第一〇七話
クリスさんが、馬を駆って広場から出て行った。恐らくブリタニア帝国正規軍に接近するのだと思われる。事実、そちらに向けて馬を走らせている。
そして、彼女を止める為にオリガさんがその後を追い掛けていった。
「オリガ様はクリス姉様に追い付くと思いますか?」
「……正直、少し厳しいかと」
「オリガお姉様はクリスに必ず追い付くのです!」
イーサさんはこう言っているけれど、私もサツキさんと同じ見解だ。
クリスさんとオリガさんの二騎が、解体に使っていた池を時計回りに迂回しながら走っている。クリスさんが先行して、道無き道の野原を子供の背丈ぐらいの草を掻き分け走っている分、オリガさんが徐々に差を詰めている。
このままだとクリスさんに何かしらのトラブルかアクシデントが発生しない限り、オリガさんが追い付く前に、ブリタニア正規軍が行軍している場所へ辿り着いてしまうだろう。
「……拙いですな、ブリタニアの連中も二人に気が付いた様ですよ。偉そうな連中が立ち止まって彼女達の方を見ています」
行軍中の隊列は行進を止めず、馬に乗った何人かの者がその場に留まって駆け寄ってくる二人を観察、敵か見方かを確認している様子だった。
余計なお世話かもしれないけれど、私は、ぶっつけ本番だけれど、自分自身をクリスさんを追い掛ける次の矢として放つ事にした。
「サツキさん、サツキさん、お花を摘みに行っていいですか?」
「お客さん、いきなり何を言ってるんですか? それにさっきまでここ等辺の素材採取してたんですがね、花なんて咲いてませんでしたよ」
「な、なんだってーーーっ!!」
おっふぅ。サツキさんに意味が通じず、素で返されてしまった。……まだ「雉を撃ってくる」の方が通じたのか? や、この世界に雉が居るのか判らんし、その前に鉄砲が無いと通じない言葉かもしれん。
「カノン、オリガお姉様が言ってたのです。クリスを連れ戻すまで、たとえお腹の緊急事態でも、不用意にここを離れたら駄目なのです!」
そして思考が逸れてる間にイーサさんからも力強く駄目出し。しかもお花を摘む意味が通じている筈なのに、私にここでやれと、サツキさんも居るここで漏らせと言う……なんて恐ろしい娘。まぁ、イーサさんにとってオリガさんの指示は絶対んだよな。了解。
……じゃないよ!! ならばっ、この二人に首トンして気絶して貰う!! ……なんて技術は持って無いしー、もう勢いで押し通すしかないよな。
「あーもー我慢出来ないーっ! トイレーーーっ!!」
私は棒読み気味で叫びながら森の中へと駆け出した。
「か、カノンちょ……待つのです!! 待つんです!!」
「あ、お客さん!? 一人で森の中は危険ですよ、お客さん!!」
イーサさんとサツキさんの叫び声が後ろから聞こえてきたけれどそんなのはお構い無しに、二人の姿が見えなくなるまで森の中を突き進み、頃合を見計り、私は足元に透明な盾を<アンチマジックシールド>を展開させた。
イメージはスケートボードやスノーボード、サーフィンボードに乗る感じで、マスロープ村のお風呂場で透明な盾に身体を乗せて実験した時の様に。そして一気に森の上へ飛び上がった!!
所々木の枝に引っ掛かりはしたものの、上手く森の上空へと出られた。よし、<アンチマジックシールド>に上手く乗れてる。イメージ通りに動く!! この瞬間、私は重力に勝ったのだ、ふははは! このまま景色を楽しみたいけれど、それは次の機会に取って置く。そこから更に高度を上げる。
結構な高さまで上がって足元を見下ろすと、森の入り口広場付近で小さく見えるイーサさんとサツキさんが、三人目がその場から飛び出して行ってしまった所為か右往左往していた。上空まで気が回っていない様子だった。済まぬ、すぐに戻るので待ってて下さい。
私はその高度を維持して、位置を池の上を越えてブリタニア帝国正規軍の方へ寄せて、<ストレージ>から愛用の弓を取り出し矢を番えた。目標はクリスさんの駆る馬の前方。狙いが定まるのと同時に弓を放った。
続けて二本三本と放った矢、計三本の矢は射ち下ろしの勢いそのまま、狙い通りにクリスさんの駆る馬の前に順次着弾する。突然の飛来して前方に突き刺さった威嚇射撃の矢で、馬が嘶き驚いて、その場で急制動を掛けて足踏みしながら停止した。その時、乗っていたクリスさんが、小さな悲鳴と共に、勢い余って馬上から放り出された。
私は矢を三本放った後、直ぐに<アンチマジックシールド>を、サーフィンの波乗り如くイメージして空中を滑らかに機動させて急降下して地面スレスレまで至り、進行方向に風魔法で刃を発生させて野原の草を刈り取り掻き分けながら滑る様に、彼女の馬が手に届くぐらいまで近付いた。
当然、クリスさんが馬上から放り出されたのも見えたので、地面へ身体が叩き付けられる前に、前面に展開していた風魔法の刃を流用して彼女の下へ飛ばし緩衝材に変えて使用した。
飛行機が滑走路に着陸するが如く、<アンチマジックシールド>を地面を滑らせ、走るぐらいの速度まで減速した辺りで、それから飛び降り地面に横たわるクリスさんへ駆け寄った。彼女は振り落とされたショックでなのか、仰向けになった状態で大きく目を見開きながら呆っとしていた。
傍目で彼女に怪我の無さそうだと確認しながら、少し先の地面に刺さった矢を回収する。私は<アンチマジックシールド>の有用性を。足場にして動くのって風魔法を背中に受けて走るより速いし楽だよな、他人が見てない所で使おう。なんて考えていた。
「カノンお前何処から……クリスは無事か?」
「クリス姉様は大丈夫です。多少放心している様ですが……」
「そうか、カノン助かった。クリスを連れて直ぐにここから離れ……る、ぞ」
そうしている内にオリガさんが遅れて到着した。この場にいる私に驚きながらも直ぐにクリスさんに意識を持っていき、彼女の状態確認と近場にいるブリタニア帝国正規軍の事を考えてか直ぐに離れる様に言ってきたのだけれど、その言葉は途切れ途切れに尻すぼみだった。オリガさんを見ると私の後ろの方に視線を移して苦虫を噛んだような顔をしていた。
「ああ、地元の冒険者だったのか。魔法も使ってた様だしてっきり不埒者の襲撃かと思ったよ」
その声に振り向くと、馬上で右手に持った自分の背丈よりも長い杖の先端を、銃身の長いライフルで狙いを定める様に構えて、こちらに指し向けながら宮廷魔術師ダーニッチ某が近付いてきていた。その後ろには<赤服>を着用した展望台で見た気苦労の絶えなさそうなおっさんも居た。……残念ながらこの場を離れるには少し遅かった様だった。
馬上に居る所為か、光が反射した眼鏡の所為で視線は見えず、白い髪が風に揺れている。口元は三日月を描く様に笑みが浮かんでいた。
「……おや、また会ったね。天然の魔法使いさん。えーっと、その紅目が君の本当姿なのかな? ……いいねぇ、実にいい!! そうか、僕の勧誘を受けてくれる気になって、ここまでわざわざ追い掛けて来たんだね?」
ダーニッチ某は愉悦に満ちた笑顔しながらそんな事を言った。なんて自己都合のいい解釈を、そんな訳ないじゃん。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。