第一〇四話
私はザキセルオン冒険者ギルド内フロントロビーの掲示板に張り出された、既に何枚も剥がされ歯抜けになった、依頼票を見ている。
オリガさんには、訓練場からフロントロビーに戻ってくる時に、「日頃の行いが悪い所為で迷惑を掛けてしまいました、ごめんなさい」と、頭を下げて謝罪した。
私が顔を上げるとオリガさんは変な物でも見る様に「カノンは時々女性に対して邪な小父さんくさい視線をするよな、以前も訊ねたが中身は本当に女の子なのだろうか?」なんて妙に鋭い突っ込みをしてきた。
私は至って真面目な表情を造って「素敵な女性や可愛い娘に憧れを抱いて見ているんですよ」と事実を含めながら、そんな風にみられるなんて心外ですみたいに返したけれど、オリガさんは瞼を半分閉じてジト目を造って、カノンさんの言葉は信用出来ませんね的な視線を向けられた。
そして今、フロントロビーの端の方では、オリガさんが胸を持ち上げ強調する格好で腕組みをして仁王立ちになっている。
その前で、鼻の下を伸ばしながら正座しているやんちゃそうな男三人。彼等の表情にオリガさんは未だ不快そうな顔をしているしているけれど、自分の仕草の所為でそうなっているのに気が付かないのだろうか?
横に立って、何故かドヤァ顔のイーサさんも何気に気付いている様子なので、そっと注意して差し上げろください。……つか、オリガさんって天然の気が有るよね。
ちなみに彼等は先程まで推定ギルドマスター立会いの下、土下座をさせられていた。私が一緒に謝罪の彼是に同席していても非効率なので、ひと言断りを入れて掲示板の前に移動していた。
書き入れ時と違って人は少ないのと先程の一件で私達に寄ってくる者は居ないので大変見やすい。むしろ避けられてる感が否めない。
とは言っても、実は今も離れた場所から聞こえてくる「可愛い」だの、「妹に欲しい」だの、「妖精みたい」だの、「……ギリギリイケル」だの嬉し恥かし衛兵さんコイツですなヒソヒソ話が耳に入ってくるけれど、鬱陶しいので随分前から意識しない様にシャットアウトしている。
それ以上に、衣服が身体の線の添え物状態なオリガさんは誰が見ても美人と答える容姿をしているし、平均以上の健康優良児なクリスさんと、発展途上……だけど今後期待なイーサさんは共に美少女と言って過言ではない容姿をしているので、むしろ彼女達の話題の方が多く上るので、ある意味で障壁になってくれている。
「美人さんを怒らせると怖いね」
「昔から言うだろ、美しい者には棘が有るって……」
「俺知ってる。ノーセロで不沈戦艦って謂われている姉ちゃんだ」
「一緒に居るの可愛いよね」
「うーん、右が好みだな」
「左も小動物みたいで可愛いよな」
「尊過ぎるから近付いたら駄目だ、遠くからそっと守るべきだ」
「俺達の新しい偶像の誕生だ!」
これで一部抜粋なのである。ついついそちらに耳を傾ける比重が大きくなって聞いてニヤリとしてしまう。自分の事はスルーして、身内の噂話には興味津々と、我ながらムッツリで都合のいい性格をしていると思う。
そう。彼女達は、正座しているやんちゃそうな男達の前に揃って立っていて、今も話題独占中なのだ。私はその障壁のお陰で極一部でしか注目されていないのだ。
見るのは掲示板のランクEとFゾーン。
歯抜けになっているとは言え結構な枚数が残っている、私のランクで受けられそうな依頼群。
山菜やキノコ薬草採取から始まり、畑の手伝い、手紙の配達、物資の運搬、港での人足、漁師の手伝い、街の清掃、道の補修、汚物の処理回収及び運搬等等。ほぼ雑用で細かい沢山の種類の依頼があった。
そして今、目の前に張られていた依頼票の一枚、汚物の処理回収及び運搬の依頼票が、推定ギルドマスターの手に寄って剥がされた。正座している男達の前に戻って行き、それを渡している。如何やら騒ぎを起こした罰の模様。
