第一〇六話
今の時期、ノーセロからマスロープ辺りに掛けて多少の雪が残っていたけれど、ザキセルオンの南東にある森は足元がグズ付き滑り易い場所は在ったけれど、それほど移動の苦労は無かった。
そしてこの場所、辺りは下草が殆ど無く若木の枝に付いていた筈の新芽も食べ尽くされている状態だった。その原因である獲物を補足して、私はオリガさんへ標的発見の報を入れた。
「オリガ様、立派な角を持った大物の鹿です。オリガ様なら一撃で仕留められます。どうか魔法剣で<ウィンドウカッター>を!!」
「は、ははは、こやつめ!!」
お前が魔法を放っているのだろうが!! そんなニュアンスで笑いながらオリガさんは剣を振るう。剣先からは、私が風魔法で生み出した<ウィンドウカッター>が迸り、離れた位置に居る獲物に向かって飛翔して着弾した。
マスロープ村の開墾地での対キバオウ戦の再現宜しく、魔法攻撃を受けた立派な角を持った鹿の首は呆気無く意とも容易く切断し絶命させた。
「またオリガ姉様とカノンで獲物仕留めちゃった、これじゃ私達要らないよね」
「いやいや、私達はオリガお姉様の狩りをしている勇姿を両目に焼き付ける為に必要なのです! ふひひ」
ここに来てから午前中だけで何度か獲物を担いで森の入り口広場を往復していた。サツキさんも当初は周囲の見張りを兼ねて山菜やキノコ薬草類の素材を採取していたけれど、今では広場の近場に在る池の畔で解体作業に従事していた。
「さ、サツキさーん、お願いしまーす」
「やや、お客さんまたですかい! さっき入って行ったばかりじゃないですか……って、デカ!!」
サツキさんは、私達が四人掛かりで、森の中を引っ張って運んできた大物の鹿を見て驚いていた。彼も繰り返される獲物の搬入に解体作業を続けて少しお疲れ気味の様子だった。
そして、やはりと言うべきか、獲物は春先と云う事でやはり肉付きが薄い。これでも一応はショタロリな獲物は避けて狩っている筈なんだけど。今のところ、最初に私が<ストレージ>から出した兎が一番肥えていた不自然さよ。
せめて他に同じ様な体格の獲物がいれば多少なりと誤魔化せた物を。等と思っていても仕方が無いので大物よ出ろと念じながら普通に狩りをしていた。その願い叶ってか、今回の鹿で誤魔化せられればいいのだけれど。
これで少しでもサツキさんのテンションが戻って欲しいのだけれど。あと用意した荷馬車が活躍しそうで良かった。
「……オリガお姉様。向こうに兵隊が見えるのです」
最初に、それに気が付いたのはイーサさんだった。私達はその言葉を聞いて、彼女が指を差し示す方に目を向けた。解体作業をしている池の向こう側、遠くの平地を並んで歩いている。言われてみれば確かに兵隊の隊列っぽいのが見えた。
「オリガさん。赤備えだ、隊列の中に杖を担いだ赤服が見える! ……ありゃあ、恐らくブリタニア帝国正規軍だ。どうやら街道を東に進んでるな」
「あ、赤服……まさか、行軍してるのか!?」
「んー……、先行しているのは……へぇ、繋がれてる……獣人の、戦奴ですな。隊列の中央には、偉そうなのが何騎か馬で移動している。数は……全部で二百、ぐらいか」
サツキさんは解体作業を途中で止めて立ち上がり目を凝らして、行軍している兵隊達を見て隊列の編成を確認していた。
私は背の高い草が邪魔してよく見えないのだけれども。……って、えっ、えっ、ちょっと待って、獣人!? この世界、獣人な種族も居るの!! つか、戦奴って奴隷か!! ここでまた異世界ファンタジーモノ定番な獣人って単語が登場したよ。
オリガさんは<赤服>が行軍している事に驚いているけれど、私は獣人の存在の方に驚いてしまった。まぁ、エルフも存在しているって話から無いとは言えないけれど、今になって初めて獣人が存在している事を知ったわ。
「……中隊規模か。東は……ペンタグリムか、そこに何がある?」
サツキさんの言葉を聞い考え事をしているのかオリガさんの口から言葉が漏れてきた。答えを知っている身としては歯痒い思いだ。いっその事転生以外の全部を曝け出してしまおうか。とさえ考えてしまう。
「オリガお姉様……」
「あ、あぁ。イーサ、安心しろ。ブリタニアの正規軍が展開している場所はイーシンでも限られた地域だけだ。あそこの連中は大方、ここに慣れさせる為の行軍訓練でもしているのだろう」
「そうですね。それも有って今シガートさんを始め商隊の連中もザキセルオンで情報を収集しているんです。私ゃ皆さんのお供で狩りの手伝いをしていますがね、ははは」
イーサさんが不安そうな声でオリガさんの名前を呼んだ。オリガさんは行軍している兵隊の方を見ながら、尤もらしい理由を付けて彼女の不安を取り除こうとしている。サツキさんも同様で最後の方はおどけて見せていた。
しかしイーサさんは、安心させようとしている二人の話も疎かに、それとは別の何かを訴えている様子だった。……ふと、思いつくものがあった。そう言えば先程からクリスさんが静かだ、ひと言も発していない。
そう思って辺りを見回すと、案の定、広場の馬を繋いでいた場所へ駆け出していたクリスさんの姿があった。
ああ、そうだった。クリスさんはザキセルオンの灯台兼見張り台の展望台で<赤服>を見た時も、なんとか押し止めたけれど、興奮した闘牛みたく反応をしていたんだっけか。
「クリス待つんだ!!」
それまで、ブリタニア正規軍の行軍を見ていたオリガさんも、クリスさんの突然の行動に気が付いて待ったを掛けた。
でも彼女には声が届かず、既に柵から馬の手綱を外して跨って駆け出していた。
「オリガ様、クリス姉様が……!」
「私がクリスの後を追う。お前達はここで待っているんだ! サツキ、イーサとカノンを頼む!」
「あいよ、了解した!!」
「オリガお姉様、クリスをお願いするのです!!」
そう言って直ぐ様、オリガさんは自分の馬の場所へ駆けて行きクリスさんの後を追い掛けていった。
……間に合うといいのだけれど。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。