を走らせるとこちら側へ馬を後退させている。その向こう側では、長杖をライフル銃の如く構えたダーニッチ某の姿が見えた。口元はブツブツと何かを唱えている。恐らく魔術の詠唱。


 それに伴って長杖の先端に、文字らしきものと幾つも配した円形に大本になるのであろう六芒星をかたどった魔法陣が、薄っすらと光を放ちながら浮かび上がっていた。


 ああ、クソっ、狙いは私達だ。長杖の先は私とクリスに向けられている! 流石に今回の茶番には付き合ってくれなさそうだ。


「……二度の下手な芝居。やっぱ君達は僕達に仇成あだなす者だったんだね。天然の魔法使いは惜しいけれど、脅威になる前に消えて貰おうよ!」


 やはりダーニッチ某は展望台の時の茶番を、私としても白々しいとは思っていたけれど、気付いていた上で見逃してくれていたらしい。


 彼はその言葉を挟んでひと呼吸置いてから術式が起動するのであろう鍵言を三回唱えて魔術行使した。


「土属性魔弾装填。<マジックバレット>! <マジックバレット>! <マジックバレット>!」


 私は前回、展望台でダーニッチ某と遭遇した際の<鑑定>結果に出ていた魔弾の射手は、その名の通り魔術で造った弾丸的な何かを射出するのだと予想していた。


 杖先の六芒星と円形がぐるりと回転して光り輝くのと同時に、私は目の前へ<アンチマジックシールド>を三枚重ねで展開させた。


 キルマ男爵の庭でルーリエ・セーブルが<アンチマジックシールド>を使っていた時は、魔法一撃に対して一枚で相殺と言う形でしか対応出来ていなかったからだ。それに如何やら彼女同様、魔術行使には魔法陣と詠唱、鍵言が必須らしい。そんなタイムラグが有るお陰で、私の魔法が間に合うのだ。


 あとは万が一、<アンチマジックシールド>で対応出来なかった場合に備えて、クリスさんを強く抱き締め庇いながら迫り来る魔弾を見据える。それまで束縛から逃れ様と激しく身体を揺すっていた彼女も、状況を察したのか息を飲んで身体を硬直させていた。オリガさんは再び私達の名前を叫んでいた。


 直後、私とクリスさんの眼前で、案の定三回ほど、魔弾と透明な盾が大きな音を立ててぶつかっり合った。互いに魔素で構成された<マジックバレット>と<アンチマジックシールド>は衝突し光の粒子をばら撒きながら粉々に砕けて大気に霧散した。


「……ッ、あの女が研究していた魔術!? 複製、したのか……いや、それより……君かっ! アレをったのは君なのか!!」


 ダーニッチ某は<アンチマジックシールド>の展開に驚きを露わにしていた。そこからルーリエ・セーブルに辿り着いた様だ。確かに私が彼女に銀貨を撃ち込んで灰塵としたのだけれど、魂を回収したのはエンヤさんで、謂わば二人の共同作業だった。魔術の複製って言うかパクッた。やってみたら出来た、とも言う。


 私はダーニッチ某の次なる魔術行使の警戒しながらその一挙一動ににらみを利かせる。


「……あは、あははははっ! はははははっ!!」


 ダーニッチ某は突然、展開していた魔法陣を閉じてライフル銃の様に構えていた長杖を下ろし、左手で頭を抑えながら大声で笑いだした。


 オリガさんが私達の方へ、そっと馬を近づけ寄って来た。クリスさんは魔弾を受けた衝撃の所為か、私の服を震えながら握り締めている。私達三人は大笑いするダーニッチ某を見ていた。


「ふう……。いやぁ、久しぶりに笑わせて貰ったよ。信憑性の無い話だとばかり思っていたけど、そうか、実在したんだ……」


 ひとしきりダーニッチ某が笑い終わると、私達の方を、いや、私を見据えながら、そんな独り言を漏らした。けれども、その眼は、狂信的な瞳と言うのだろうか、畏怖と歓喜が表れて見えた。


「やぁ、思いの外、楽しませて貰ったよ。隊列も随分先に行っちゃったし僕はもう戻るね」

「…………」

「君達もさ、黙ってないでさっさとここから離れる事だね。怖い怖い赤服のお兄さん達がお迎えに戻ってくるかもよ?」


 <赤服>の親玉が何を言ってるんだか。ただでさえ、お前達は敵だな! って、魔術戦を始めたと思ったら、一人で何かに気付いて、勝手に盛り上がって、自分だけ納得して自己完結して、はい解散! って、急転直下な感情のジェットコースターに乗れる訳無いよ。置いてけ堀食らったオリガさんとクリスさんなんて呆気に取られてるし……。


 しかも、ダーニッチ某は空いている左手で手綱を引いて跨っていた馬の踵を返して、去り際。


「また会おう、死の堕天使殿!!」


 最後の最後で私に向かって変な二つ名を付けて行きやがった。なんだよ、死の堕天使ってよ。あー、もうっ!


 近くまで付いて来ていた<赤服>の気苦労が絶えなさそうなおっさんと合流して先行して行軍している隊列へ戻っていった。


「オリガ様、クリス姉様。イーサ姉様とサツキさんが狩場の広場で待ってますよ、さっさと戻りましょう」

「……あ、ああ。そうだな、戻るか。死の堕天使殿」

「……うん。か……死の堕天使……殿?」

「二人してそーゆーの止めてっ!!」

「は、ははは」

「……ふふふ」


 取り敢えず、クリスさんから毒気が抜けた感じがするので良かった、と思いたい。

我が妄想……続き、でした。

読んで頂き有り難うございます。

更新は不定期でマイペースです。

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