さて、山菜やキノコ、薬草採取もアリだけど、煎じてポーションにしてから売った方が値段が良さそうな、でも道具は有るけれど場所が必要か。……ほぅ、ランクに関係なく常設で肉の買取もアリですか、これはいい。<ストレージ>の鳥と兎の肉を少し放出出来るんじゃないかな。
狩りをするにも一応、オリガさん達に確認とってからになるか。そう思いながらオリガさん達が居る場所へ戻ると、こちらもひと段落終えた様子だった。
やんちゃそうな三人の男達は、汚物回収及び運搬の仕事を申し渡されて、この世の終わりみたいな絶望に満ちた顔をしていた。
以前、ノーセロでミュンさんから聞いた話、臭いが身体に染み付いてなかなか落ちないので、それに従事する人が少ないとか。なので、ほぼ犯罪者がその作業に充てられるとの事。それでも人が足りないとかで常設依頼として張り出されているんだとか。極稀に、よっぽどの物好きか本当にお金に困った人が受けるそうだ。
そう言った意味で、今回は結構重い罰になるのだろう。……私もセクハラしない様に極力気を付けよう。
項垂れる彼等を横目に、オリガさん達に狩りの話をしてみたのだが、思ったよりも反応が希薄で乗り気ではなかった。……あるぇ?
理由は、狩場としてザキセルオンの南東に広がる森が在るのだけれど、地元の猟師との兼ね合いや、魔物も居るので森に入る為には申請手続きと許可証が必要なのだそうだ。
そんなやり取りをしていると、やんちゃそうな男達に例の依頼票を渡していた推定ギルドマスターが声を掛けてきた。
地元の子供やランクFの冒険者なら、海で貝を採って来れば一個十セン、十個で一ダラーでギルドの買取カウンターで引き取りますよ。と教えてくれた。ここに来て通貨の、一ダラーより下の最小単位が出て来た衝撃。百センで一ダラーの模様。
などと考えていると、――――ただし、本来であれば北西にある砂浜の海岸で貝の採取をお勧めするのですが、今はまだ時期的に肌寒いので海に入るのは厳しいかと。と、言葉が付け加えられた。……結局駄目って事じゃん。
あと、察しの良い推定ギルドマスターは、セン硬貨と言う物は現存しなくて、子供達が定数採取をした貝を物々交換による擬似通貨として換金しながら、通貨の価値や計算を学ぶ為の教材的な扱いになっている事まで教えてくれた。
そして本題らしき事を、目の前に居る彼等が期間限定の狩りの許可証を持っていると、告げてきた。
今回の一件で彼等が従事する罰が終了するまで他の依頼は受けられないし、このままだと許可証は未使用で期限に達してしまうのだそうだ。折角発行した許可証が勿体無いし、冒険者ギルドとしても少しでも肉を卸して欲しいから、君達に名義変更をして使うといい。とまで言ってくれた。
そんな事して大丈夫なのかと思っていたら、「こう見えてここのギルドマスターなんだよね。多少の融通は利かせられるよ、ははは」なんて笑っていた。
私の中で推定ギルドマスターは推定が取れてギルドマスターになった瞬間でもあった。
その後、オリガさんはクリスさんイーサさんに意見を求め、どうせ数日は時間が有るんだし狩りでいいんじゃない? みたいな話になった。
それを聞いてギルドマスターはオリガさんと彼等を連れてフロントロビーの奥へ行って、許可証の名義変更の手続きを始めていた。
彼等が奥へ向かう際、しょんぼりしながら残った私達に対し「俺達の、を超えて大きくなれよ」「……いい物食って、立派に育つんだぞ」「……なんて、近くて遠いんだ」と多少は反省したのか、或いは言うと拙いと思ったのか「おっぱい」という単語を飲み込んっぽく、明らかにおっぱいに拘ったであろう台詞を吐いて行った。
言葉の間を読んだクリスさんは能面に、イーサさんは赤く怒りを露わにしていたけれど、私は藁を、乾いた笑い浮かべて、脳内では盛大に草を生やして大草原状態だった。
なんて言うか、その心意気は最後まで実に天晴れである。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。